第60話 鍛錬の後は整えよう

 ルーファスとポンデローザのしごきに耐え、マーガレットの治癒魔法によってゾンビの如く戦い続けた一年生組はゲッソリした様子で二年生の後ろを歩いていた。


「……ひたすらボコボコにされたな」

「……突っ走ってばかりでごめん」

「……お役に立てず、すみません」


 異形種が発生し、ライザルクという幻竜が暴れまわった校外演習を乗り切ったことで、三人は自分の強さに自信を持っていた。

 ステイシーはともかく、スタンフォードとブレイブに関しては同学年の中では彼らに敵う者はいない上に、上級生と比べてもその戦闘力はトップクラスだ。

 それがこの様である。

 いくらルーファスとポンデローザが強いといっても、ここまでとは思わなかったのだ。


「ほら、三人共いつまでも落ち込んでないで元気出そ?」

 マーガレットは苦笑しながら三人を励ますように声をかける。

「ったく、だらしねぇな」

「仕方ありませんわ。魔力はほとんど空、急激な肉体の破壊と再生を繰り返したのですもの」


 呆れたように肩を竦めるルーファスをポンデローザが諫める。

 実のところ、ポンデローザも多対一の戦いが得意とはいえ、この三人を相手取るのはなかなか骨が折れた。

 先輩としての威厳を保つために気丈に振る舞っているが、内心では疲労困憊なのだ。

 そのため、彼女はルーファスに対して「こいつはバケモノか……」と恐れおののいていた。

 そんな生徒会一行の元へ、ステイシーそっくりの少女が駆け寄ってきた。


「皆様、調査お疲れ様です!」

「……ミガリー、今日もありがとう」

「いえ、姉様も調査ご苦労様です!」


 彼女はミガリー・ルドエ。ステイシーの二個下の妹であり、魔法適正は皆無のため実家の仕事を手伝いながら暮らしている。

 今回の調査においてミガリーは生徒会一行の世話役を請け負っていた。


「それではお荷物などお預かりします!」

「今日も頼むぜ、ミガちゃん」


 ルーファスは笑顔を浮かべながら腰に付けた二振りの剣をミガリーに預ける。

 ルーファスに続くように、スタンフォード達も各々武具を預け始める。


「そんなに持って大丈夫? 重くない?」


 マーガレットは重い荷物を抱えたミガリーを心配して治療器具を預けるか迷った。


「大丈夫です! 私、こう見えても力あるんです!」

「す、すごいね……それじゃお願いしようかな」


 ミガリーは笑顔を浮かべてマーガレットから治療器具を受け取った。

 大量の荷物を抱えて軽やかな足取りで先頭を歩くミガリーを見ていたスタンフォードは、驚いたように呟く。


「ステイシーの妹って、力持ちなんだな」

「ルドエ領では力仕事も多いですからね。私なんて周囲の魔物退治にも参加していたので、かなり筋力付いちゃいました」

「そういえば、熱中症になった僕を運んでくれたのもステイシーだったな……」


 スタンフォードは以前、熱中症で気を失っていたところをステイシーに運んでもらったことがあった。

 意識のない男性を軽々と運べる時点で、ステイシーには他の女子生徒とは比べものにならないほどの腕力ある。

 そのルーツがルドエ領での生活にあったと理解し、スタンフォードは興味深そうに周囲を見渡した。


「お風呂の準備も出来ておりますが、本日もお風呂が先でよろしかったですか?」

「ええ、まずはお風呂ですわね」


 ポンデローザは口元を吊り上げると、いつもより弾んだ声で告げる。


「さあ、皆さん! サウナで整えましょう!」


 ポンデローザが声高に宣言するのとは対照的に、その場にいたほとんどの者が怪訝な表情を浮かべた。

 この世界にはサウナが存在する。

 一部の貴族の間ではサウナ愛好家、通称サウナー貴族が存在しているが、普通の公衆浴場には存在しないため、サウナの認知度は低い。

 ルドエ領は体が資本の業務が多い。だから体調を整えるために、温泉もサウナも文化として昔から根付いていたのだ。


「……サウナで整えるって何ですか?」


 その場にいた者を代表してブレイブが尋ねると、ポンデローザは堂々と答える。


「ふっ、サウナで体を温め、水風呂で冷やす、そして外気浴! これを繰り返すことで心身共に整うのですわ! レベリオン創世記にも書かれていることですわ」

「そんなわけないでしょうに……」


 サウナで整う、というのは日本におけるサウナ愛好家であるサウナーの用語だ。

 そんな用語がこの異世界にあるわけがないとスタンフォードは呆れたようにため息をついた。

 しかし、そこでステイシーは思い出したかのように告げる。


「そういえば、建国の英雄である初代国王ニール様がサウナを作ったという説もありましたね」

「あるの!?」


 本当にあると思っていなかったスタンフォードは珍しく人前で素っ頓狂な叫び声を上げた。


「あらあら、スタンフォード殿下。あなた王族だというのにそんなこともご存じなかったの?」

「……生憎、僕は自分の研鑽に関係ない無駄な情報はあまり入れてこなかったものでしてね」


 得意げな表情を浮かべるポンデローザに、スタンフォードは何か負けた気持ちになり、悔しそうに憎まれ口を叩いた。


「ていうか、ステイシーはよく知ってたな……」

「ルドエ領ではサウナは昔からある文化ですから、起源が気になって調べたことがあるんですよ」

「本当にすごいな、ルドエ領……」


 またしても日本文化がルドエ領に根付いていることを実感し、スタンフォードは自分の友人がとんでもない存在なのではないかと思えてくるのであった。

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