激情の焔

 飛行する船には、各所に大型のサーチライトが取り付けられており、これによって夜の暗闇に包まれた草原を広く照らし、視界を確保する事が出来た。

 涼やかな夜風に当たりながら、ユノアは虫の音を聞く。その手には、1枚のカードと、一本の傘を持っていた。

 昨日の夜は船から出なかったから聞こえなかったが、暖かい時期の夜によく聞く風情ある音色だ。ユノアには何の虫かは分からない。

 動物がいるのだから、虫がいても不思議はないだろう。夕暮れ時には、あかね色の空に飛び立つ鳥の姿も目にした。

 ユノアの中になんとなくある自然の情景じょうけい

 これらも全て、人語を使い、人を襲うのだろうか?

 食料庫に侵入してきた小動物は、そんな様子はなかった。

 ならば、自身が最初に目覚めた廃墟の近くにあった森、そこにいた猿やザリガニは何だったのか?飛行する船の近くで戦っていたドラゴンとキモケモは何だったのか?

 まだまだ分からない事だらけで、この世界はどうなっているのか、とひたるように考え、手がかりを失った事に改めて後悔する。

 だが、希望のきざしは見えたのだ。

 あの場には確かに人間がいた。

 ルミルの存在もあり、この世界には、自分以外の人間がどこかに居るはずで、この世界について何か知っているかもしれない。

 そんな誰かに会う為に、そんな誰かの脅威きょういとなる害悪は、先に潰しておく。決して負けたくはない。

 周囲に散らばる野犬の死臭を嗅ぎ付けたのか、ゾロゾロと新たな野犬たちが群がってきた。

「意外と早い。やっぱりこの辺りまで出払ってたワケね」

 先刻、ユノアはルミルを連れて、船の近辺を散策していた。

 その際、3匹の野犬で構成された、斥候せっこうと思われるグループと遭遇する。

 グループは別々の場所で2つ遭遇し、それぞれ始末した後に、船の近く、風通しの良い野原まで死骸を運んだ。

 そよ風のカードを使い、死骸しがいの臭いを風に乗せて拡散させる。そうする事で、狙い通り、臭いを嗅ぎつけた他の野犬たちが、ユノアの元へ誘われて来たのだ。

 集まったのは合計で14匹。野犬たちは、一斉にユノアに向けて駆け出した。

 数の暴力でし潰そうとする、単純な戦法。だが、如何いかにユノアの槍が強力かつ汎用性が高いとはいえ、広範囲に散開する多くの野犬たちを一度に処理するのは不可能だ。

 一気に間合いが狭まり、野犬たちが飛び掛かる。

 刹那せつな、ユノアの姿がその場から消失した。ステルスのカードの効果で、姿を消すと同時に短い距離を移動したのだ。

 ギョッと白目を丸くした野犬たちは、そのまま同じ位置に雪崩なだれ込むように積み上がり、無様に頭部をぶつけあって、身体を絡ませた。

 そこへ、連続して槍が放たれ、積み上げられた野犬たちがまとめて串刺しにされていく。

 盛大に返り血が飛び散ると、すぐそばで姿を現したユノアは、直前に開いた傘でそれを防いだ。

「ビックリするほど上手くいったわ」

 傘を放り捨てながら、ユノアは退屈そうに言った。

 そんなユノアに、離れた場所でマップとレーダーを使い、状況をモニタリングしているルミルが叫ぶ。

「ユノア様!まだ一匹います!」

 言葉が届いた直後、サーチライトの光の外から、人型の影が飛び掛かって来ている事に気付き、ユノアは反射的に身を引きながら槍で迎撃した。

 火花と共に硬い物質がぶつかり合う衝撃音が響く。槍で影を貫けなかったのだ。

 まず攻撃が致命傷にならなかった事に驚き、次いで襲ってきたのが人型だった事に関心が向く。

 犬畜生ではないのか?と焦りを感じたユノアだったが、光に照らされ、姿をあらわにした相手を見て更に驚愕きょうがくする。

 パッと思いついた形容は、怪人だ。

 人の形を取りながらも、人ならざる異形の存在。ユノアもそれなりに好きなジャンルだ。

 犬の頭部をしていて、野犬と同じ色の体毛が全身を包み、右肩から腹部に掛けて肉球のような斑点はんてんが引かれている。

 自分に襲い掛かって来た辺り、野犬の仲間であるのは間違いないと読み、ユノアは身構える。

「奇怪な攻撃をする人間。これで眷属を殺したという事か」

 鮮明せんめいつむがれた言葉だが、喋った事の衝撃で内容を呑み込むまで遅延が生じた。

「その力、さぞや主もお喜びになるだろう」

 自信に満ちたような口調で告げると共に、野犬の怪人は再びユノアに飛び掛かる。

 ユノアは槍を使って迎撃するが、先ほどと同様に、槍は硬い壁に阻まれるようにして、怪人を貫く事はできず、その勢いを完全に止める事は叶わなかった。

 だが、ノーダメージという訳でもない。怪人はその犬の面を微かに歪め、槍という物理的な障害に進行を邪魔されている。

 ユノアはステルスによる移動で怪人の進行方向から逃れ、ビルドアップによる恩恵を受けた跳躍ちょうやくで一気に距離を取った。

 眷属と称した野犬たちが惨殺ざんさつされた様子を見ていた怪人は、ユノアが消える瞬間も見ていたようで、ムッと顔をしかめながらも、それ以上驚く様子を見せず、離れたユノアを注意深く見据えた。

 一時の膠着こうちゃく状態が訪れ、その間にユノアは気持ちを整理し、口を開く。

「話が出来るなら、一応聞いておく。あんた達は何者で、何で人を襲うの?」

 返答はあまり期待していないし、仮に納得のいく事情だったとしても、殺意が消える事は無い。人として理性的な体裁ていさいを取ろうという気持ちからの質問だ。

 だが思いの外、怪人は自然な会話のキャッチボールを成立させる。

「主の命により、貴様らを始末する。そして、その力も我が主の物となる」

「ああ、そういう。上に誰かいるお人形系ね。ちなみにその主とやらはどこにいるの?」

「すぐに連れて行ってやる。貴様のしかばねをなぁ!」

 獰猛に唸りながら、怪人はユノアに向けて襲い掛かる。

 対してユノアは、槍を縦に伸ばしてバリケードを作り、進行を妨げようとした。

 怪人は跳躍し、槍のバリケードを易々と飛び越えて、上からユノアに接近しようとする。

 そこへ、風を切る音がした。

 怪人は横方向から聞こえる音に注意を移し、回転する刃が迫っていると気付く。

 瞬時に腕をクロスさせ、襲い掛かる刃、ブーメランの一撃を防いだ。

 サーチライトの範囲の外、ブーメランを投げたルミルは忌々し気な顔になりつつ、その場を撤退する。仕留められれば良かったのだが、あくまでこれはユノアを援護する一手であり、その役割は十分に果たした。

 再び怪人から距離を取ったユノアは、ルミルにサムズアップを送ると、真面目な目つきで怪人を見据えた。

 槍もブーメランも効果は薄く、決定打に欠ける。

 元々する気も無かったが、向こうも敵意剥き出しで動いていると分かり、交渉の余地も無い。しかし、ユノアとしては、怪人の言う主とやらの所在は何とか突き止める必要があると感じていた。

 ならばどうするか?

 その答えは、つい先ほど判明した力を使ってみて導き出すしかない。

 ユノアは手にしていたカード、五つの炎が描かれているイラストに触れ、台座を出現させた。

 槍、ビルドアップ、硬化、ステルス、そよ風のカードがあり、ユノアはそよ風を引き抜くと、バインダーを出現させて収納し、手に持っている、スピリットと名付けたカードを装填そうてんする。

 台座にあるユノアのイラストが描かれたカード。その手足と顔の部分に、スピリットに描かれた五つの炎が重なる。

 それと同様に、ユノアの本体、その両手と両足、そして左目に、紅紫色こうししょくほむらが灯った。

 手足の焔は熱を感じるが、痛みを伴う程ではない。つま先からくるぶし辺りまで燃えているが、足元にある草に燃え移る事もない。

 目に関しては、一切視界を阻む事なく、むしろ初回使用時にルミルに指摘されなければ気付かなかった程に違和感がない。

 ビルドアップとは違った活力を一身に受け、ユノアは敵に向けて歩き出す。

 対する怪人は、更なる力を見せたユノアを目にして、嬉々としたように口角を釣り上げた。

 勝利の先の対価に目が眩んだのだ。

 今度は邪魔されないよう身を低くし、左右ジグザグな軌道を描いて、俊敏しゅんびんな動きでユノアに迫る。犬と言うより蛇を思わせる動きだ。

 狙いが付けられず、ルミルはブーメランによる援護を断念した。事前にユノアから敵には接近しないよう指示を受けているので、後は見守るしか他にない。

 怪人の間合いに入る。

 大きく振りかぶった体毛の犇めく腕、その先端に伸びる鋭利な爪を、脆弱ぜいじゃくな人間に向けて振り上げる。

 つもりだったが、怪人は腕を振るよりも先に、顔面に受けた硬い感触に息を呑み、後からやって来る痛みに困惑した。

 爪が振るわれる一瞬先に、ユノアは踏み込んで焔の灯る拳を繰り出したのだ。

 正確に、怪人の犬面に叩き込まれたその一撃は、ユノアの技術ではなく、カードの効果による結果だ。

 押し返された怪人は、焦燥に駆られた動きで、離れながら雑な回し蹴りを振るが、身を低くしてそれをかわすと、ユノアは流れるように前に踏み込み、怪人の腹に向けて前蹴りを放った。

 これも狙った所へ足が伸び、鋭い打撃が怪人を襲う。

 意外にも怪人は軽かったようで、勢いよく後方へと吹っ飛ばされた。

 数秒に満たない時間で、ユノアは自身の力を見せつけた。

 離れて見守っていたルミルは、その勇姿に感嘆と感激の嵐を抱く。

「……うまく動いてくれた」

 注意深く怪人を見据みすえながら、ユノアは浮つきそうな気持を抑えて、想定通り効果を発揮したスピリットのカードについて思い返す。

 飛行する船に取り付いていたキモケモがドロップしたこのカードの効果は、使用者の身体能力の向上に加え、身体をイメージ通りに動かせるようになる事だ。

 イメージ通りとは言うが、もちろん物理的に不可能な動きは出来ない。四肢の可動する範囲で、狙った場所に殴打を放ち、考えた通りに回避を行う程度である。

 自分で身体を動かすのではなく、強制的に身体を動かされているような感覚だ。

 これの便利な所は、反射的に出る漠然ばくぜんとしたイメージにもある程度は対応してくれる事で、戦闘などのまたたく間に状況が変化する場合でも、ユノア自身が反応する事が出来れば、思考して身体を動かすよりも早く、攻撃や回避などといった行動が出来る。視線を向けた場所に的確な姿勢の殴打が自動で振るわれ、ヤバいと感じれば勝手に回避運動に移る。

 ユノアはこれを、ゲームのプレイアブルキャラの操作の延長と思い、すぐに自身を操作する事に慣れた。

 初めて実戦で使うので緊張もあったが、ルミルと練習した甲斐かいもあり、理想的なカードの行使をする事が出来た。

 理由はまだ理解できないが、どうやら槍やブーメランよりもダメージが通っているようで、吹っ飛ばされた怪人はかなり苦しそうにしている。

 戦法の有用性を把握し、張りつめていた心が解けていく。

 次いで沸々ふつふつと苛立ちがこみ上げて、気持ちをなだめるべく大きな呼吸を繰り返す。

「もう一度聞くよ?アンタの主とやらは何処にいるの?」

 冷淡れいたんな声音で問い掛けるが、怪人は聞く耳を持たず、狂ったような動きで地を蹴り、ユノアに向けて突撃した。

 ひどく落胆した顔で嘆息たんそくするも、ユノアは気を引き締めて、怪人の動きを注視する。

 だが、集中した所で、武術等の心得の無いユノアは、あっ、これはヤバそう、と思ってカードに回避させてもらい、あっ、イケそう、と思った所へカードに攻撃をさせてもらうだけである。

 ゲームセンターにあるガンコントローラー付き回避システム有りのシューティングゲームをしている気分になりながら、鋭い爪を躱し、殴打を叩き込んで、怪人をボコボコに痛めつける。

 やがて、怪人の動きは大雑把なになる。横なぎに振るわれた腕は、カード無しでも躱せるような大振りだった。

 軽く体をかがめて悠々と避けると、大きな隙を見つけ、ユノアは記憶の中にあるゲームの知識を探し、適していそうなモーションを選出、鮮明なイメージを思い描いた。

 スピリットのカードは、それを忠実に演出する。

 強く握った拳を鋭く振り上げるアッパーを顎に繰り出し、仰け反った怪人のボディに肩をぶつけ、前に押し飛ばした所へ、足裏全体を使った横蹴りを叩き込む。

 猛烈な衝撃と共に、打撃ヵ所から火花が散って、怪人はまたも吹っ飛ばされる。

 爽快感を覚えそうな所だったが、ユノアはそれどころではなかった。

 殴った感触は、人の筋肉を殴るそれに近かったのに、なぜ火花が生じたのかが分からず、突然の現象に吃驚したのだ。

 そこでふと、別の疑問を抱いた。

 今しがた強打を打った時も、それまでにボコスカと殴ったり蹴ったりした時も、怪人を特別硬いとは感じなかった。

 戦闘の前に検証した所、スピリットの身体能力向上は、ビルドアップより僅かに劣る。ビルドアップと重ね掛けして効果は増しているが、それでも飛行する船の外壁を一撃で粉砕ふんさいする等の破壊力は出なかった。破壊力という点においては、槍の方が優れている。

 なのに現在戦っている怪人は、少なくとも、初めて闘い、その時に殴った恐竜ロボ程の頑強さは無く、槍やブーメランで傷つけられなかったのが不可解だとユノアは考える。

 恐竜ロボのように、この怪人もカードを使っているか?そんな風に考えていると、ヨロヨロと立ち上がった怪人が、その背中を向け、夜の闇へと逃げて行った。

 完全なる敗走だ。

 逃がさずに止めを刺したい気持ちだが、ユノアは冷静にこらえる。

「ルミル!」

 よく通る声で呼び付けると、待ちびたと言わんばかりに俊敏な動きでルミルが参上する。

「ここに」

「アイツを追うよ。まずは住処を見つける」

「はい!」

 怪人の行方は、ルミルがマップとレーダーのカードで今も把握できている。

 これを追っていけば、逃げた怪人が主という者の元へ案内してくれるという寸法だ。

 船のサーチライトの範囲から抜け出る事になり、夜の暗闇に視界を奪われるが、ユノアたちにはマップとレーダーがある。

 便利な事に、マップは暗闇の中でもあわく発光して、周囲の地形や敵の接近をハッキリと示してくれた。これがあれば、安心して夜間でも行動できる。

 更に、スピリットによる焔も、申し訳程度ではあるが、光源として機能してくれる。

 そして、敵の住処をマップにしるす事が出来れば、夜明けを待った後、堂々とカチコミを仕掛けられるだろう。

 攻め落とす気満々のユノアだが、ルミルが言ったように、敵の規模によっては船を放棄して逃げる事も視野に入る。その判断のボーダーラインについてだが、ユノアとルミルでかなりの差があったのはまた別の話だ。

 にもかくにも、まずは勢力を探る。

 余裕を持った心持で、ユノアはルミルを率いて、大自然の暗闇の中へと飛び込んでいく。

 焔の灯る目は前を強く見るが、実際に眼前に広がるのは、全貌ぜんぼうの分からない領域であった。

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