第34話 悪役令嬢は一人戦場へと立つ

「ブルァァァァァ!」


 突如目の前に現れた馬のような体と雲を纏っているかのような毛皮が特徴的な竜。

 稲妻のような形状の角からは電光が迸っており、いつ電撃が飛んできてもおかしくない状況だ。


「ライザルク……!」


 ゲームで何度も戦った通りの見た目。

 前世で見慣れたはずの竜を見て、ポンデローザは冷や汗をかいた。

 姿こそ見慣れていても、実際に対峙してみてその威圧感は尋常ではなかったのだ。

 ライザルクの周囲には、優に三百を超える小竜が飛び交っている。

 その全てがライザルクの指示に従うようにポンデローザ達を取り囲んでいる。

 ポンデローザは、既に全ての小竜が異形種になっていると判断し、扇子を懐から取り出してヨハンに告げた。


「……ヨハン、他の者を連れてお逃げなさい」

「しかし、それではポンデローザ様が!」


 自分だって出来ることならこの場から逃げ出したい。

 それでも現時点で原作の流れを大きく狂わせるわけにはいかない。

 覚悟を決めたポンデローザは、振り返ることなく戦闘態勢に入る。


「甘く見てもらっては困りますわね」


 扇子を勢いよく開くと、ポンデローザは魔力を全開で放出する。


「〝氷結の茨姫アイシクル・バラギ!!!〟」


 ポンデローザが氷魔法を発動させると、茨のような長髪を持つ女性の氷像が現れた。

 この氷像はポンデローザが前世で好きだった茨姫がモデルの女性Vtuberを模したものだ。

 茨姫の氷像は髪を伸ばし、ヨハン達の退路を塞いでいた小竜を拘束するのと同時に、氷付けにして砕いた。


「異形種の小竜達が一瞬で……!?」


 百を超える異業種の小竜を一瞬で撃破したことで、ヨハンは目を見開いた。


「さあ、お行きなさい!」


 ポンデローザは、監督生に配布されたマーガレットが魔力を込めて作成したポーションを渡すと、ヨハン達にこの場から離れるように促す。


「どうかご無事で!」


 他の三名もヨハンと同様に絶句していたが、退路が確保されたことで迅速に撤退を始めた。

 ヨハン達の姿が完全に見えなくなると、ポンデローザは素の口調に戻って呟く。


「原作より難易度爆上がりじゃないのよ。まったく……〝氷結盾アイシクル・シールド!!!〟」


 直後に飛んできた電撃を氷の盾で防ぐ。

 氷の盾は何とか電撃を防ぐことはできたが、半分以上が電熱で溶けてしまっていた。

 電撃を浴びつつも、茨姫の氷像は飛んでいる小竜を撃破していく。

 ポンデローザの氷魔法で作られた氷像は、単純な指示ならば指示がなくとも動くことができる。

 魔法は想像力が性能に直結する。

 本来自由気ままな性格のポンデローザと、氷魔法は驚くほどに相性が良かった。


「ホント、いい加減にしてよね!」


 苛立ったように叫ぶと、ポンデローザはライザルクに氷の槍を放つが、ライザルクは氷の槍に電撃をぶつけて攻撃を防御する。

 ポンデローザはこのイベントをほとんど一人で解決するつもりだった。

 ライザルク戦はBESTIA BRAVEにおける戦闘イベントの一つだ。

 BESTIA HEARTでは、スタンフォードルートでのみこのイベントが発生する。

 どちらの作品においてもスタンフォードは、ライザルクに挑んで敗北し、その後にブレイブがライザルクを倒すという流れだ。

 問題は、どうすればBESTIA HEARTのスタンフォードルートの展開になるかということである。

 BESTIA HEARTのスタンフォードルートでは、スタンフォードはBESTIA BRAVEと同様にライザルクに挑んで敗北する。

 BESTIA BRAVEでは語られなかったが、スタンフォードは自分が敗北したライザルクをブレイブが倒したことで悔し涙を流していた。

 そこにマーガレットが現れて治癒魔法をかけながら「勝てないとわかってて逃げずに立ち向かうなんて格好いいね」と告げるのだ。

 原作でのスタンフォードは、自分がライザルクに敵わないと知りつつも、虚勢を張って立ち向かっていた。

 彼のことをきちんと見ていたマーガレットは、そのことを理解していたのだ。


 つまり、このイベントを乗り越える条件は二つ。

 スタンフォードがライザルクに敗北すること。

 ライザルクをブレイブが倒すこと。

 この二つだけだとポンデローザは考えていた。


 しかし、スタンフォードと接する内に考えは変わっていった。

 たとえ、どんな理由があろうと命の危険がある場所へスタンフォードを送り出すことはできなかったのだ。

 ポンデローザは根っからのお人好しだ。

 彼女の前世での死因も、人を助けようとしたことによるものだった。

 ポンデローザは、自分の命が懸かっているからといって、人の命を危険に晒すようなことはできるだけしたくなかったのだ。

 そこでポンデローザは何とかスタンフォードが戦わずに済む方法を考えた。

 曲解すれば、このイベントはスタンフォードがブレイブへの劣等感を覚えるためのイベントだ。

 現在、スタンフォードはブレイブに対して原作以上に劣等感を覚えている以上、そこは問題ではないのだ。

 となると、問題はマーガレットの方だ。

 マーガレットは、乙女ゲームの主人公らしくプレイヤーが感情移入しやすいように個性が薄くなっている。

 マーガレット元い、プレイヤーがスタンフォードに魅力を感じる点は、実は努力家であり、他人のために必死になれるところだ。

 そこでポンデローザは、スタンフォードにブレイブを連れてくる役割を与えることにした。

 生徒を守るために、最も嫌っている人間を頼る。

 これもまた広い目で見れば自分よりも他人を優先しているように見えると考えたのだ。


 ずっと孤独を感じながら生きてきたポンデローザにとって、スタンフォードはたった一人の理解ある友人だった。

 だから、どうしても彼を守りたかったのだ。


「〝氷結の獅子王アイシクル・レオ!!!〟」


 ポンデローザは気持ちを奮い立たせると、獅子の獣人の氷像を作成してライザルクを真っ直ぐに見据える。


「あんたの相手はあたしの推しよ!」


 獅子の獣人の氷像は、ポンデローザが前世で最も好きだったVtuberを元に作成されている。

 魔法の性能を左右するものはイメージである以上、この獣人の氷像はポンデローザにとって、最強とも言える魔法だった。

 獅子の獣人と茨姫の氷像は並び立つように、ポンデローザの前に立つ。


「これやると貧血になるからあまりやりたくなかったんだけどね!」


 ポンデローザは、氷像達に高純度の魔力を大量に含んだ血液を送り込む。


「赤スパ投入!」


 真っ赤に染まった氷像達は一段と力を増す。


「別にあれを倒してしまって構わんのだろう? なんて言ったら死亡フラグみたいだけ、ど!」


 茨姫の氷像は、茨状の髪を編み込んで盾を作ると電撃からポンデローザを守り、獅子の獣人の氷像は果敢にライザルクの元へと飛び込んでいく。


「わかりやすい死亡フラグは逆に生存フラグなのよ!」


 そう告げると、ポンデローザは自分を奮い立たせるように叫ぶ。


「覚悟なさい、あたしの推しは最強なんだから!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る