第56話 ルドエ領に到着
ルドエ領には激震が走っていた。
原因は王立魔法学園へ通っている長女のステイシーからの手紙だった。
貴族としての歴史も血も薄い一族であるルドエ家。
その中でもそれなりの魔力を持って生まれたステイシーが、高名な魔道士を輩出している学園に通えるだけでもルドエ家にとっては大事だったのだ。
そんな中知らされた生徒会からの領内調査の知らせは彼らの度肝を抜くには十分な出来事だった。
「娘が遠いところに行ってしまった気分だ……」
領主であるゴーマ・ルドエは、娘から届いた手紙に目を通して頭を抱えていた。
娘が上級貴族や王族、突出して優秀な生徒しか入ることが出来ない生徒会に入ったという知らせには飛び上がるほど喜んだ。
元々、元気に卒業してくれればそれでいい。もしも他の貴族との繋がりを作ってくれたら嬉しいくらいに考えていたのだ。
それがまさかの生徒会入りである。父親としても領主としても鼻が高かった。
しかしだ。
まさか、その生徒会メンバーが長期間の調査のためにルドエ領にやってくるなど、誰が予想できただろうか。
そのうえ、やってくるのはこの国の第二王子や公爵家の令嬢、騎士団長の息子など、まるでこの国の未来の重鎮を上から選んで連れてきたような顔ぶれだ。
質素な生活をしているルドエ領でそのような高貴な者達のもてなしをしなければならない。
考えただけでも胃が痛くて仕方がなかった。
「あなた、大丈夫?」
ゴーマが執務室を出ると、妻であるステラ・ルドエが心配そうに顔を覗き込んできた。
「ああ、すまない。今日のことを考えたら胃が痛くてね」
「大丈夫よ。ステイシーと仲良くなってくださった方もいらっしゃるんでしょう? きっとお優しい方ですよ」
「それはわかっているのだが、こんなことルドエ領でも初めてのことだからなぁ……」
ゴーマは不安そうな表情のまま、歓迎の準備を始める。
もし失礼があれば、被害を被るのは領民や娘であるステイシーだ。
両手で頬を叩き、気合いを入れ直すとゴーマは領主らしく堂々たる姿で来客を出迎える準備に取り掛かった。
ルドエ領は学園からは離れた位置にあり、馬車移動では四日ほどかかる。
「……体中が痛い」
ルドエ領に到着すると、ポンデローザは腰を摩りながら渋い表情を浮かべていた。
馬車での移動はとにかく体に負担がかかるのだ。
「新幹線だったら一時間ちょっとなのになぁ……」
それは王族用の馬車であっても例外ではなかった。
「ポンちゃん、良かったら治癒魔法かけようか?」
「お願い……あー効くぅ」
「湿布張ったときみたいなリアクションやめろ。そうだ、雷魔法でも出来るかもな……」
気持ち良さそうな表情を浮かべているポンデローザを見て、スタンフォードは今度電気マッサージが出来るか試してみることにした。
「それじゃ、降りようか」
ここから先は公の場所だ。
マーガレットの言葉に、スタンフォードとポンデローザは表情を引き締めて馬車から降りた。
「ここがルドエ領か」
良い言い方をすれば、自然に囲まれている。
悪い言い方をすれば、何もない。
ルドエ領は牧歌的な雰囲気漂う領地だった。
馬車から降りると、既に他の者達は荷物をまとめて待っていた。
「ふぅあぁぁ……やっと着いたな」
「すみません、交通の便が悪いのでご負担をかけてしまいました」
「気にするなって、ドラゴニル領だって似たようなもんだし、こういうのは慣れっこだから」
ルーファスは長旅の疲れから眠そうにあくびをしていた。
それに対して、ステイシーとブレイブは特に疲れた様子はなかった。
「スタンフォード様、お荷物をご用意致しました」
「あ、ああ、ありがとう」
いつの間にか馬車から荷物を降ろし終えたメイドのリオネスがスタンフォードの側に立っていた。
仕事が早く優秀なメイドではあるが、表情一つ変えないことから、スタンフォードはリオネスにどこか苦手意識を持っていた。
全員が馬車から降りたところで、ルドエ領の領主であるゴーマが笑顔で全員を出迎える。
「皆様、ようこそおいでくださいました。何もない辺鄙な土地故に碌なお持てなしもできませんが、どうかご容赦くださいませ」
「いえ、こちらこそ突然の調査依頼にご協力していただき感謝致しますわ。わたくし、ヴォルペ公爵家長女ポンデローザ・ムジーナ・ヴォルペと申します」
「娘さんには普段から世話になっております。私はルーファス・ウル・リュコスと申します」
ポンデローザに続いてルーファスが礼儀正しく頭を下げたことで、ブレイブとステイシーはぎょっとした表情でルーファスへと視線を向けた。
「ルーファス先輩って敬語使えたのか……」
「い、意外です……」
「あのな、ルーファス様だって貴族だぞ? どこでもあの態度なわけないだろ」
そう思われても仕方ないとはいえ、失礼な感想を漏らす二人に呆れたようにため息をつくと、二人に続くようにスタンフォードは自己紹介をした。
「初めまして、レベリオン王国第二王子スタンフォード・クリエニーラ・レベリオンと申します。ステイシーさんには普段から学園で何かとお世話になっております」
「す、スタンフォード君! 大袈裟ですよ!」
「郊外演習では命を助けてもらったからな。大袈裟なことはないだろ」
「な、何と……」
いつの間にうちの娘は一国の王子と親しくなっていたのか。
スタンフォードとステイシーの気さくなやり取りを見たゴーマは絶句していた。
「初めまして、マーガレット・ラクーナです。私は貴族といっても去年までただの町娘だったのであまり気を遣わなくて大丈夫ですよ」
「おお、あなたがあの世界樹の巫女の末裔様でしたか!」
「あはは……そんな大層なものじゃないですよ」
気を遣わなくて言った側から畏まるゴーマを見て、マーガレットは苦笑するしかなかった。
「俺はブレイブ・ドラゴニルです。これからよろしくお願いします」
最後にブレイブが自己紹介をして、その後は宿泊用の施設へと案内された。
「すみません、何もない土地で不便をおかけしてしまって……」
領地に着いてからというもの、ステイシーは謝り倒していた。
いくら親しくなったとはいえ、普段から豪勢な生活になれている
「構いませんわ。観光目的で来たわではありませんもの」
嘘つけ、長期休暇にのんびりしたいから来ただけだろうが。
一見、寛大な態度を取っているように見えるポンデローザにスタンフォードは冷ややかな視線を送っていた。
「そうそう、何もないってのも案外悪くねぇもんだぜ、ステっち」
「そう言っていただけると助かり――ステっち?」
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
ステイシーは聞き覚えのない呼び方をしてきたルーファスを怪訝な表情で見つめた。
「いつまでも苗字呼びってのも味気ねぇと思ってな」
「いやいやいや! リュコス家の嫡男であるルーファス様にあだ名で呼ばれているなんて、驚きすぎてお父さんが倒れちゃいます!」
「気にするのはそこなんだ……」
「スタンフォード殿下と友人関係の時点で今更ですわね」
どこかズレた発言をするステイシーに、マーガレットもポンデローザも苦笑する。
このままだと本当にのんびりしたまま一日が終わりそうな空気だったため、スタンフォードは話題を異形種の調査へと戻した。
「それで調査はどうするんですか」
「二人一組に分かれ、地図の北から順に調査する予定ですわ」
ポンデローザは領主からもらった地図を広げ、ペンで印を書き込んでいく。
「組み分けはどうしますか?」
「ルドエさんは土地勘がありますし、方向音痴のブレイブさんと組んでくださいまし」
「わかりました」
「何か悪いな」
BESTIA BRAVEにおいて、主人公が方向音痴であるという設定はないが、プレイヤーは隠しアイテムを取るためにわざと間違った道に進むなど、遠回りをすることが多い。
街でも目的地に着くまでに寄り道をしまくるプレイヤーは、ゲーム内から見たら方向音痴に見えるというネタがファンの間で流行った。
この世界でブレイブが方向音痴なのは、原作におけるプレイヤーの行動が反映されているのではないかとスタンフォードは考えていた。
「そして、ルーファス様はわたくしと組んでいただきます」
ポンデローザは、この機会にスタンフォードとマーガレットの距離を縮めるために同じ組で調査に行かせようとしていた。
「待ってください。ルーファス様はラクーナ先輩と組むべきです」
しかし、スタンフォードがそれに待ったをかけた。
「理由を聞かせていただけますか?」
あんたどういうつもりよ! と言わんばかりに、ポンデローザは威圧感を放ってスタンフォードを睨み付けた。
突然凍り付く空気の中、スタンフォードは冷静に理由を述べた。
「先日、コメリナの協力もあって自己回復の魔法が使えるようになったんですよ。回復できる奴は分散させた方がいいでしょう?」
「あらあら、先日使えるようになったばかりの魔法を随分と過信していますのね(バッカ、調査なんて方便なんだから少しでもメグと一緒にいなさいよ!)」
「これでも魔法運用に関しては優秀ですのでご心配なく(ここじゃ二人きりになる時間も取りづらいし、作戦会議の方を優先しただけだっての)」
本音の方でも喧嘩しながら、睨み合う二人にブレイブやステイシーが息を呑む。
そんな二人の間にマーガレットが割って入る。
「二人共、喧嘩しないの。とりあえず、今日の組み合わせで調査してみてうまくいかなかったら変えればいいと思うよ」
「それも、そうですわね……」
「僕はそれで構いませんよ」
ひとまず矛収めた二人に、張り詰めた空気が緩む。
「やれやれ、こりゃ先が思いやられるな」
紅茶を飲みながら成り行きを見守っていたルーファスは、呆れたように肩を竦めた。
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