迷悟一如

 ユノアとルミルは急いで拠点である船に戻った。

 その後、ユノアの提案で二人は昼食を摂る。

 腹が減ってはなんとやら。探索による疲労もあり、身体はカロリーを欲していて、二人は黙々と食事を進めた。この時、ユノアは無性に食べ物を粗末にしたくないなという気持ちが強くなっていた。

「さてと」

 食器類を端にまとめて、ユノアはテーブルに地図を広げる。

 表示域が広がったマップを見て、ユノアは山の見えた辺りを指した。

「さっきの犬コロども、多分この山のあたりが住処すみかだと思う。いつも動物は考え無しに襲い掛かって来た感じだけど、アイツらは逃げた。予想だけど、アイツらにはまだ仲間がいる」

「群れ、ということですか?」

「だね。で、今度は半分確実な話、アイツらはまた人を襲う。多分次は、私たちを狙って来る」

 根拠は、さっき始末した野犬が人間を殺す意思を持っている旨の言葉を吐いていた事だ。

 山が野犬たちのテリトリーであれば、おそらく周辺の人間は殺し尽くされているだろう。

 そうだとすると、次の標的となるのは、野犬たちのテリトリーに侵入したユノアたちだ。

 もし群れを成しているのならば、次は大挙して自分たちを襲いに来る。そう考えたユノアは、迎撃の算段を整えるべく、ルミルにカードを全て出すよう指示した。

 ユノアが持っているカードと、ルミルが持っているカードがテーブルに並ぶ。

 ビルドアップ、硬化、ジャンプ、望遠、ブーメラン、振動、槍、地図、レーダー、ステルス、突風、そよ風。

 それと、効果が判明していないカードが2枚と、キラキラカードが1枚。サルのカードが6枚と野犬のカードが3枚だ。

 合計で24枚。並べてみるとそれなりに集まったと、ユノアはちょっとしたコレクターの駆け出し気分を覚えつつ、真剣な顔で効果不明の2枚を手に取った。 

「まずは、この2枚の使い道を……」

「すごいですね……」

 一瞬の間が生まれる。

 淡々と進行しようとしていたユノアを、剣呑な声色をしたルミルが妨げた形だ。

 その事実に気付くと、ルミルは慌てて取り繕う。

「す、すみませんユノア様!どうぞお願いします」

「あ、えっと、うん。大丈夫。ていうか、すごいガチトーンだったね」

 自分の話よりも、ルミルの様子に興味が移ってしまい、それを察したルミルが、その心境を素直に吐露とろする。

「こうして改めて目にしますと、ユノア様の持っている力を思い知らされた気がして」

 テーブルに落ちたルミルの視線を追って、ユノアは並べられたカードたちを眺める。

 目覚めた時に拾ったり、襲ってきた敵から奪ったりして集まったカード。

 明確な力であると信じ、当たり前のように使ってきたが、ユノアはこのカードが何なのか知らないし、そういった関心を持つ事も忘れていた。

 追い打ちを掛けるように、このカードの使い方を身体が覚えていた事実を思い出す。続けて台座やバインダーが出現する理屈にも不安に似た疑念を抱き、ユノアは背筋を引っ張られるような緊張を感じる。

「ねえルミル。このカード自体が何なのかは知ってる?どうしてこれを使うと力が使えるとか、どこで誰が作ったとか」

 焦燥感しょうそうかんを抑え込みながら、ユノアは努めて丁寧ていねいな口調で問い質す。

 しかし、半ば予想していた通り、ルミルは申し訳ないという顔になって首を横に振った。

「同じです。カードについても、使い方を知っているくらいしか……強いて言うなら、それは生きていく上で必要と感じる力、そういう認識があるくらいです」

「必要な力……」

 その言葉の響きに、ユノアは激しく同意だ、と思った。

 今まさに脅威として問題になっている野犬を含め、この世界では、カード無しに生きていける気が全くしない。

 この世界において、カードの力は生命線と言っても過言ではないだろう。

「このカードって、ホントにすごいね、今更あたりまえなんだけど」

 それをさも自分自身の一部として扱っていたと、自分を客観的に見たユノアは考え。なんとなく、調子に乗っていたと自分に呆れ、恥かしさに頬を染めた。

「そうですね。ですから、それをこれだけ持っているユノア様は、もっとすごいと言いますか、初対面の時の私に預けてくれたのも、とても驚きました」

 純粋な賛辞さんじのつもりでルミルは語るが、深く考えずに行動していた事実を突きつける、ユノアへの追い打ちになっていた。

 緊急時の判断だったとはいえ、浅はかな選択をしたのだと、ユノアは理解する。

「確かに……仮に、ホントに仮にだよ?ルミルが実は敵とかで、途中から裏切るとかだったら……」

 仮定の話である事を強調しつつ、最悪の展開を想像しようと試みる。

 そうして出た考えに、ユノアはまた自分に呆れた。

「まあ大変というか……」

「あ、なんとかしようとするんですね」

 言いよどむユノアの答えを、ルミルは苦笑いで当ててみせた。

「いや、具体的にはその都度の状況によるけど。最悪一人で逃げれば、ね?」

「ユノア様でしたら、私が裏切ったとしても、あのゴーレム共々なんとかしてしまいそうですが」

「いやいや、さすがにそこまでは無理だよ。あの時はホントに、ルミルがいてくれたから勝てた戦いだし、今だって……」

 ピタリと、ユノアは言葉を紡ぐのを止めた。

「……ユノア様?」

「あー、うーんと……」

 首を傾げるルミルに対し、ユノアは無意識に視線を逸らす。

 考えをまとめ、再び目を合わせると、その瞳に清らかさを感じ、ユノアは罪悪感と畏怖いふの入り混じった感覚に襲われる。

「ルミルは、あの犬コロどもの事をどう思う?」

「どう……?危険な動物だと思います」

「だよね。だから私は潰しておきたいんだけど……」

 気持ちを整えるように息を吐き、ユノアは面と向かい合って、ルミルに問うた。

「ルミル的には、アイツらをどうした方がいいかとか、考えはある?」

「私の、考えですか?」

「うん」

「そうですね、脅威を排除するユノア様の考えには賛成です。私も奴らは倒しておくべきかと思います」

「それじゃあ、私の意思っていうか……考えは無かった事にして、その上でこの状況で、どう動いた方がいいと思う?」

 一拍の間をおいて、ルミルは確認を取る。

「それは、現状に対する私の意見を出せという事ですか?」

「そう」

「でしたら、私はもう少し野犬たちの状況を探りたいですね。どの程度の数がどこに住み着いているのか。それによって、打って出るかここから逃げるかを検討して」

「なるほどね」

 堅実な意見だと、ユノアは感心したような顔になる。

 そんなユノアを見て、ルミルは慎重な様子で聞き返す。

「あの、ユノア様はどうして、私の意見を聞いたのですか?」

「え⁉そりゃ、一緒に行動してるから、ちゃんとルミルの意見も聞いとかないと……」

 思ってもなかった問い掛けに吃驚きっきょうし、ユノアは理由を明かした。

 だが、自分で言ってどこか誤魔化しているような感じがして、すぐにその気持ちを白状する。

「なんていうか、自分が調子に乗ってた事に気付いたら、その……ルミルをヤバい事にナチュラルに巻き込んでるのはどうなんだ?って気がしてきて」

「あっ、そうなんですか」

 ルミルはホッとしたように表情が緩んだ。

「先程も言いましたが、私はユノア様の考えに賛成ですし、お供する事に異存はありません」

「でも、ルミル的には乗り気じゃないんじゃないの?」

「確かに、危険であるのは間違いないと思いますし、もっと……正直に言いますと、無理に戦いに行きたいとは思いません」

「あー、やっぱり?」

「ですけど、あの……ユノア様は、仮に私が逃げる事を申し出ても、逃げませんよね?」

「うん」

 即答にルミルは頬を引きらせ、肩を落とした。

「ですよね」

「いやでも、それはそれとしてさ……やっぱりこう、ちゃんと話し合ったうえで決めた方がいいっていうか」

「今が正に、話し合いで方針を決めている所だと思うのですが」

「うっ……確かにそうでした」

 ルミルの指摘してきに、妙な食い下がりをしていたユノアは勢いを削がれて沈黙した。

 ユノアは戦うことを決めている。ルミルはそれに賛同している。話はそれで済んでいる。

「すみません、ユノア様は何に納得できないんですか?」

「納得できないっていうか……あーそうか、そうだね、うん、何かこう気が引ける感じがしてきたんだよね」

「それは、私が原因でしょうか?」

「うーん、ルミルがいるからではあると思うんだけど、なんかこう、ハッキリそういうんじゃなくてね。なんだろう、あんまり人と一緒に何かをやるっていうのが無かったからかな」

 腕組をして首をひねり、ユノアはウンウンとうめくように考え込む。

 確かに人付き合いは好きではないが、苦手という訳でもない。家族以外の他人と言うと、親友の顔が真っ先に浮かぶが、彼女に対しては気兼ねなく要望を押し付けられるし、大体の事を受け入れてくれる部分はルミルと近いかもしれない。

 一応、命懸けの戦になるからかとも思ったが、改めて並べた力を前に、同じような野犬が相手ならば負ける気はしないし、数が多ければそれ相応に知恵を働かせて対処すればいい。なによりルミルという味方いる以上、最初に戦った恐竜ロボみたいなのが出てきたとしても多分どうにかできる。

 ならば何が引っかかるのか?

 ルミルに何かを求めているのか?

 更に考え込むが、今のユノアでは具体的な、スッキリとした答えは出なかった。

「ダメだ、大概たいがいわからん。もうこの話はいいや」

 投げやりに言いながら、ユノアはテーブルに広げたカードを集める。

「よろしいのですか?」

「これ以上考えてもすぐに出なさそうだし、今は時間無いからね。追々おいおいよ追々。とにかくあの犬コロどもをどうするか。その為にまず現状の戦力をちゃんと把握する」

 言って、ユノアは持っていた効果不明の2枚のカードをルミルに見せる。

「見た所、炎をまとっているようですが」

「だよね。船の中でボヤを起こす訳にもいかないし、外に出ようか」

 カードを分け合って、二人はダイニングルームを後にする。

 キビキビとユノアは通路を進み、ルミルはそれに追従する。

「あの、ユノア様」

「何?ルミル」

 歩みを止めないまま振り向くユノアに、ルミルは好奇心からの問いを投げる。

「ユノア様は、ただ負けず嫌いだから、逃げようとしないんですか?それとも何か理屈があって負けるのが嫌いなのですか?」

「単純に勝負事で負けるのも嫌だけど、私の使う負けるっていうのは、やりたい事の邪魔をされて出来なくなるってニュアンスかな」

 自身の性分しょうぶんを口にし、怒りを思い出したユノアの表情が険しくなる。

「ゴーレムの時も、アイツを何とかしなきゃこの船が手に入らなかった。あの畜生ちくしょうどもを放っておいたら、人と会いたいのに会えなくなる。ていうか会えなかった。だからもう、アイツらは許しておけないの」

「やりたい事の為に、逃げたくないのですね」

「うん。何とかなりそうなら何とかしたい。それを手伝ってくれるの、正直すごく嬉しいよ」

 剣呑な表情のままだが、その言葉にはルミルへの感謝が強く込められている。

「私も、お役に立てるのは嬉しいです、ユノア様」

「ありがと」

 真っ直ぐついて来るルミルの頼もしさに、曖昧あいまいな不安は霧散むさんした。

 力はある。仲間もいる。恐れる事は無い。

 みなぎる自信に、ユノアは心身ともに熱くなった。

 それは燃え盛る炎そのもののようで、近付けば火傷をする。

 共に燃え上がる覚悟が無ければ、危ういだけの光であり、その大きさも、それ以上は増す事のない炎だった。

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