第5話 暗転、襲撃

 ローゼリアの王の生涯は短い。それは一年の始まりを告げる春の桜のようにいつの間にか咲き誇り、そして散ってゆく様とよく似ている。

 季節は奇しくも桜が散る頃。この日、皇王陛下と皇太子殿下御一行は翌日に控えた戴冠式を行う為に、禁域の森から少し離れた地に建てられた離宮に向かっている最中だった。


 戴冠式が終わり王権が新たな皇王に移った後、僅かな余生を送る為に退位した王は最後の刻まで離宮に留まることになる。云わばここは離宮という名の霊廟でもあった。


 それ故、本来であれば王族と縁があり腕の立つ守護役だけが同行を許されるのだが、殿下立ってのお願いにより、一介の武官であるガーネットも王族の守護役として参加していた。


「いやぁ助かるよ。ダルカさんが守護役から退いてしまったから、守護役達を纏める者がいなくてね」

「それは別に構いませんが、あの……殿下?」

「なんだい?」

「どうして、あたしは殿下と同じ馬車に乗せられているのでしょうか」

「どうしてって……そりゃ僕専属の守護役だからだよ。君にしか頼めないさ。————ガーネット」


 この世の全ての異性を、もしかしたら同性すらも、落とすかのような凄みすら漂う微笑を見せつけるテュルキス。ガーネットの不意を突くのに充分すぎる愛情を向けられて、思わず目を逸らした。

 未だ気づかれてはいない為、どう話しを切り出そうか散々迷っているのに、こうも馴れ馴れしく近づいてくるかっての幼馴染に辟易しつつあることを自覚していた。


(こいつ……オレが悩んでるというのに、どれだけ無神経なんだよ)


 心の内でそんな愚痴を吐き出すガーネット……ザクロは気づいていない。

 乙女心は移り気な天気の如く変わりやすいことを。そう考えること自体が、心も女性になりつつあることを。

 複雑な心境が知らずのうちに態度に現れていたのだろう。

 表情を曇らせるガーネットの機嫌を取ろうと、テュルキスが前のめりになった途端、馬車がガクンと大きく揺れた。


「な……?」

「……え?」


 向かい合わせの席からつんのめり、前方に体勢を崩して倒れるテュルキス。そのまま勢い余って目の前の豊かな双丘に顔を埋めた。


「っーーーーーーーーーーー」


 声にならない恥ずかしさを必死で堪える。テュルキスは急いで顔を引き戻すと、慌てた素振りで必死に取り繕う。


「こっ……これは不可抗力というやつで、決してガーネットを困らせる為にしたことでは————」


 必死な弁解は、当然耳を素通りする。両手で胸を隠したまま、羞恥の余りぷつんとガーネットの何かが切れた。


「……別に謝罪は結構です。あたしは殿下の守護役で安全をお守りするのが仕事ですから。それはともかく」


 あくまでこれはただの事故だということは承知している。

 しかし、それとは別に普段の接し方について思うことをはっきりと告げた。


「殿下はいつもそうですよね。あたしのことなんだと思っているのですか。結婚して欲しいと言われましたけど、突然そんなことを告げられて、戸惑うあたしの気持ちを考えたことはありますか?」

「そ……それは」

「もう少しご自身の言動に責任を持ってください。これから貴方はこの国を背負って立つ皇王になられるのですから」


 自身でも驚くほど辛辣な言葉を浴びせたガーネットは、塩らしくなってしまったテュルキスを一瞥すると「ふん」と顔を横に向けた。

 二人の間に流れる気まずい空気が澱のように沈殿する。どう場を和まそうかと、テュルキスが口を開きかけた時、馬車の外で待機していたマリンカが声を掛けた。


「テュルキス殿下、ガーネット様。離宮に到着いたしました。降りる準備をしていただければ」

「ご苦労様、マリンカ。それでは殿下、また後ほど」

「あ……待ってくれ!? ガーネット!!」


 呼びかける声も無視してガーネットはマリンカを引き連れて早足で歩く。

 ささくれだった心はしばらく、落ち着きそうも無かった。


「殿下と何かあったのでしょうか」

「……お願いだから何も聞かないで。それより離宮周辺の護衛の配置だけど」


 マリンカと二人きりの時はつい男性口調になりがちなガーネットは、よほど腹に据え兼ねたのか殊更に女性のように振る舞っていた。

 その僅かな変化を即座に見ぬいたマリンカは、敢えて触れずに続きを促す。


「配置について何か不安でも?」

「事前に知らされた戴冠式の段取りから予想するに、警戒を強めきゃいけないのは皇王様と殿下が儀礼の間に出入りする時ね。離宮は禁域の森を背にして建てられているから、北側がどうしても死角になる。森の方面から襲撃を仕掛けられたら、二人の警護が十分に行えない可能性が懸念されると思うの」

「ええ、ガーネット様の懸念はごもっともです。ですので————」


 テキパキと警備上の穴を潰していく二人。戴冠式は明日夕刻頃に行われ、その後は新たな皇王の門出を祝う晩餐会が行われる予定だ。


 とにかく今日明日を乗り切ることに専念、テュルキスのことは後回しと心に決める。雑念を捨て去りガーネットは戴冠式の準備に没頭した。



 あっという間に日は暮れる。暮れなずむ夕日がガーネットの横顔を黄金色こがねいろに染め上げた。


 ここは離宮の客室。夜間の見張りに備えて、実家から持参したロウファン家伝統の龍を描いた守護役衣装に袖を通し、ガーネットは長い髪が邪魔にならぬよう纏めているところだった。


 両手で髪を頭頂部で固定し、片手で抑えて口に咥えていた赤い紐で結ぶ。

 ただそれだけの動作ではあるが、背を伸ばし腕を上げている体勢ゆえ、たたでさえ大きい双丘が漆黒の守護役衣装の胸元を砂丘の如く盛り上げていた。

 しかし、今のガーネットに自らの体の変わりように気づくような心の余裕は無い。


 せっかく再会出来たのに、どうしてこうもテュルキスとすれ違うのだろうと。胸を占めるのは、余りにも乙女染みた悩み事であった。

 

(そもそも……あんなに女たらしだったなんて思いもしなかったな)


 しゅるりと椿油で整えられた黒髪が馬の尾のように胸元へと流れ落ちた。途端、馬車で起きた不可抗力な出来事を思い出し、ガーネットの頬が林檎のように赤くなる。が、それも冷静になるとどうでもよくなった。


 再会した直後の初恋のようなどきどき感は薄れて、いつのまにか殿下の顔を見るのも嫌になっていた。


 婚約を解消されたエスメルダ様はまだ殿下を諦めていないようだ。このまま己が殿下と本当に契りを結ぶようなことになれば、ただでさえ傾国の武官と評して一部で根も葉も無い不愉快な噂を流している、王城内のエスメルダ派に闇討ちでもされかねない。


 どうしたものか……と頭を悩ませながら立ち上がると、俄に外が騒がしくなっていた。


「なに? この騒ぎ……」

「ロウファン武官殿! 敵襲です! 禁域の森から現れた正体不明の賊共に離宮を囲まれました!」

「な……なんですって!?」


 慌てて伝令を伝えにきた護衛の腕には薄っすらと血が滲んでいた。

 ガーネットはごくり……と唾を飲み込むと、皇王様と殿下の安全を最優先にとだけ告げて、離宮の入り口へとひた走る。

 

 離宮の外は戦場と化していた。目元を覆う仮面を付けた賊共と皇王家守護役の男達が入り乱れ、戦況を把握することは困難と判断する。


(戴冠式を狙った襲撃……? 何が狙いなのか、見当も付かない————けど!!)


 背後から殺気を感じ前を向いたまま、腕に嵌めた手甲で振り下ろされた蛮刀を防ぐ。虚を突かれ動きが止まった賊に振り返りざま、腰のひねりだけを用いた回転蹴りをお見舞いする。


「……つ。不意打ちとは卑怯な」


 周囲の賊達もろとも将棋倒しに吹き飛ばす太極の気が乗った蹴りは、一塊の敵集団を巻き添えにした。乱戦状態の一角に穴が空き、押され気味だった守護役達が鬨の声を上げた。


「包囲が崩れたぞ! ロウファン武官殿に続け!」

「ガーネット様。ご無事で」

「マリンカ! よかった貴女も無事で。……再会を喜び会うのは後。状況を手短に教えて」

「かしこまりました。仮面の賊共の総数はおよそ五百。内百人程が禁域の森の近くで待機している模様です」

「後詰めが控えているわけね。……少しまずいか」


 離宮は禁域の森を背にして建てられている。皇王様とテュルキスは北側の迎賓館にいるはずだ。離宮の四方は壁に囲まれているとはいえ、懸念していた通り北側の死角を敵は突いている。


「賊共の気勢は削いだ。マリンカは殿下と皇王様をお願い。あたしは後詰めをなんとしても阻止する」

「お待ちを。ガーネット様がお強いのは確かですが、一人で百人相手は無謀でございます!」

「————大丈夫。こういう時の為に、あたしは母さんの故郷で修行を積んできたのだから」


 ばしんと左の掌に拳を軽く打ち付けるガーネットの赤い瞳は闘志を滾らせていた。今のような窮地を打開する為、己を律して厳しく体を技を鍛え上げてきたのだ。

 あの頃の弱くて頼りない自分ザクロはもういない。

 今、ここに立っているのは、呪いで女の体になろうとも強くなることを諦めず、功夫をその身に修めた皇王家守護役、なのだから。


「……ガーネット様。その覚悟、しかと承りました。このマリンカ、身命を賭して殿下をお守りいたします」

「ありがとう。頼んだよ、マリンカ」

「承知。ガーネット様もお気をつけて」


 殿下の護衛をマリンカに託し、ガーネットは離宮を迂回し禁域の森へと駆け出す。6年前、全てが始まった忌まわしき地へ。こんな時に再び向かうことになるなんてと、運命の皮肉を呪った。






 離宮の北側へ回れば、後詰めの賊達が禁域の森から飛び出してくるところだった。

 その数、およそ五十。集団の先導をする賊の一人が、正面で仁王立つガーネットを視界に捉える。


「……皇王家守護役、それも女が一人か。舐められたものだな。我ら蛇咬じゃこうも」

「蛇咬? 聞かない名だね? 雑技団か何か?」

「いい度胸だ小娘。死ぬ前に教えてやろう。古い教えを重んじ、決して歴史の表舞台には現れず殺人拳を得手とする武闘派集団。それが我ら蛇咬である」

「……殺人拳。へぇ?」


 ガーネットは挑発的な態度を崩さず、蛇咬の一団を凝視する。

 確かに一人一人が尋常ならざる気を纏っている。それも蛇のように絡みつく毒々しい気だ。

 が、それしきで臆するほどガーネットの精神は柔では無い。


「————面白い。歴史の闇で暗躍する武闘派集団。嘘か誠か確かめてやる」

「抜かせ、小娘!」


 ガーネットの一言がきっかけで、蛇咬の武術家達は一斉に殺気を滾らせた。

 生意気な小娘を黙らせようと仮面を付けた男達が数人飛びかかる。男達の手に嵌められた異様に鋭く尖り、紫に染められた獣の爪。毒が仕込まれていると一目で看破する。


「————少し、本気を出すか」


 だん! と地面を踏み抜くようにガーネットは足で地面を踏みしめた。

 つま先から練り上げた気が溢れ出し地面どころか空気まで震わせる。


 震脚しんきゃく。功夫において技を連携させる際に、繋ぎとして用いられる踏み込みだ。

 だが、ガーネットが発した周囲への衝撃はそれ単体で技として成立するほど。

 地を走る虎も、天を駆ける龍も、等しく地に叩き伏せるほどの威力を秘めていた。

 ズンと圧さえ感じる踏雷ふみなりに、蛇咬の武術家達は揃って足を取られる。

 

 

 数の暴力などものともしないガーネットの気迫に、息をするのも忘れる武闘派集団。小娘と侮ったのが運の尽き。————目の前に立つのはただの小娘ではないと悟り、先導役の男の額から冷や汗が垂れた。


「小娘……お前は桜蘭の五女傑の一人……か?」

「そのうちの一人から教えを受けたけど、まだその域には達していないよ。それよりどうする? まだやる?」


 年下のそれも自分より一回りも若い小娘にいいようにあしらわれ、蛇咬の男は認識を改める。

 目の前の敵は全霊を持って挑むに値する相手だと。

 ガーネットも仮面越しに注がれる男の視線の変化に気が付いた。


「侮ったことを詫びよう、守護役。だが、生憎と名乗る名は持ち合わせていなくてな」

「同じく名乗るほどの者ではない。いざ尋常に……では無いけど勝負!」


 土埃が舞う。気を用いた足さばきで肉薄したガーネットは、衝撃を乗せた掌底を繰り出した。

 対する蛇咬の男は無手の構え。自然体そのもののだらりとした肢体を晒し、紙一重でそれを見切る。関節が外れぐにゃりと曲がった腕が蛇のように鎌首をもたげて、首筋をえぐろうと迫りくる。ちらりと一瞥を返し、ガーネットは毒蛇の魔手からすんでのところで逃れた。


「……毒手か。なるほど、それで殺人拳」

「見事な体捌きだ。褒めてやろう、小娘」

「ご親切にどーも。ぐにゃぐにゃの体が思いのほか、厄介……かな」


 宙に舞う黒い絹糸のような髪の一房が地面に落ちたのを見やり、ガーネットは汗を手の甲で拭った。

 両腕をだらりと垂らしていたのは姿勢の悪さではなく、関節を外していたから。

 長い歴史を誇る東方武術には、自在に四肢の可動域を変化させる外道の法があると聞いたことはあるが、まさか故郷で実物を拝むことになるとは————

 ガーネットも目の前に立ちはだかる蛇咬の男の認識を改めざるを得ない。

 

 この男は間違いなく強者……。武術家として不足なしの相手と定める。

 だが————相性が悪い。

 体術の特性上、人体に触れることが出来なければ、十分な威力、衝撃を与えることは不可能。そして相手は関節を外し、人外の動きを得手とする凶手。

 その体は蛇のように滑りがあり、その腕は蛇がのたうつが如し動きで掴みどころが無い。ガーネットの体術は悉く弾かれ躱されて決定打に至らない。


 今まで遭遇したことのない厄介な相手。ガーネットは、蛇咬の男の戦術に絡め取られつつあることを悟る。


 どうにもやり辛い。さっきまで剣戟の音がうるさいくらい響いていた離宮の方も、嘘のように静かになっており状況も気になる。その迷いを見逃すほど、凶手の眼は節穴では無い。


「シィッ!!」

「なっ!? 痛ッ……」


 蛇が地を這う動作を模倣した背を屈め地面と並行に腕をだらりとのばした無音の歩法。

 接近すらも感知出来ない外道の技で隙を突かれ、ガーネットは咄嗟に両腕で防ぐが遅すぎた。

 肩口を切り裂く毒蛇の毒手。爪に塗られた毒が傷口からじわりと染み込む。


 尚も猛攻を受け防御に徹していると、回り始めた毒により、ガーネットの視界はぐらりと揺れた。

 

「……ゲホッ。体が鉛のように重い……」

「勝負有りだ、小娘。貴様程の強者を殺すには惜しい。我らの門弟になることを望むなら解毒剤も施してやる」

「……生き恥を晒すくらいなら死を選ぶよ。父上と母上に合わせる顔も無くなるし」

「その覚悟、ますます惜しい。が、それが望みであるのなら」


 ゆらりと死を与えるべく、蛇咬の男がガーネットを見下ろす。

 遅効性の毒薬なのだろう。既に体は満足に動かすことも出来ない。

 ————ここまでか。と諦めかけたその時。


「————こんなところで果てるお方ではありません。ガーネット様は」


 残影。目にも映らぬ影が蛇咬の男の首を短刀で切り裂いた。


「ゴハッ!? ————不覚」


 血飛沫を撒き散らしどさりと倒れる男。ひゅんと血糊を振り落とし、マリンカは朦朧とするガーネットを抱き起こした。


「ガーネット様! お気を確かに!」

「……助かったよ、マリンカ。でも、もう駄目みたい」


 もはや、指先一つ動かせずされがるがままのガーネットは弱々しく微笑んだ。

 死期を悟った主の力無い様子に、マリンカはふるふると首を振る。


「————いや。主は死なせぬ。生と死の間。その境に立つ今だからこそ、太極の気を鮮明に感じているはず。丹田に気を集めよ。さすれば妾が主の体を蝕む毒を吸い出そうぞ」

「マリンカ? ……いや、お前は」

「ええーい! 何をしておるか! 毒が全身に回りきったら流石の妾でも死の淵から引き上げることなど出来ぬ! しっかりせい! 主!」


 突然口調ががらりと変わったマリンカに驚くも、言われた通り丹田に全身から太極の気を集中する。下腹部に集まった太極の気は命の輝きを映し出すかのように、眩しい光を発した。


「うむ、上出来じゃ。なれば後は妾の領分。————不浄よ、妾に傅くがよい」


 太極の気塊が命を繋ぎ止めている間に、マリンカがガーネットの肩口から毒を吸い出す。

 全身を回る毒が傷口の方に流れ、その全てがマリンカに吸い込まれていく様をガーネットは驚嘆の面持ちで眺めていた。


「体が……動く?」

「毒を吸い出しただけじゃから、医者に診てもらう必要はあるがな。命の恩人である妾に感謝するがよいぞ。————ザクロよ」

「————思い出した。禁域の森に現れた大きな妖精! ……じゃなくて、急いでマリンカも解毒しないと!?」

「口調が男に戻っておるぞ、主よ。妾のことなら心配不要。人では無いのでな、これしきの毒では死なぬ。詳しく説明したいとこじゃが、それどころでは無くなった」

「……どういうこと?」

「賊共の襲撃は只の囮。本命は皇王の首じゃ。————全て妾のもう一人の主、エスメルダが企てたことよ」

「なんだっ……コホン。なんですって!?」


 離宮襲撃を指示したのはテュルキスの元婚約者、エスメルダだと知らされ毒で蝕まれた体の倦怠感も吹っ飛んだ。


「でも、なんでエスメルダ様が……」

「……主もある意味原因の一つなんじゃがな。殿下に掛けていた魅了が解けて、婚約を解消されたのが余程応えたのであろうよ。すまぬ、頼まれておきながら目の前で皇王をエスメルダに連れていかれてしまった。逆上した殿下も、彼奴を追って禁域の森に飛び込んで行ってしまった。不甲斐ない妾を罵るがよいぞ……」

「マリンカ……。誰が貴女を責めるものですか。こうしてる間も惜しい。————直ぐに、あたし達も追いかけるよ」


 項垂れる側付きの少女にガーネットは優しく声を掛ける。この場で主従の関係を解消されても文句は言えない失態を犯したというのに、一緒に行こうとまで。


「……何故じゃ? 主をそんな体に変えて、命じられたことすらも満足にこなせぬ妾に、何故そこまで」

「事情はまだ把握出来てないけど、一番悪いのはエスメルダ様でしょ。それと、その口調は慣れないから、いつものマリンカの話し方に戻して貰ってもいい?」

「……つ。守護役であれば非情にならざるを得ないことも覚悟すべきでは。甘すぎです、ガーネット様は」

「お小言なら後でたっぷり聞くよ。今はテュルキスと皇王様をなんとしても助けないと」


 どこまでも真っ直ぐで眩しい主にマリンカは後光が射しているように思えた。

 地平線に日がゆっくりと沈んでいく。————黄金色に彩られる禁域の森に宵の帳が降りようとしていた。


「それじゃ、急ぐよマリンカ」

「……かしこまりました。どこまでもお供いたします。ガーネット様」


 マリンカに頷きを返し、ガーネットはまだ痺れが残る体に鞭打って駆け出す。

 敵の首魁は殿下の元婚約者エスメルダ。ザクロとガーネットにとっても因縁の地である禁域の森を舞台に、最後の幕が上がろうとしていた。

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