第55話 調査地への出発の日

 学園を出る当日、調査に出かける生徒達をハルバードは見送っていた。

 学園に残るメンバーは生徒会長であるハルバードと三年生のメンバーだけだ。

 その他の生徒達はそれぞれ異形種調査のために、各地へと調査へ赴くことになる。


「皆、くれぐれも無茶をしないようにな。いざというときは撤退してくれ」


 ハルバードの言葉に集められた者達は真剣な面持ちで頷いた。


「では、あとは宜しく頼んだぞ」


 そう告げると、ハルバードは生徒会室へと戻っていった。


「さて、それでは各々馬車に乗り込んでくださいな」


 まるで引率の先生のようにポンデローザが手を叩くと、調査へ向かう者達は学園の前に停車している馬車へ向かい始める。


「ガーデル、ジャッチ、少しいいか?」

「はい、何ございましょう」

「おう、いいぜ」


 スタンフォードがガーデルとジャッチを呼び止める。

 ライザルクの一件以来、スタンフォードはこの二人とは良好な関係を築いていた。

 ガーデルは臣下として表向きは従順であり、ジャッチは最近スタンフォードが変わり始めたことを理解していた。

 少なくともジャッチとは、頼みごとを無下にされない程度には仲良くなることができていた。


「特別調査班のリーダーのコメリナだが、口下手なところがあるからフォローしてあげて欲しいんだ」

「あの子声も小せぇし、口数少ねぇもんな」

「確かに、指示出しをするときに齟齬は発生しそうですな」


 コメリナは基本的に人とのコミュニケーションが苦手だ。

 本人が相手の気持ちを考慮しないということもあるが、物事を端的に伝えすぎて他者と摩擦が発生することは目に見えていた。


「調査班の他二人は先輩だし、喧嘩して調査どころじゃなくなったら困るからね。どうか力を貸してほしい」


 スタンフォードがそう頼むと、ガーデルは口元を吊り上げて得意気な笑みを浮かべた。


「ほほう、つまりこの私奴の力が必要というわけですな」

「悪いね。頼れる人間が少なくてさ」

「はっはっは、殿下の今までの行動を考えれば妥当ですよ。ま、このガーデルにお任せくだされ!」


 ガーデルの態度に気を悪くすることもなく対応するスタンフォードを見て、ジャッチはスタンフォードに耳打ちする。


「なあ、スタンフォード。あいつ今からでもしょっ引いた方がいいんじゃねぇか?」

「いいんだよ。調子に乗せておく分には実害はないから」

「殺人未遂犯してあの態度はねぇだろ」


 ガーデルは下手をすれば処刑どころか家名に傷をつけかねない大罪を犯し、それをスタンフォードに許してもらったのだ。

 恩に感じるどころか増長している様子のガーデルを見て、ジャッチは不快そうに眉を顰めた。

 自分のために怒ってくれているという事実にどこか嬉しさを覚えつつも、スタンフォードは苦笑しながらジャッチを宥めた。


「あの手のタイプは余程のことがないと変われないんだ。大目に見てやってくれないか」

「余程のことはあったと思うけどなぁ」


 納得がいっていない様子のジャッチだったが、被害者であるスタンフォード本人が納得しているため、これ以上は口を挟まないことにするのであった。


「……一応、ガーデルの方も注意しとく」

「ありがとう、助かるよジャッチ」


 元々自分を敵視していたジャッチの協力に礼を述べると、スタンフォードは自分の乗り込む場所へと向かった。

 完全に引率の先生と化しているポンデローザの元へと向かうと、そこにはいつもの取り巻きの二人の姿があった。


「ポンデローザ様、どうかお体にはお気をつけて!」

「我々も調査地は別ですが精一杯お役に立って見せます!」

「ええ、お二人もお気をつけて」


 ポンデローザの取り巻きのフェリシアとリリアーヌも生徒会特別調査班に所属しているため、コメリナ達と共に行動を共にすることになる。

 スタンフォードはポンデローザから、見た目は高飛車なように見えて二人共根っからのお人好しだと聞いていた。

 ガーデルやジャッチもついているのならば、あまり心配の必要はない。

 フェリシアとリリアーヌが馬車に乗り込んだのを確認すると、スタンフォードはポンデローザに話しかけた。


「ポンデローザ様、わざわざ取り纏めご苦労様です」

「このくらい大したことありませんわ」

「それで、馬車はどういう組み分けで乗るのでしょうか?」

「三人ずつに分かれて乗りますの。あなたとわたくし、マーガレットさん。ルーファス様とブレイブさん、ルドエさん。リオネスとビアンカは使用人用の馬車でルドエ領に向かいますわ」


 ルドエ領の調査では、使用人も何名か付き添うことになっていた。

 そのため、スタンフォードお付きのメイドであるリオネスやポンデローザお付きのビアンカも付き添うことになっていた。


「それでは、わたくし達も馬車へ乗り込みましょうか」

「ええ、ここで無駄口を叩いていても仕方がありませんからね」


 二人は会話を打ち切って自分達の馬車へと乗り込んだ。


「「やっぱり気を遣わなくていい密室は落ち着くね!」」


「二人共楽しそうだね」


 馬車に乗り込んだ途端に浮かれた様子でトランプなどの暇つぶしの品を手荷物から取り出し始める。


「大富豪やりましょ!」

「ババ抜きだろ!」

「えっと……ルールは教えてね?」


 こうして馬車はルドエ領へ向けて出発するのであった。

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