敗走

 森から荒れ地にかけての鉱山の傾斜はだいぶ緩やかであり、どれだけ大雑把な動きをしても、断崖絶壁だんがいぜっぺきで真っ逆さま、といった事態にはならない。

 反面、遮蔽物しゃへいぶつになるような場所も無く、下山する形で後退するユノアとルミルは、高所から放たれるボスの遠距離攻撃から身を隠す事ができず、襲い来る火球に苦しめられていた。

 夜の闇を食い破るように、メラメラと燃える火球がまた放たれる。

 狙いはスピリットによる焔を纏う事で、暗闇の中でも目立つユノアだ。

 火球により周囲が明るくなって、ユノアは攻撃を察知し、その瞬間にはスピリットによって自動で回避行動に移る事が出来る。

 しかし、直撃を避けられても、すぐそばで着弾した火球から生まれる熱気と衝撃を受け、ユノアの身体は吹っ飛ばされる。

「ぐっ……」

 呻き声を上げながら、ユノアは地面を転がり、傾斜を下りていく。

 そこへ、容赦ようしゃなく追撃が迫った。

「ユノア様!」

 叫び声はユノアの後方、離れた位置から発せられる。

 ルミルの声に叩き起こされ、ユノアは強引に身体を起こし、迫りくる6体の怪人を視界に捉えた。

 その内の一体、先頭を走る怪人に、後方から投げられたルミルのブーメランがぶつけられ、続く2体がユノアの槍による攻撃で進行を阻まれる。

 だが、残る3体の怪人は一気に距離を詰め、ユノアの眼前におどり出ると、鋭い爪をギラつかせて襲い掛かる。

 舌打ちと同時に、ユノアは迎撃に踏み出した。

 ビルドアップ、硬化、スピリットの恩恵を受けたユノアは、近接戦にいて怪人を圧倒出来る。

 だが、複数を相手にすると、どうしても手数で負けてしまい、殴打で押し返した次のタイミングで、敵の攻撃が届いてくる。

 カードの効果なのか、敵の攻撃がユノアに当たっても、まるで見えないまくに守られているように、肌を引き裂く事は無かった。

 けれど物質同士の衝突によるエネルギーは発生し、衝撃となったそれはユノアの身体を確実に痛めつけ、ダメージとなる。

 時折、強い当たりがユノアを襲い、火花を散らして衝撃を叩きつけられる。

 これが滅茶苦茶痛くて、思わずユノアは苦悶の声を上げて後方に転がる。地面に身体を打ち付けるのもすごく痛い。

 だが、ユノアの瞳から闘志は消えない。

 即座に立ち上がると、雪崩れ込むように迫る怪人を、槍とスピリットの力によりさばき、反撃を撃ち込む。

 やはりというか、初戦と同様に、怪人には槍よりも殴打による攻撃が有効のようで、ダメージには素直な悲鳴を上げてくれる。

 ルミルの援護もあり、隙を見せた怪人を捉えると、ユノアは渾身の拳、もしくは蹴りを叩き込んで吹っ飛ばし、対面の数を確実に減らしていく。

 そうして不利をくつがえしかけると、高所から雄叫びが上がった。

「どけっ!」

ボスの号令の元、怪人は一度退き、ユノアから距離を取る。

 射線が開き、ユノアとボスの視線がぶつかる。

 吠え散らかす犬のような顔が厳つく歪み、大きく開かれた口から炎が生まれると、咆哮と共に放たれる。

「また来る、このっ!」

 ユノアの指示で後方支援に徹しているルミルは、ブーメランの投擲とうてきで火球の迎撃を試みる。

 しかし、ブーメランは火球に呑まれると、完全に勢いを削がれ、焼け焦げた状態で落下する。火球は全く減衰げんすいする様子はなく、ユノアがいた位置に着弾し、爆風がユノアを襲った。

 爆音に混じってユノアの絶叫が響き、それに乗るように身体は宙に運ばれ、自由落下の衝撃を浴びる。

 上半身が全体的にズキズキとするが、苛立ちに任せて地面を叩き、ユノアは立ち上がった。

「あの犬野郎……好き放題ブレス砲台しやがってもうっ」

 敵の戦法に苦言を呈すユノアに、ルミルが駆け寄った。

「大丈夫ですか?ユノア様!」

「全身痛いけど、なんとかここまで来れた。これからが作戦よ」

 二人がいるのは、鉱山を下りた先の森の入り口だ。

 劣勢れっせいと判断したユノアは、鉱山での決着を諦め、森まで後退する事を決定した。

 森の中ならば、ボスの火球もある程度は木を盾にできるし、視界も開けた鉱山より悪いので、数の有利を取る相手も連携が難しくなるはずだ。スピリットを外す必要があるが、こちらにはマップとレーダーがある。

 情報の有利を取って、ゲリラ戦を仕掛けるのが、ユノアの目論見もくろみだ。

「行くよ、ルミル」

「はい」

 再び怪人に攻め立てられるより前に、ユノアはルミルを背負い、ジャンプとビルドアップの恩恵によって強化された跳躍で、森の中に逃げ込んだ。

 それなりに深い所まで移動し、道中にスピリットを引き抜いて、闇夜に姿を隠す。

 適当な大木を見つけ、ユノアは太い枝まで飛び、槍を展開して作った支えに身を預ける。

 同様にルミルも楽な姿勢で落ち着き、ユノアの身体の陰にマップを展開して、索敵に入る。

「どう?」

「はい。敵は散開して私たちを探している様子です」

「そう。なら、近付いたのから一つずつ処理してこう」

 小声でやり取りをしながら、ユノアは勝ち誇ったように表情を少し緩ませた。

 それに反するように、マップの淡い光源に照らされたルミルの表情が険しくなる。

「ユノア様、敵が集まってきます。私たちの近くまで」

「ウソ⁉なんで⁉」

 夜の森の中はあます所なく暗闇に満たされている。

 ボスの火球による明かりも見えない中、どうやってこちらの位置を突き止めたのか。

 その答えは、下の方から荒々しい声音と共に教えられた。

「こっちだ、臭いはこっちからするぞ!」

 怪人の一声でユノアは全て理解する。

 だが、あまりに単純な理屈なので、劣勢時とは別の苛立ちが湧いた。

「犬だから鼻がいいって、安直すぎるでしょ」

「どうしますか?ユノア様」

 敵が臭いにより相手の位置を把握できる特性を持っているのなら、暗がりでの闇討ちは困難だ。マップとレーダーの情報だけで戦うにはあまりにも不利である事が分かる。

 赤い点はユノアたちの下へ徐々に集結し、一番離れていたボスと思しき赤い点も近付いてきている。

 悔し気に顔を歪め、ユノアは決断する。

「逃げよう。打ち合わせ通りのアレで」

「……わかりました」

 重々しいやり取りの後、二人は使用していたカードを交換する。

 ユノアはビルドアップ、ジャンプ、地図、レーダー、硬化を台座にセットし、残りをルミルが預かる。

「あそこです!我が主!」

 怪人の一体がユノアたちを発見し、狙いを定めるより早く、ボスは火球を吐き出した。

 ユノアたちが身体を預けていた木に直撃し、着弾した場所から木がへし折れる。

 けれど、すでにユノアとルミルは木から降りていた。

 別の怪人がそれを見つけるが、もう遅い。

 ルミルを抱き上げたユノアは、拠点である船の位置をマップで見定め、そこへ向けて一気に跳躍した。

 同時に、ルミルがユノアの肩越しから手を突き出し、突風のカードの効果で風を発生させ、推進力すいしんりょくとしてユノアの跳躍を加速させる。

 ジャンプだけを使った跳躍を遥かに超える距離を移動し、二人は戦場から瞬く間に離脱した。

 それを見たボスは、初めて虚を突かれたように狼狽ろうばいし、慌ただしく火球を放った。

 火球は夜空をわずかに照らして消え去り、ボスはそれを見届けると、忌々し気に口元を歪めた。

「ああいう事も出来たのか。追え!奴らは消耗している!休ませるな!」

 威圧的な命令に従い、怪人たちは夜の森を駆ける。

 それを支援するように、ボスは火球を飛ばして、光源の確保と障害物の除去を行う。

 業火に染められる森の中を、ボスは堅実な歩みを刻む。

 油断なく、けれど獰猛どうもうに、猟犬の如き異形の陰は、ユノアとルミルの喉元に牙を突き立てようと進軍する。

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