第33話 混沌とする校外演習

 ルーファスは、いち早く森の異変に気づいた。

 ムワット森林には、大人しい魔物しかいないはずだた。

 しかし、出現する魔物はどれも凶暴化――いや、何かに怯えるように攻撃的になっていた。


「一体この森で何が起こってやがる!」


 もはや演習どころではない。このままでは生徒に被害が及ぶ。

 そう判断したルーファスは懐から連絡用の魔石を取り出した。

 すると、全ての魔石が発光しておりこの異常事態が各所で発生していることを理解する。


「他の組が心配だ、ここは任せたいところだが……」

「大丈夫です! ルーファス様は気にせず他組の救援に向かってください!」


 即答するスタンフォードに、ルーファスは珍しく躊躇を見せた。

 スタンフォード以外の二人に視線を移すと、ルーファスは目を細める。


「スタ坊、お前の実力は申し分ない」


 ルーファスは不承不承と言った様子で、スタンフォード達にこの場を任せて他組の救援に向かうことにした。


「仲間がいるからって油断だけはするなよ。常に周囲に気を配って対応するんだ」

「わかりました」

「これはもしものときの回復薬キュアポーションだ。マーガレット特製だから効果は折り紙付きだ」


 最終的に、ルーファスはスタンフォードがいればこの組は問題ないと判断した。

 念のため、強力な回復薬をスタンフォードに手渡すと、ルーファスは木々の合間を縫って高速で去っていった。


「みんな、聞いていた通りだ。今、異常事態が発生している。このまま全員で魔物を撃破しながら撤退するぞ!」


「「「了解しました!」」」


 ステイシー達は迅速にスタンフォードの指示に従い動き始める。

 スタンフォードは流行る心を落ち着かせながら、ポンデローザから受け取った魔石を確認してブレイブの組がいる方向へと移動を始めた。

 ポンデローザから聞かされていたライザルクが出現する合図。

 それは竜の血を得たことによって異形種となった魔物の出現だった。


 ということは、だ。

 ライザルクは自分の元にではなく、ポンデローザが監督生を担当するヨハンの組に出現したことになる。

 ポンデローザの元にライザルクが出現したのならば、やることは決まっている。

 ブレイブを見つけて迅速に彼をライザルクの元へと連れて行く。それが自分の役割だと、スタンフォードは理解していた。


「あれ……?」


 スタンフォードは今までポンデローザが原作通りだからと言っていたため、それを疑うことなく信じてきた。

 今もヨハンの組の付近にライザルクが出現したことは疑ってはいない。

 だが、引っかかることがあった。

 何故、原作においてライザルクが出現する場所が自分とヨハンの組だったのか。

 ただスタンフォードが噛ませ犬としてやられるだけのイベントならば、世界の修正力によってライザルクはスタンフォードの元に出現するはずだ。

 それが今回、ライザルクはスタンフォードの元へ出現しなかった。


 そこまで考えたとき、スタンフォードはポンデローザが自分を戦闘に巻き込まないようにしていたことに気がついた。


『大丈夫! 泥船に乗ったつもりでいなさい!』


 どうしてポンデローザは適当な作戦でも、あんなに自信満々だったのか。

 その答えは単純だ。

 ポンデローザはヨハンの組にライザルクが出現することを予め理解していた。

 つまり、ポンデローザは初めから一人でこの件を何とかするつもりだったのだ――スタンフォードの命を危険に晒さないために。


「ポン子、無事でいてくれ……!」


 立ちふさがる木々の枝を切り伏せながら移動する。

 事態は一刻を争う。

 しかし、急いでいるときほど障害は現れるものだ。


「ウルォォォ!」

「くそっ、ハニートか!」


 スタンフォード達の前に巨大な熊の魔物が立ち塞がる。

 ハニートは、全身を黄色の硬い毛皮で覆われた魔物だ。

 ハチミツと果物を好んで食し、他の動物を襲うことはない。


 だが、目の前のハニートは通常個体よりも巨大化しており、胸の当たりが赤黒く染まっていた。

 涎を垂らして獰猛な唸り声を上げ、スタンフォード達を見下ろしているハニート。

 そこには、円らな瞳が女性から人気があり、街ではぬいぐるみも売っているほどの愛らしい魔物の面影は欠片も残っていなかった。


「まさかこのハニートって……!」

「異形種だ! 全員、気を引き締めろ!」


 スタンフォードは魔剣を抜き、魔力を惜しむことなく注ぎ込む。


「ステイシーは前衛、僕は隙を見て遊撃する! ジャッチ、ガーデル、攻撃魔法の準備を!」


「「「了解!」」」


 即座に指示を出すと、全員が即座に魔法を発動させる。


「〝全身硬化フルハドゥン!!!〟」

「ウルォォォ!」


 ステイシーが全身を岩石のように硬化させる。

 岩肌のように盛り上がったステイシーの肉体は、ハニートの振り下ろした腕を受け止めた。


「くっ、一撃が重すぎて防ぎきれません……!」


 しかし、予想以上の重たい一撃に、衝撃を受け止め切れなかったステイシーの体がよろけてしまう。

 体勢の崩れたステイシーを追撃しようとハニートが再び腕を振り上げる。


「〝武雷刃ぶらいじん!!!〟」

「ウォ!?」


 そこですかさずスタンフォードが雷を纏った高速の斬撃を放ち、ハニートの腕を切り飛ばす。

 ボアシディアンにやられた経験から、スタンフォードは異形種の肉体硬度が通常種よりも硬くなっていることを把握していた。

 そのため、斬撃を放つ瞬間はさらに魔力を大量に込めて放つことで、竜鱗のような硬度を持つ異形種の肉体に斬撃を通すことに成功したのだ。


「二人共、今だ!」


 スタンフォードは魔力を練っている二人に指示を出す。


「「了解!」」


 二人は息を揃えて魔法を放つ。

 旋風が炎を巻き込み、火力を増大させる。

 異形種のハニートを確実に葬り去るであろう一撃は――


「が、あっ!?」


 ――突然方向を変えてスタンフォードに直撃するのであった。

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