第61話 サウナ(女湯)

 温浴施設に到着した一行は、男湯と女湯に分かれた。


「ステイシーちゃん、一つお願いがあるんだけど」

「はい、何でしょう?」


 脱衣所で服を脱ぎ終えると、マーガレットはステイシーに対してあるお願いをした。


「お風呂の中に入ったらポンデローザ様の様子がいつもと変わると思うけど、そのことは口外しないで欲しいんだ」

「はい? よくわかりませんが、わかりました……」


 意図の掴めない頼みに、ステイシーは困惑したまま頷く。


「そういうことだからはしゃいで大丈夫だよ、ポンちゃん」

「はぁ……気を遣い過ぎですわ」


 ポンデローザは口調を崩さずにマーガレットの気遣いに苦笑する


「こほん……ルドエさん。権威とは服の上から着るものであって――」

「はいはい、そういうまどろっこしい言い訳はいいから」

「メグって案外容赦ないわね……」


 未だに取り繕おうとするポンデローザの言葉をマーガレットは強引に遮る。


「えっと……?」

「こっちが素なのよ。公爵家の令嬢だとどうしても普段はしっかりしなきゃいけなくてね」

「はぁ……なるほど」


 突然様子がガラリと変わったポンデローザにステイシーは困惑していた。


「さすがにポンちゃんもお風呂くらいは伸び伸び入りたいだろうし、ステイシーちゃんが黙っていてくれるなら、こっちの方がいいかなって」

「それは嬉しいけど、先輩としての威厳とかあるでしょ。まったく、メグは強引なんだから」

「お二人は仲がよろしいんですか?」


 ステイシーは未だに混乱しているが、それでも二人のやり取りから仲が良いのは感じ取れた。


「まあね、いろいろあったけど今は親友だよ」

「表ではあまり親しくしすぎないようにはしてるけどね」

「公爵家の令嬢ともなると大変なんですね……」


 本当は仲が良いのに、立場のせいで表向きは仲良くしづらい。

 ステイシーは、自分とは違う身分の高い貴族の苦労を知ってポンデローザに同情する。


「そういうわけだから、ステイシーもあたしとメグ、あとスタンしかいないときはフランクに接してくれていいから」

「えっ、スタンフォード君も知ってるんですか!」

「うん、あいつもあたしの素を知ってる数少ない人間よ」

「仲悪そうでしたので何か意外です」


 傍から見れば犬猿の仲の二人が仲が良いと知ったことで、ステイシーは驚いたように目を見開いた。


「まあ、言いたいこと言い合える仲って奴よ。それよりサウナよ、サウナ!」


 それとなくはぐらかしつつ、ポンデローザはタオルを持って浴室へと入った。

 生徒会一行が泊まっている来客用の宿泊施設には大浴場がついており、男湯女湯のどちらにもサウナと露天風呂がついていた。


「サウナの時間だぁぁぁ!」

「あの、ラクーナ様……」

「あはは、これがポンちゃんの素だよ」


 意気揚々とサウナの扉を開けるポンデローザを見て、おろおろしているステイシーにマーガレットは優しく微笑みかける。

 それから慣れた手つきでタオルを敷いて座ると、ポンポンと自分の横の席を叩いた。


「さ、今日の疲れをしっかりとろっか」

「はい!」


 それからサウナを堪能している間、三人は今日の鍛錬の話を始めた。


「ステイシーはあれね。自分がすごくないと思ってるけど、実はすごいタイプの人間よね」

「私が、すごい?」


 唐突にポンデローザから褒められたステイシーは怪訝な表情を浮かべる。

 家柄も実力も足りていないと思っているステイシーにとって、ポンデローザほどの人物から褒められるとは夢にも思っていなかったのだ。


「魔法学園でも優秀だったって噂の〝砂の魔女〟リーシャの血を引いているとはいえ、ルドエ家は魔道士の血がほとんど入っていない。何代にも渡って薄まった血じゃ、魔力の量も質も他の魔道士には劣るわ」


 そう前置きをすると、ポンデローザは続ける。


「それでもあなたは工夫を重ねた。硬化魔法を自分にかけることによって体内で魔力を循環させるのは効率がいいけど、自分が傷つくことを恐れてそんなことをする魔道士はいない。魔力が低いなら尚更よ。それでもあなたはそれを武器に硬化魔法を磨き続けている」

「ルーファス様には破られてしまいましたけどね」

「この国の最強の剣になる予定の男の一撃を防がれたら、あいつの立つ瀬がないわよ」


 そう言ってポンデローザは苦笑する。

 もしもルーファスの一撃が完全に防げるとしたら、その人物は国内でも最強の防御力を持つ者となるだろう。


「そういえば、そのリーシャさんはどうしてルドエ領に嫁入りしたんだろ。学園の歴史に残るほど優秀だったなら引く手数多だったんじゃないかな?」


 そこでふと、マーガレットは素直に頭に浮かんだ疑問を口にした。

 ステイシーの先祖であり、ある意味ステイシーが魔力を発現することが出来た要因でもある大本の血筋、リーシャ・ルドエ。

 そんな彼女がどうして爵位をもらっただけで魔力適正が皆無の一族に嫁入りしたのか。

 マーガレットの疑問にはステイシーが答えた。


「リーシャ様はご実家であるミガール家から疎まれたいたそうです。妾の子でありながら一族では随一の魔力の高さを誇り、四女という立場もあって余所に嫁入りするしかなかったと聞いています」

「うわぁ、やっぱり貴族ってそういうのあるんだ」


 実力があるのに家族に潰される。

 そんな貴族の嫌な現実を見せられたマーガレットは不快そうに顔を顰める。


「ルドエ家はその当時爵位をもらったばかりでしたし、魔法適正もなく家自体の力もないルドエ家はリーシャ様を追いやるのにはちょうど良かったみたいなんです」

「聞けば聞くほど可愛そうだね……」

「でも、リーシャ様はあまり気にされていなかったそうです。彼女は伸び伸びと魔法の研究をしながら領地の発展に貢献してくださいました。ちなみにミガール家はリーシャ様以降優秀な人材に恵まれずに没落してますね」

「何か追放系のスローライフモノみたいね……」


 前世で飽きるほど見た物語のような流れに、ポンデローザは神妙な面持ちで呟いた。


「私はリーシャ様の残した書物を参考に魔法に関しては独学で勉強したのですが、私の魔力じゃなかなか再現できないことも多くて、魔法学園に入学してからも結果は奮いませんでした」

「でも、そのおかげであたしも魔法運用に工夫することができたわ。やっぱり努力してる人の運用方法は参考になるわね」


 もしポンデローザがライザルクに敗北したまま、自分の魔法運用を見直さなければ、スタンフォードやブレイブには手も足も出なかっただろう。


「でも、私なんて本当に大したことないんです。今日だってブレイブ君やスタンフォード君の足を引っ張ってばかりで……」


 ステイシーは今日の鍛錬を思い出して俯く。

 今日の鍛錬でステイシーはほとんど何もできずに倒されてしまった。

 集団戦においては味方の盾になるのが役割だというのに、それを全く果たせなかったことを気に病んでいたのだ。


「わかってないわね。足を引っ張ってるのはあなたじゃない。ブレイブ君よ」

「え?」


 落ち込んでいるステイシーに、ポンデローザは呆れたように告げる。


「正直、今日の講評をするならブレイブ君が一番ダメね。仲間を信じてるって言えば聞こえはいいけど、何も考えずに突っ込むのはただの無謀よ。単独ならそれでも何とかなるほどの強さはあっても、集団戦においてそれは愚策でしかないわ」


 ブレイブは今日の鍛錬ではとにかく前に出て攻撃をひたすら繰り返していた。

 ルーファスには見切られ、ポンデローザには意表を突かれて反撃される。

 それは彼が無策で突っ込んでいたからに過ぎない。


「スタンはスタンでブレイブ君の動きを気にしすぎて実力を出せなくなってるわ。あいつ、なまじ器用で何でも出来ちゃうから選択肢が多くて判断が遅くなる傾向にあるのよね」

「そう考えると、スタンフォード君って器用貧乏なのかな」

「実力を発揮できれば器用万能になれるんだけどねぇ。特にブレイブ君への劣等感からなのか、前に出ることに躊躇いが強く出てるわ。何より、二人ともステイシーちゃんの役割を考慮しないで突っ込んでるせいで、三人で組んでる意味がまるでない。あんな協調性のない二人と組まされたら実力を発揮できないのも仕方ないわ」


 ブレイブは元よりスタンフォードにも協調性というものはない。

 最近は自己主張の激しさもなりを潜めているが、前世から長年染みついたものはなかなか拭えないものだ。特にそれは戦いという場面では顕著に出る。

 ライザルク戦でのブレイブとのコンビネーションは、本当にたまたま噛み合っただけのものだったのだ。

 現在のスタンフォードは周囲に気にして動くことはできても、今度は逆に周囲を気にしすぎて二の足を踏んでしまうことも少なくはなかった。


「そうね。ステイシーの落ち度を挙げるとすれば、強引にでも二人を引っ張っていかなかったことかしら」

「あの二人を、引っ張る?」


 予想もしていなかった言葉をかけられた。

 ステイシーにとって自分は日陰の存在であり、先陣を切って指示を飛ばすなど考えても見なかったのだ。


「あの協調性のない二人をまとめることができるのはセタリアだけかと思ってたけど、案外あなたにもできるんじゃないかしら」

「そうだね。ステイシーちゃんならきっとできるよ」


 二人から激励をされたことで、ステイシーの心に火がともる。


『未来と自分は変えられます。私にもそのお手伝いをさせてください』


 過去の自分の行いを悔いるスタンフォードへとかけた言葉。


「私……頑張ります!」


 それを嘘にしないためにも、ステイシーは一念発起するのであった。

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