第35話 過去は消えない。それでも……

 スタンフォードは、何が起きたか理解することができなかった。

 魔法は確実にハニートを捉えていた。

 だというのに、何故自分に魔法が直撃したのか。


「チッ……」


 その答えは単純だった。

 意図的にスタンフォードを攻撃した者がいたのだ。

 かすかに聞こえる舌打ちを耳にしたスタンフォードは全てを理解した。

 ハニートは高火力の爆撃に余波で怯んでいる。


「ステ、イシー……!」

「っ! 〝剛拳硬化ナックルハドゥン!!!〟」


 かすれたスタンフォードの声が届き、あまりの事態に呆気にとられていたステイシーが動き出す。

 ステイシーは、拳を硬化させてハニートの眉間を全力で殴りつけた。


「ウ、オォ……」


 強烈な一撃を受けたハニートはそのまま地面に崩れ落ちた。


「スタンフォード君! 大丈夫ですか!?」


 持っていた短剣を硬化させてハニートに確実に止めを刺すと、ステイシーは慌ててスタンフォードへと駆け寄った。

 異形種を殺せるほどの威力を持った魔法をその身で受けたスタンフォードはやけどを負ったものの、魔法を軽減する外套を着ていたため致命傷にはならなかった。


「……どういうつもりだ」


 思ったよりも低い声が出た。

 無理もないだろう。スタンフォードは王家の外套を身に纏っていたため助かったが、普通ならば死んでいてもおかしくない一撃だった。

 それを向けられて怒らない方が無理な話である。

 スタンフォードから鋭い視線を向けられたジャッチは、敬語も忘れて慌てふためく。


「お、オレじゃねぇよ!」

「言い訳は見苦しいですぞジャッチ殿。貴殿は中等部の頃から殿下を憎んでいた。絶対許さないとよくおっしゃっていたではありませんか」

「それは……!」


 図星を突かれたため、ジャッチは言葉に詰まる。


「貴殿はスタンフォード殿下に苦汁を舐めさせられてきた。魔法の演習の度に恥をかかされたことを根に持っているのでは?」


 ジャッチは火属性魔法の名門であるボーギャック家の嫡男だ。

 彼は家からの期待を背負い、王立魔法学園で優秀な成績を残すことを課せられていた。

 そして、意気揚々と入学した学園でスタンフォードに出会った。

 スタンフォードは魔力運用に関する天才で、王族特有の雷魔法を今までにない運用方法で使用していた。

 それにより、同学年の中でもずば抜けていたはずのジャッチの話題は埋もれることになる。

 ただ実力で敵わないのならば、切磋琢磨して超えればいい。そう思えた。

 しかし、スタンフォードはことあるごとに周囲を見下していた。

 ジャッチは特にその煽りを受けていた。


『おいおい、本気で来てくれよ。君の実力はその程度じゃないだろ?』


『こんなこともわからないなんて、笑えない冗談は止しなよ。名門のボーギャック家の嫡男なんだから、このくらい出来て当然だろ?』


 当時のスタンフォードは自分に酔っていた。

 自分の力を誇示しては、それが当然のように振る舞い間接的に周囲を貶す。

 そんなことを繰り返されれば、誰だってスタンフォードを恨むようになるだろう。

 スタンフォードに悉くバカにされていたジャッチは、周囲からの評価も落ち、家名に泥を塗ったとされて両親から叱責を受けることもあったのだ。


「それはてめぇも同じだろうがよ!」


 スタンフォードに苦汁を舐めさせられてきたのは、ジャッチだけではない。

 ガーデルもジャッチと同様の目に遭っていたのだ。


「私奴は分別が付く人間ですぞ。演習中の事故に見せかけて王族を殺害するなど、恐れ多くてできませんぞ」


 ガーデルは冷静にジャッチの言葉を否定する。

 そのやり取りを見て、スタンフォードは唇から血が滲む程に歯を食いしばる。

 この事態を招いたのは、自分の愚かな行動によるものだと理解したからだ。


「……ボーギャック様の炎魔法は威力を重視したもので、精密な制御を度外視したものでした」


 先程から黙って成り行きを見届けていたステイシーが口を開く。


「風は炎を巻き込む。ボーギャック様はウィンス様に制御を任せるために威力重視の魔法を放った。違いますか?」

「なっ、てめぇオレを利用してスタンフォードの奴を殺そうとしたのか!?」


 ステイシーの指摘を受け、自分が利用されたことを知ったジャッチはガーデルに掴みかかる。


「これは事故ですぞ。異形種を倒そうと焦って手元が狂った。それでいいではありませぬか」


 胸ぐらを掴まれても、ガーデルは涼しい顔をしていた。


「不慮の事故で殿下は怪我をされた。日頃の行いが悪かっただけの話ですぞ」

「てめぇ……!」


 堂々としらを切るガーデルにジャッチが激高する。

 そのままジャッチは拳を振りかぶる。


「待ってくれ」


 それを止めたのは他でもないスタンフォードだった。


「何で止めんだ、スタンフォード! てめぇは殺されかけたんだぞ!」

「それは僕が悪い。ジャッチ、君にもずっと酷い態度をとってしまってすまなかった」

「え……」


 殺されかけたというのに素直に謝罪をするスタンフォードに、ジャッチは目を見開いた。

 スタンフォードは改めてガーデルに向き直ると、深々と頭を下げた。


「ガーデル・ウィンス。君の名誉を貶めるようなことをしてすまなかった。この前の異形種騒動で思い知った。僕は調子に乗っていたのだと」

「殿下? 何をおっしゃっているのですかな」

「君が僕を憎む気持ちはよくわかる。君にこんな凶行をさせてしまったこと、本当に申し訳ない」


 それは心からの謝罪だった。

 スタンフォードは歪んだ笑みを浮かべて凶行に走ったガーデルを見て思った。

 あれは僕だ、と。

 全ては自分の思い通りにいく、何故なら自分はこの世界の主人公だから。

 そんな風に自分本意な行動を繰り返し、周囲を見下す。

 そして、ブレイブのような自分より上の存在は決して認めることができない。

 ガーデルの思考は、昔のスタンフォードに通じるものがあった。


「ふ、ぐふふ……何を言い出すかと思えば」


 気色悪い笑い声を漏らすと、ガーデルはスタンフォードを睨み付けた。


「それで改心したつもりか!?」


 額には血管が浮かび上がり、先程とは打って変わって凄まじい形相でガーデルは叫ぶ。


「今更殊勝な態度を取ったところで、貴様のせいで貶められた俺の名誉は戻らない! 勝手に終わらせようとするな! 貴様のような奴は大人になった後、あの頃はガキだった、今では良い思い出だなんてふざけたこと抜かすような奴になるんだ!」

「ガーデル……」

「過去は消えない! 貴様のような奴は無様に自分の行いを後悔しながら死んでいくのがお似合いなんだよ!」


 ガーデルの言葉をスタンフォードは否定できなかった。

 それだけのことをしたという自責の念があったからだ。


「それに俺からしてみれば、貴様はまるで変わっていない!」


 ガーデルは地面に唾を吐き捨てて続けた。


「ご自慢の魔法を振りかざし、ルーファス様に注意されるまで一人で魔物を狩り、ルーファス様からはまともになったというだけで高評価をもらう。普段真面目に努力している者が評価されずに、貴様のような奴の方が評価されるのはおかしいだろ!?」


 普段から真面目に振る舞っている人間はそれが当たり前だと思われ、不真面目な人間が善行をしただけで評価される。

 スタンフォードの前世においてハロー効果によるゲイン効果と呼ばれていたこの現象は、ガーデルが最も忌み嫌うものだった。


「スタンフォードが凄いんじゃない! この俺だ! 全部、俺のおかげだっただろ!? この演習において誰が最も活躍した!? 誰がその都度、状況に合わせて最適な作戦を考えた!? 誰のおかげで魔法の火力が上がった!? 誰のおかげで魔物を引き付けやすくなった!? 全部、全部全部、俺のおかげだろうが!?」


 口角砲を飛ばし、目を血走らせながらガーデルは叫ぶ。

 その姿は自己顕示欲と承認欲求に塗れたかつてのスタンフォードそのものだった。

 スタンフォードはガーデルの心からの叫びを聞いて思った。

 僕は変わったつもりになって、何も変わっていないじゃないか、と。

 ポンデローザに助けられ、マーガレットに優しくされ、自分まで真っ当な人間になっていると思い込んでいた。

 その結果がこれである。


「使えない成り上がり貴族の女と火力バカのボーギャックをこの俺がうまく使ってやったから、ここまで順調にこれたんだよ!」


 しかし、再び沈みかけたスタンフォードの心を救い上げる者がいた。


「それは違います!」


 突如、ステイシーが大声を上げてガーデルの言葉を否定する。

 物静かで自分より立場が上の者に逆らわないステイシーがガーデルに真っ向から立ち向かったことで、スタンフォードもジャッチも、そしてガーデルも言葉を失う。


「確かにウィンス様の判断には何度も助けられました。ですが、それは私達全員の力を合わせた結果です。決してあなた一人の功績ではありません!」


 先程のスタンフォードへの批判はそのままガーデルに当てはまるものだった。

 自分のことを棚に上げ、一方的にスタンフォードを悪者にするガーデルに、ステイシーの堪忍袋の緒が切れたのだ。


「他人を道具としか思っていないあなたに、スタンフォード君を非難する権利はありません!」

「ぐっ……!」


 自分勝手な理屈でスタンフォードを殺そうとしたガーデルと、相手を真に正そうとするために正論を述べたステイシー。


 どちらに正当性があるのかは言うまでもないことだった。


「スタンフォード君、過去と他人は変えられません」


 そこで言葉を句切ると、ステイシーは髪をかき上げて、優しい笑みを浮かべて告げた。


「ですが、未来と自分は変えられます。私にもそのお手伝いをさせてください」

「ステイシー……ありがとう」


 スタンフォードは自分のような人間に、これほどの言葉をかけてくれたステイシーに心から感謝した。


「時間がない。助けてくれるか?」

「もちろんです!」


 ステイシーは満面の笑みを浮かべてスタンフォードへの助力を承諾した。

 すると、それに続くようにジャッチがスタンフォードの前に立った。


「殿下、オレも力を貸すぜ」

「ジャッチ、どうして……」

「てめぇのことは気に入らねぇが、今は緊急事態だ。あんたに従うぜ」


 ジャッチはスタンフォードの性格こそ嫌っているが、彼にとってスタンフォードは目標でもあった。

 ジャッチは、スタンフォードの実力は本物であると認めていた。

 だからこそ、この緊急事態ではスタンフォードに従うことに決めたのだ。


「ほら、ガーデル。てめぇも行くぞ。このままここに一人でいても異形種の餌食になるだけだ」

「……どうせ王族の殺人未遂で俺は極刑になる。異形種に食われて死んだ方がマシだ」

「バカ言うな。死ぬならきちんとスタンフォードに心からの謝罪をしてから死ね。ほら、行くぞ」


 ジャッチが異論は許さないといった声音でガーデル声をかけると、ガーデルは渋々従った。


「それじゃあ、まず――」


 スタンフォードが方針を説明しようとした瞬間、辺りに爆発音が轟いた。

 音源に視線をやれば、そこでは上空に積乱雲が広がり、煙が立ち上っていた。

 すると、スタンフォードの元に、ポンデローザのペットである鳩のぼんじりが飛んできた。


「クルッポー!」

「ぼんじり! お前どうして……」


 どうしてここにいるのか、そんなことは聞くまでもなかった。

 何だかんだでこの鳩も主人の命を助けたいと思っているからだ。


「案内してくれ!」

「クルッ!」


 あの場所にポンデローザがいる。

 スタンフォードは固く拳を握りしめると、この場で最も信頼できるステイシーにマーガレットから受け取った魔石を手渡した。


「ステイシー、これに魔力を込めればラクーナ先輩の元へ行ける。ラクーナ先輩と合流してブレイブをあの場所へ連れてきてくれ。監督生同士なら居場所も把握しやすいはずだ」

「わかりました!」


 魔石を受け取り、強く握りしめるとステイシーは力強く頷いた。


「それとラクーナ先輩へ伝言を頼む」


 スタンフォードはマーガレットの言葉を思い出す。


『私、ポンデローザ様と友達になるよ!』


「あなたが友達になるまであのバカは絶対死なせません、ってな」


 そう告げると、スタンフォードは雷魔法で肉体を強化してポンデローザの元へと駆けだした。

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