資源は貴重
張り切って突撃したユノアだが、ゴーレムとの距離を詰めていくにつれ、目つきの悪い面にジリジリとした熱気を感じていった。
まさか、と思う頃にはもう遅く、槍の射程ギリギリまで接近して理解した。
「熱っ、こいつメチャクチャ熱い!」
よく考えれば分かる事だった。マグマを人型に整えたような見た目もさる事ながら、身体の一部だけで鉄橋を爆砕して見せ、そもそも
明らかな炎属性感。肌を軽く
2m弱はあるゴーレムの巨躯、その胸から入り、背中を貫いて
人で言う心臓を狙った、一撃必殺にも見える、様子見の初撃。
これで決着が着けば良かったのだが、そんな甘くは無いだろうとユノアは半ば確信し、その考えは正しかった。
突き刺さる槍を物ともせず、ゴーレムは太い両腕を振るって、虚空から伸びる槍を叩き折った。
それと同時に、槍の刺突で床に落ちたゴーレムの破片が爆発した。
その規模は、切断したゴーレムの足が爆発した時よりも小さかったが、それでも窓ガラスくらいは軽く粉砕しそうな迫力を有している。
爆発の様子を、ゴーレムの巨体越しに確認すると、ユノアは更なる槍の攻撃を放つ。今度は肩や肘、膝を
槍の切っ先はゴーレムの体表を抉り、周囲に破片を飛び散らせた。
およそ2~3秒後、それらの破片は次々と膨張し、最後には爆発を起こした。
「うわー、メンドクサイな~」
敵を逃したゴーレムは、ムクりと上体を上げ、穿たれた胸や、抉られた身体の各部位を再生させていた。
「うん、マズイね、ルミル」
「そのようですね」
気軽に言うユノアの隣に、素早く位置取りしたルミルが恭しく答える。
「どうやらこのゴーレム、身体が破損するとその破片が爆発し、破損個所も瞬時に再生するようです」
「破片の爆発は単純に、破片の大きさによって威力が変わるっぽいね。さぁてルミルくん」
「はい……この場合は博士か先生と呼んだ方がよろしいでしょうか?ユノア様」
「ノリいいな!?嬉しすぎて逆に戸惑うわ……」
他愛のないやり取りの最中、二人の間に割って入るように、ゴーレムが迫って来た。
巨体の割に機敏な印象を受ける早さだったが、実際の早さはというと成人男性の平均的なソレであり、近付いて来れば熱気が伝わって来るので、避けるのは容易だった。
左右それぞれに分かれてゴーレムを躱した二人は、その背後を取る位置で再び合流し、今度は真面目に状況を整理する。
「呼び方は置いといて、私たちのちゃんとした武器って、何気に刃物しか無いのよね」
「えっ……あ、そうでしたか」
少し動揺したルミルの反応から、自身の持つカードについて教え忘れてた、とユノアは反省し、ちょっとだけ目を泳がせた後、話を続けた。
「それでまあ、私の槍は射程が限られてて、近付かないと届かない上に、そこまで行くとアイツの体温に焼かれる。焼かれた」
「近接戦は避けた方がいいですね。場合によっては破片の爆発に巻き込まれるでしょうし」
「マジそれ。その気になればバラバラに出来るかもだけど、足一本でアレだからな~」
言いながら、ユノアは粉砕されて傾いた鉄橋を
「絶対爆発に巻き込まれる。いや違う、呑み込まれる」
またも迫ってくるゴーレムから逃げながら、ユノアは強く断言した。
「もっと言うと、大爆発されてこれ以上船を壊されるのもね、ていうか、ここって何だろう?」
左右のブースターを繋ぐ鉄橋から落ちたエリアを、ユノアはようやく気にしだし、動き回りながら周辺を見渡した。
そこは、船の後方部分の大半を占めているような広大なスペースを有しており、約2メートル程の四角い無機質な輸送コンテナが多く並べられていた。
そんな情景に対し、ユノアが偏った知識を絞って答えを導き出す。
「物資の格納庫?」
正解を確かめるべく、ユノアはコンテナの一つに近寄る。
だが、間の悪い事にゴーレムも接近し、凶悪な熱量を宿した体当たりを仕掛けて来た。
難なく回避するユノアだったが、ゴーレムはそのままコンテナに激突し、その側面を融解させながら突き破った。
焦げ臭ささが鼻を突く中で、ユノアは慎重にゴーレムの背後に位置取り、穴の開いた側面からコンテナの中身を覗こうと試みた。
すると、鉄の焼ける独特な臭いの中に、魚が焼けたような香ばしい匂いが混ざった事に気付く。
まさか、と思い、ユノアは足早に移動して、ゴーレムが突っ込んだコンテナとは別のコンテナに近付き、手でも外せそうなロックを槍で破壊して、扉を開いた。
その中身は、今のユノアにとっては宝の山であり、文字通りの生命線。目を見開いて思わず叫んだ。
「ここ、食料庫じゃん!」
コンテナの中には、厨房を探索していた際に見つけたインスタント食品のパッケージデザインに似た段ボール箱が敷き詰められており、こちらはfishの文字と魚の切り身が表記されていた。
現在地が船の食料を貯蔵しているエリアだと分かると、ここで戦うのはマズイ、とユノアは焦燥に駆られる。ゴーレムに暴れ回られてコンテナが破壊されるのはもちろん、ゴーレムから発せられる熱で食料が傷む可能性もある。
「ルミル!悠長にしてられなくなった。早くコイツをここから追い出さないと」
声を張り上げると、離れて様子を見ていたルミルが戻って来る。
「外に出すという事ですか?」
「あ、いや。取り敢えずこの場所から離れればいいかな」
「それでしたら、アレが出て来た場所まで誘導するとか?」
ルミルが提案したのは、右側ブースターのエンジンと思われる機械があった場所だ。妥当な案だとユノアも頷いた。
「どうやってそこまで行くか問題だけど、取り敢えずその方向でいこう」
「はい」
作戦が決まり、ユノアとルミルは右側ブースターへ通じる鉄橋の下まで移動した。
これにより、ゴーレムがユノアたちを追って来れば、そのまま右側ブースターの場所まで逃げて誘導できる。問題は、どうやってゴーレムを上にある扉に来させるかだ。這い上がってくれればいいんだけど、と都合の良い願望を抱くユノアだったが、物事はそう上手くいかないようで、問題以前に前提から間違っていた。
大きく距離を離されたゴーレムは、ユノアたちを諦めたのか、それとも優先順位があったのか、左側のブースターへと移動を開始した。
「ちょっ、こっちは無視!?」
「そのようですね。すみません、見通しが甘かったです」
作戦の失敗に、ルミルがシュンと落ち込んでしまう。それを見て、ユノアは慌ててフォローする。
「き、気にしなくていいからルミル。とにかく、アイツを止めないと」
そう言いつつ、良い考えはないかとユノアはアタフタしながら頭を回した。
左側のブースターで戦うのは危険。しかしこの食料庫での長期戦は避けたい。
別の場所に誘導したくても、マップを見る限りでは、通路と思われるのは、鉄橋から続く左右の機関室らしきエリアと、食料が積まれたコンテナの向こう側に、船の前方へと伸びる通路があるだけだ。右は付いて来てくれず、左は行かせたくない。残る正面は、並び立つコンテナたちを横断する事になり、食料庫の被害が広がる事は確実だろう。
そこまで状況を整理すると、ユノアは残った方向について考える。
ここは飛行する船の後方部分。鉄橋の向こう側にある斜めになった壁、更にその向こう側は外だ。
そうした構造から、ユノアは閃き、ビルドアップと望遠のカードを交換して、遠い食料庫の壁、そこに有るであろう物を探した。
「……やっぱりあった、ルミル」
目当ての物を見つけると、ユノアはルミルの耳に顔を寄せ、指示を出した。
「……分かりました、行ってきます」
「うん、ゴーレムは私の方で足止めする、よろしくね、ルミル」
気持ちの高まった声を残して、ユノアは望遠とビルドアップを入れ替えて、再びゴーレムに向け突撃した。
数秒で射程に入ると、熱さに耐えながら、ユノアは槍を放った。
今度はゴーレムの身体に当たらないように狙い、槍が檻のように並んでゴーレムを閉じ込める。
大雑把な網目状の形で配置された槍がゴーレムの巨躯に引っ掛かり、その進行を止めた。
だが、それは束の間の妨害でしかない。
ゴーレムは豪快に腕を振るって、ドラミングのような動きで槍を次々とへし折り、またも身体を変異させて、背後にいたユノアと向き合う姿勢になる。
「手を出したら容赦しないって?上等よ」
相対しながら
だが、今ゴーレムをどうにかする必要は無いのだ。
ゴーレムの攻撃も肉弾技のみのようであり、その速度も脅威の域ではない。熱いのを我慢して槍で押さえつけながら立ち回れば、まず負ける事はない。
そうやって、堅実な攻略法を立てたユノアだったが、敵は決められたモーションしか設定されていないゲームのキャラではないのだ。
戦況が拮抗すれば、打開する手段を取る。
ボコボコッ、とゴーレムの身体から異音が発生し、ユノアは本能的に危機感を覚えた。
次の瞬間、ゴーレムの腹部が膨らみ、破裂すると共に、熱を帯びた拳が伸ばされた。
「うわっ!」
声を上げながら、ユノアはなんとか身体を反らしてゴーレムからの不意打ちパンチを回避する。しかし、直撃を避けても、伸びる拳も熱を帯びており、ユノアの肌を焼いて痛みを与えた。
倒れたユノアはそのまま転がってゴーレムから離れ、勢いで立ち上がると同時に後方へ飛び退く。
「何今の!?」
戸惑いの声を上げながら、ユノアはゴーレムを注視する。
突如放たれたゴーレムの拳が、引き戻される掃除機の電源コードのように腹部へと吸い込まれていた。
「……いや、ね。そりゃ普通の代謝機能というか、再生とかしてたから、そういうのが出来るのは分からなくないけどさぁ」
ネチネチとしたクレームまがいの悪態を吐きながら、ユノアは静かに横へ歩き出す。
ゴーレムに注意を払いながら、位置関係を調整しようとしていた。自身と船の後方にある壁の間に、ゴーレムが来るように。
そんなユノアの思惑など知る由もなく、ゴーレムはユノアの元へと足を進める。
ゴウンッ、と重い音が食料庫に響き渡り、ゴーレムは動きを止めた。
音に反応するのか、と思いつつ、ユノアは口角を吊り上げる。
その視線の先では、船の後部ハッチがゆっくりと開いていた。
「ユノア様!言っていた通りありました、ハッチの操作盤!」
大きな声をユノアに送っているルミルの傍には、壁に備えられた簡素な操作盤があり、矢印で扉の開放を表しているボタンが押しこまれていた。
ユノアは斜めになっていた壁を見て、飛行する船も輸送機のように後部にハッチが備えられていると考えたのだ。案の定、操作盤が設置されており、ルミルに操作を任せたのである。
各設備同様、分かり易いイラスト表記を読み解き、ルミルは後部ハッチの開放に成功した。
あとはここからゴーレムを叩き落とすだけ。
多少痛いのは我慢してやると、ユノアは腹を括り、駆け出した。
助走をつけながら、カードを入れ替える。地図のカードを抜いて、ジャンプのカードを装填し、ゴーレムに向けて跳躍。ユノアは両足を向けて飛び蹴りの姿勢を取った。
迎え撃とうと、ゴーレムは腕を上げる。だが、その時には既に、槍の射程に入っていた。
ゴーレムの腕は、交差する槍に押さえつけられて阻まれ、次いでその両足が、連続して伸ばされた槍に穿たれた。
ゴーレムの巨躯が、一瞬だけ宙に浮く。そこへ、ユノアのドロップキックが炸裂する。
助走にビルドアップとジャンプの恩恵が加わり、爆走した車両が激突した際の衝撃と同等の威力がゴーレムを蹴り飛ばした。
開放された後部ハッチに吸い込まれるようにゴーレムが飛んで行く。それを確認する事無く、ユノアは一目散にその場から離れようと動いた。
数瞬の後、遺されたゴーレムの両足が爆発し、爆風を背に受け、ユノアも吹っ飛ばされて、コンテナへと突っ込んだ。コンテナの側面に、人型の穴が出来た。
「ユノア様!」
爆発に巻き込まれたユノアを案じ、ルミルは悲鳴じみた声を上げて安否を確認しようと動く。
その瞬間、妙な破裂音を耳にし、足を止めて視線を移した。
「なっ!?」
視線の先には、巨躯から数本の腕を伸ばして後部ハッチの至る場所を掴み、吊るされるようにして追放を逃れたゴーレムがいた。
「このっ」
忌々しげに吐き捨て、ルミルは手に持っていたブーメランを
回転する刃は見事にゴーレムの腕の一本を切断したが、その間に他の腕が収縮し、ゴーレムは後部ハッチで這い上がるように戻って来た。その時には既に、槍で
何とか船から追い出そうと、ルミルは手を伸ばし、突風を発生させてゴーレムを吹き飛ばそうと試みる。しかし、ゴーレムは張り付くようにして風を
「そんな……」
作戦の失敗を悟り、ルミルは逃げるようにして、ユノアの元に向かった。
「ユノア様、ダメでした!ゴーレムは触手のように腕を伸ばして、ハッチに張り付いています」
「ウソでしょ!?」
少し乱れた髪をかき上げながら、ユノアが人型の穴から出てくる。
未だ船に居座るゴーレムを確認し、忌々し気に頭を掻いた。
「結構痛い目に会ったってのに、も~」
感覚としては、イケイケで攻略を進めていたゲームでゲームオーバーになり、かなり前のセーブポイントまで戻されたような、また頑張らないといけないのかという
そこへ追い打ちを掛けるように、ゴレームはボコボコと泡立つような胸部を突き出し、そこから幾本もの腕が射出された。
触手のように伸びる腕だが、射程に限界があるのか、そのままユノアたちの所までは届かなかった。
だが、勢いよく出された腕は手首から先が千切れ、煮え滾るような手が投げ出された。
不気味に飛んで来る手を見て、ユノアとルミルは一目散に逃げだした。
幸い距離もあり、千切れてからは慣性のみで動いているので速度は無いようなもの。ベタベタと捨てられたゴム手袋のように落ちると、後は当然、次々と爆発していった。
新たな攻撃法に味を占めたのか、ゴーレムはどっしりとした歩みで進行しながら、胸部から腕をユノアたちに向けて射出し、食料庫を地味に破壊して進む。
その惨状を、コンテナの影から眺めて、ユノアは嘆く。
「貴重な食料が……」
早くゴーレムを何とかしなければ、せっかく見つけた命の糧が焼き尽くされる。
「ユノア様……」
低い声でルミルが呼び掛ける。その声色から、不穏な気配を感じたユノアは、真剣な顔で向き合った。
「どうしたの?ルミル」
「あの……この船を諦めて、逃げる事は考えないのですか?」
「うん」
即答だった。
不安と後ろめたさを押し殺し、ルミルは重ねて問うた。
「どうしてですか?何か重大な理由があるとか……」
「……重大かどうかだと難しいかな。ここの食料とか、船の中の設備とかがかなり貴重ではあるけど、絶対命賭けなきゃいけない程でも無いつて言えば、無いかな」
「でしたら、逃げた方がいいのでは!?あの怪物を倒す手段はもう……」
「ああ、それならあるよ。考えた」
シレっとユノアが言うと、ルミルはポカンと口を開けたまま放心状態となった。
再びゴーレムの手が降り注ぎ、爆音が轟く。それでようやくルミルは我に返る。
「でもそんな、アイツは落としても船に張り付いてきて、船から出すだけでも難しい上に、倒す方法も分からない、もう手の打ちようが……」
「無いと思うなら考えて作るの。じゃなきゃ負けちゃうから」
それは、勝つ事のみを念頭に置いた揺るぎない言葉だった。
確信ではない。自信に満ちた瞳という訳でもない。その表情は、困難に対して闘志を燃やしている挑戦者の顔だ。
どうしてそんな顔になっているのか、不思議に思っているルミルに、ユノアはそっと耳打ちした。わざわざ耳に寄って伝えるのは、作戦とはコソコソ話で決めるという信条からである。
再び下された指示に、ルミルは目を見開く。
「……でも、そんな無茶な」
「お願いね、ルミル」
言いながら、ユノアは台座を出現させ、槍のカードを引き抜き、それをルミルに差し出した。
自身を解放してくれた人。手伝うべきと思い、敬って、
まだ出会って半時と経っていないが、その覇気、熱量、そして危うさに、ルミルは振り回され、今もまた、唐突に大任を与えられた。
少しばかり、ルミルは自身の容量の限界を感じたが、突き動かされるようにして、ユノアからカードを受け取った。
過去も記憶も素性も謎に包まれた少女が、きっと初めて、興味を抱いた瞬間であった。
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