第120話 スタンフォードVSブレイブ その2


 スタンフォードのベスティアが覚醒した。

 その影響はこの世界の修正力すらもねじ曲げていく。

 誰もが予想していなかった奇跡にも等しいこの出来事に国の重鎮達も大騒ぎだった。

 国王であり、スタンフォードの父親でもあるオクスフォードは感激のあまり号泣していた。


「スタンフォード……お前は余の誇りだ!」

「スタンフォード殿下、ご立派になられて……ルーファスが彼の剣になりたいと願うのも納得です」


 その横ではルーファスの父であるスティールがそっとオクスフォードにハンカチを差し出していた。


「父上」

「ハルバードか」


 スタンフォードの兄であるハルバードは第一王子として、この学園の生徒会長として公私混同せずに勤めを果たしていた。

 その彼が人前でオクスフォードを父上と呼んだのだ。


 そんなハルバードに内心驚きつつも、オクスフォードは静かに話を聞く姿勢を取った。


「私はいずれこうなるのではないかと期待しておりました」


 それはハルバードが零す初めての本音だった。


「昔からあいつは何でも要領よくこなせる男で、魔力でも運動でも勉学でも何一つ敵うものはありませんでした。そんなあいつが墜ちていくのを私は止められませんでした」


 幼少期、ハルバードは自分よりも遙かに優秀な弟をねたんでいた時期があった。

 だからこそ、自分よりも優秀な弟が墜ちていく姿は見るに堪えなかったのだ。


「自分がしっかりしなければいけない。そう思い、王族として恥ずかしくないように精進してきたつもりでしたが、スタンフォードの横暴な振る舞いを見て、私は勝手に見限ってしまいました」


 そして、もうスタンフォードが変わることはないと見切りを付けた。

 たとえ才能がなかろうと自分がしっかりしなければいずれ国が傾く。未来を見据えていたハルバードは重圧にも耐えて王族としての振る舞いを徹底していた。


「今更、兄貴面などできるはずもない。それでも、今のあいつを見て思うのです」


 ライザルクの一件から、ハルバードはスタンフォードが変わり始めていることを感じ取った。

 しかし、勝手に見切りを付けた罪悪感から今更態度を変えるわけにもいかなかったのだ。


「スタンフォードは自慢の弟です」

「はっはっは、安心しろ。余も同じ気持ちだ!」


 豪快に笑うとオクスフォードはハルバードと肩を組むと、拳を天高く突き上げて告げる。


「今だけは家族として応援しようじゃないか」

「ええ、そうですね」


「「スタンフォード、勝てぇぇぇぇぇ!」」


 大声で叫ぶ国王と王子。

 その姿に驚きながらも、自然に周囲も同じようにスタンフォードを応援していく。

 国の重鎮達だけではなく、観客席の方もかつてないほどの熱狂の渦に包まれている。


「いっけぇぇぇブレイブ!」

「負けるな殿下ぁぁぁ!」


 割れんばかりの両者への声援。

 それを背に二人の戦いはさらに激化していく。


「楽しいなスタンフォード!」

「何が楽しいだ。こっちはいっぱいいっぱいだっての!」

「ははっ、そんな顔して言われても説得力ないぞ!」


 剣戟の最中だというのに二人は笑っていた。

 言葉に反してスタンフォードは口元を緩ませながら再び剣を構える。

 ブレイブもそれに答えるように剣を振るう。


「記憶が戻ろうが、力が覚醒しようが俺は俺。そんな簡単なことにも気づけなかった」


 記憶を思い出したといっても、自分は自分だ。

 前世の記憶や能力があろうと、これまで過ごしてきた日々は自分自身のものだ。

 確かに新たな力を得たが、それはあくまで付属品に過ぎない。

 本質的なところは何も変わらない。

 ブレイブはやっとそのことに気づけたのだ。


「俺は今、一人の人間としてお前に勝ちたい!」

「吹っ切れたようだね。そうこなくちゃねぇ!」


 スタンフォードは運命を背負った大一番だというのに、ブレイブの精神的成長を誰よりも喜んでいた。

 彼が倒さなければいけないのは、ブレイブ・ドラゴニルだ。

 そのブレイブが誰だかわからないままで倒しても意味はなかったのだ。


 スタンフォードは右手に魔剣を、左手に砂鉄を集めた剣を握ると構えを取る。


「っ、その構えは!」


 スタンフォードが取った構えを見て、ブレイブは咄嗟に防御態勢を取った。

 その構えはルーファスの必殺技に酷似していたのだ。


「〝獅子噛砕バイゼンレーベ!!!〟」


 致命傷を負った記憶が肉体に刻まれていることもあり、反射的に体が竦んだ瞬間をスタンフォードは見逃さなかった。

 技を繰り出すのと同時に砂鉄の剣がブレイブを包み込むように広がる。


「〝滅竜閃光めつりゅうせんこう!!!〟」


 しかし、砂鉄の拘束をブレイブは光の魔力を意図的に暴発させて解いた。


「チッ、アロエラみたいなことを……」

「へっ、そっちだってルーファス様の技模倣してただろ」


 軽口を叩き合いながらも、二人は剣に魔力をさらに込めていく。

 本能的にわかっているのだ――次の一撃で決着がつくのだと。


「「次で決める! 全魔力解放!」」


 スタンフォードとブレイブは限界以上に魔力を込めた剣を掲げる。


「〝硬雷――〟」

「〝滅竜――〟」


 放たれるのは二人にとって最大火力を誇る魔法。

 スタンフォードは、いつものように地面に突き刺すわけではなく攻防一体の必殺技を攻撃特化の技として放つ。


「〝魔剣/聖剣!!!〟」


 巨大な雷と光の剣がぶつかり合い、頑丈な作りの舞台が衝撃で砕けていく。

 発生した衝撃波は勢いが強く、観客席の人間達も何人か吹き飛ばされているほどである。

 一部の魔導士は即座に観客を守るために魔法で防壁を張るなどしているが、それでも防ぎきれない。

 そんな嵐のような舞台を控室からの通路から瞬きすることもなく眺めている者がいた。


「スタン……」


 ポンデローザは両目から涙を流しながらスタンフォードの雄姿を目に焼き付けていた。

 そんな彼女に、顔色の悪いままのコメリナが笑顔を向ける。


「ポン様、応援しよ」

「ええ、そうね……!」


「「勝って!」」


「ふふっ、スタンフォード君もすっかり人気者だね」


 スタンフォードを応援する二人の姿をマーガレット微笑まし気に眺めている。


「でも、きっと勝ったあとが大変なんだろうなぁ」


 マーガレットはまるでスタンフォードが勝つことを疑っておらず、その先のことを考えてため息をつくのであった。

 光と雷のぶつかり合いは長時間続いていたが、その均衡が崩れるときがくる。


「僕は絶対に勝つ!」


 それは勝利への執念の差。

 吹っ切れたとはいえ、ブレイブは絶対に勝たなければいけないという思いを背負っていなかった。むしろ、自分を取り戻してスタンフォードと真剣勝負ができたことに満足してしまっていた。

 その差は想いや意思を糧とする魔法に大きく反映されることになる。

 雷はやがて光を食い破り、ブレイブは雷の刃に貫かれた。

 ブレイブはそのままゆっくりと仰向けに倒れていく。

 そして、審判がブレイブに近寄って勝敗の判断を下した。


『おおっと、ついに、ついに滅竜魔闘、男子の部の優勝者が決まりました! 激闘を制したのはスタンフォード・クリエニーラ・レベリオン選手だぁぁぁぁぁ!』


 スタンフォードの勝利にその場にいた全員が歓声を上げる。

 倒れたブレイブは、敗北を喫したというのにとても満足そうな表情を浮かべている。

 そして、優勝したスタンフォード本人は剣を鞘に納めると呆然としながらも呟く。


「勝った、のか」


 無我夢中で戦っていたため、勝利したという自覚がなかったのだ。

 今まで戦いに集中していて遮断されていた歓声が段々と耳に入ってくる。


「そうか、僕は……勝ったんだ」


 じわじわと込み上げてくる勝利の実感。それを噛み締めると、スタンフォードは控室の通路から戦いを見守ってくれていたポンデローザ達に気づいた。


「見たか! 僕は勝ったぞ!」


 満面の笑みを浮かべてスタンフォードはガッツポーズをする。

 今まで斜に構えて〝大したことない〟などと宣っていた姿とは大違いだ。


「ありがとう、スタン……」

「殿下、最高にかっこいい」

「本当に成長したね」


 三者三様の反応をしてスタンフォードの勝利を喜ぶ。


 この瞬間、明確に運命は変わった。

 生きていることが確定している者も、死が確定している者も、その運命は白紙へと変わる。

 スタンフォードが一人のために運命をひっくり返した影響は世界をも巻き込んでいく。


 彼がそのことを知るのはまだ先のお話。

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