第54話 原作知識を持つ者だからこその苦悩

 生徒会の仕事を終えたポンデローザは疲れた表情を隠さずに、ふらふらとした足取りで学園を出た。

 普段ならば他の生徒の目を気にして毅然とした姿を維持しなければならないが、今は長期休暇ということもあり学園に生徒の姿はない。

 多少はしたない振る舞いをしたところで人目につくことはないのだ。

 解放感と疲労感からポンデローザは伸びをしながらあくびをする。


「ポンちゃん、一緒に帰ろ」

「うひゃい!?」


 完全に油断していたポンデローザは令嬢らしからぬ素っ頓狂な叫び声をあげた。


「もう、メグ。驚かさないでよ」

「ごめん、そんなに驚くと思わなかったから」


 拗ねたように頬を膨らませるポンデローザに対し、マーガレットは苦笑しながら謝罪した。

 スタンフォードの奮闘もあり、すっかり友人関係となった二人はこうして周囲に人がいないときは気を遣わずに接することができた。

 元々気が合うのか二人はあっという間に意気投合し、長年の友人だったかのような関係を築いていた。

 マーガレットは額に汗を浮かべ、手で顔を仰ぎながら呟く。


「それにしても暑いなぁ……」

「もう火生月だものね」


 この世界には日本と同じように四季がある。

 春夏秋冬に対応し、風生月ふうせいづき火生月かせいづき土生月どせいづき水生月すいせいづきという季節が存在し、それぞれ四大属性に対応した魔力が活性化する季節となっている。

 これはBESTIA BRAVEにて追加された要素であり、戦闘時にそれぞれの属性を持つキャラクターが敵味方共にバフが掛かるという仕様だった。

 現在は火属性の魔力が活性化する火生月。日本でいうところの夏に当たる季節だった。


「魔法で冷やしたげる」

「おっ、めっちゃ涼しい! ありがとね、ポンちゃん」

「ふふっ、どういたしまして」


 ポンデローザは魔法を発動させると、冷気を生み出してマーガレットに纏わせた。

 冷気は照り付ける日差しから発生する熱気を打ち消す。

 こういった日常生活へ魔法を応用できるのも、普段からのたゆまぬ努力の成果である。


「そういえば、荷物ってもう準備終わった?」

「ふふん、愚問ね。今日帰ったらメイドのビアンカに手伝ってもらうわ!」

「全然進んでないんだね……」


 一見、いつも通りのポンコツぶりを発揮しているのかと思いきや、ポンデローザはどこか無理に明るく振る舞っているように見えた。


「ねえ、ポンちゃん。何か悩み事ある?」


 友人として放っておくことができなかったマーガレットは心配そうにポンデローザの顔を覗き込んだ。


「どうしてそう思うの?」

「んー、何となく」

「メグには敵わないわね」


 力なく笑うと、ポンデローザは観念したように自分の内心を吐露し始めた。


「……あたしって最低な人間だと思ってさ」


 そう前置きをすると、ポンデローザは語りだす。


「昔からこんな性格でね。周りのことを考えずにいつだって自分本位に振る舞ってきた。それじゃダメだって気がついて周りが求める人間になったのにこの様だよ」


 それはポンデローザが初めて他人に零した弱音だった。


「スタンと出会ってからいろんなことがうまくいき始めたけど、それはスタンが頑張ってくれているからで、あたしは何もできない」

「そんなことないと思うけど」


 マーガレットは詳しい事情までは知らない。

 それでもポンデローザが一生懸命頑張っていることだけは理解できた。

 だが、他ならぬポンデローザ自身がそれを否定する。


「工夫もせずにがむしゃらに頑張ってることは〝努力〟って言わないのよ」


 ポンデローザは唇を噛み、拳を握りしめる。

 今回のコメリナの一件。

 スタンフォードがフォローしてくれたから良かったものの、きっかけは自分の浅慮な行動だった。


「結局あたしは自分が可愛いだけなの。スタンのために命を懸けられるのだって、スタンが自分に必要な存在だって思ってるから。きっと他の人だったら見捨ててた」


 ポンデローザは心のどこかで損得勘定が働いてスタンフォードを助けたのだと思っていた。

 元々ポンデローザは困っている人を放っておけない性格をしていた。

 その結果、彼女は見ず知らずの青年が歩道橋から落ちるところ助けようとして命を落とした。

 充実した毎日を失い、彼女に待ち受けていたのは新たな生を受けた世界での過酷な運命だった。


 最初こそ、原作知識を元にうまく周囲と信頼関係を築いて困難を乗り切ろうとした。

 彼女にとって、この世界は大好きなゲームの世界でもあった。

 原作知識を持つ自分ならば何とかなるだろう。

 転生時のショックから立ち直った彼女は前向きにそう考えていた。


 しかし、原作知識というものは毒にも薬にもなる代物だった。

 全てのルートを暗記するほどに何度もプレイしたゲーム。

 声も、しゃべり方も、姿も、性格も、行動も、何もかもがゲームと同じ人間達。

 周囲にいる彼らを、ポンデローザはどこか一線引いた存在としてしか見ることができなかった。


「あたしは人を人とも思えないクズよ。自分が死ななければ、最終的に他の誰かが死んでも……たぶん、何も思わない」


 人を助けたことで自分が不幸な目に遭った。原作知識を持ってこの世界に生まれてしまった。

 自分なりに周囲を助けようと行動しても、その全てを否定された。

 そして、今のポンデローザという人間が出来上がったのだ。

 俯くポンデローザに、首を傾げたマーガレットが言葉をかける。


「それって悪いことなのかな?」

「えっ」


 あまりにもマーガレットらしくない発言に、ポンデローザは驚いたように口を開けたまま固まった。


「言い方悪いけどさ、赤の他人が亡くなったって実感わかないじゃん。それこそ親しい人の死でもない限り、心が痛むなんてポーズだけだと思うよ」

「でも、あたしが行動すれば助られた命かもしれないのに」

「何でも背負い過ぎじゃないかな。人にできることなんて限られてるんだよ?」


 マーガレットはどこか遠い目をして告げる。


「善行をしなかったところで悪行をしたわけじゃない。それにポンちゃんはきっと自分が行動しなきゃ誰かが死ぬ場面に直面したら勝手に体が動いてるんじゃないかな」

「そんなこと……」

「あるよ。よくわからないけど、あなたはきっとそうする」


 根拠はないが、どこか確信めいたものをマーガレットは感じていた。

 ポンデローザは困った人を放ってはおけない。それをすることで自分に被害が来ることを理解しているから、必死に自分を殺してそう振る舞っているのだ。


「無責任なこと言ってごめんね。でも、そうやって自分を抑えつけるポンちゃんを見てるの苦しいんだ」


『そうやって自分を抑えつけてる古織さんを見てるの苦しいんだよ』


 ふと、マーガレットの顔が前世の友人とダブったようにポンデローザは感じた。


「何か、メグってあたしの親友と似てるわ」

「親友?」


 奇しくも同じ愛称で呼んでいた友人のことを思い出し、ポンデローザは儚げに笑った。


「もう会えないとっても大切な親友よ」

「……亡くなったの?」

「似たようなものね」


 死んだのはあたしの方だけど、とポンデローザは寂し気に心の中で独り言ちる。


「そうね、あたしがこんな体たらくじゃあの子も安心できないだろうし、いっちょ頑張りますか!」

「おっ、ちょっとは元気出たみたいだね」

「まだ空元気だけどね」


 少しだけ元気を取り戻したポンデローザはマーガレットと共に寮へと戻る。

 そして、改めて気を引き締めると荷物と共に原作知識を整理するのであった。

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