ネーミングセンス

 危機的状況で見えた光明は、やはりと言うか、思った通り可愛い子だった、とユノアは少しだけ惚けてしまっていた。

「大丈夫ですか?」

 生真面目そうな声で心配され、ユノアはハッと我に返り、吹き荒れる風を潜り抜けるように這いずって女の子の隣まで移動する。

 そこまで来ると、強い風は当たらなくなった。どうやら突風は、女の子の手から発生したようだ。

 立ち上がると、ユノアは女の子の横顔をマジマジと見つめ、やっぱり可愛いい、とまたも思いながら、声を掛ける。

「えっと、ありがとう」

「いえ。見た感じ、コイツ等の方がヤバそうでしたので、空気を読んで動きました」

 丁寧な口調だが、言ってる事はややフランクに感じる。そんな所にも好感を持ちつつ、ユノアはキモモチの状況を確認する。

 女の子の手から放たれる強い向かい風は、キモモチたちの進行を大きく鈍らせている。

 しかし、完全に止める事は叶わなかった。

「コイツ等、しつこい!」

 吐き捨てるように言って、ユノアは先頭を進む数体を槍で串刺しにした。

 すると、息絶えたキモモチは槍が引っ込んだ直後に風に飛ばされ、その後ろから次のキモモチが進もうとしていた。

 しかしその進行速度は、向かい風によちかなり抑えられ、易々と槍の餌食えじきになり、また次のキモモチがやって来る。

「……あっ、勝ったわコレ」

 圧倒的な物量を前に劣勢を強いられていたユノアだが、その勢いが殺されたとなれば話は別だ。

 どれだけ束になろうと、近付かれる前に始末できれば、それはもはや何の脅威でもないのだ。

 だが懸念点けねんてんは残っている。それを確かめるべく、ユノアは女の子に問うた。

「ねえ。この風、いつまで出せる」

「どうなんでしょう。如何いかんせん初めて使いますから、なんとも……取り敢えず、私が出そうと思えばずっと出てるので、しばらくは大丈夫かと」

「そうなんだ」

 あまり悠長ゆうちょうにはしていられないという事だが、形勢が逆転したのは間違いない。

 なおも向かい風の中を進むキモモチを、ユノアは完全に余裕を取り戻した顔で確実に処理していく。

 そうして、キモモチの迎撃が然程集中力の要らない作業となった事で、ユノアはふとした疑問を投げる。

「アナタ、名前は?」

「名前、ですか。すみません、分からないです」

「あっ、えっと、ごめんね、なんか」

 申し訳なさそうに女の子が答えると、ユノアの方も気まずくなり、変に高いテンションで取り繕う。

 そんなユノアを見て、女の子は表情を柔らかくした。

「気にしないでください。何故あのような場所にいたのか、自分が何者なのかも私には分かりませんが、特に私も気にはなりませんでしたので」

「気にならなかった?」

「はい。目が覚めたら、何となくこの力を使える事も知っていて、大変そうだったから手伝おうと思っただけなので」

 小さな親切をするような調子で、名も無き女の子は語った。

 胆が据わっているのとは違う。そう納得するようにされている、設定されているような気配を感じ、自分とは違う、とユノアは戦慄せんりつした。

 ようやく出会えた、会話のできた相手が、こんな……、と胸に暗い感覚を抱くが、ユノアはすぐにそれを振り払った。

 窮地きゅうちに追い込まれた所を助けてくれたのは事実であり、得体の知れない部分があっても会話は成立している。分からない事はこれから解明していけばいい、とユノアは前向きに考えて、次の話題を考える。

 すると、今度は名も無き女の子の方から質問してきた。

「名前と言えばなのですが、アナタのお名前は、教えてもらえますか?」

 至極当然な問い掛けに、ユノアは思わず畏まった気持ちになった。

「あっ、はい。ユノア、たつ……あー、うん、ユノアでいい、うん」

 苗字まで言おうかと思ったが、なんとなく世界観にそぐわないし、ややこしいかもしれないと思って言わない事にした。今更名前程度で世界観がどうなる訳でも無いのだが。

「ユノア様、ですか」

「んんっ!?」

 生まれて初めての様付けに、ユノアは変に抑えた声を漏らした。

「えっと……私、今はこんな格好だけど、どっかの国の貴族とか、お金持ちとかではナイヨ?」

「そういうつもりではなくて。ユノア様が、私を解放してくれたので、私にとってはユノア様なのです」

「あー……、大体わかった」

 可愛らしい顔で曇りの無い瞳を向けてくる名も無き女の子に、ユノアは満更でもない顔で答えた。なるべく顔に出さないよう努めたのだが、様付けは普通に気に入ったのだ。

「そう言う事なら、解放した責任っていうか、アナタは私が面倒を見……イヤごめん、今バッチリ助けてもらってるばっかか」

 明るくなった顔が急にバツの悪そうな顔になり、言葉もちぐはぐになる。そんな落差の激しいユノアの様子を、名も無き女の子がキョトンと見つめる。

 その視線で更に気恥ずかしさを覚えるが、そんな気持ちに後押しされるように、つまりヤケクソ気味にユノアは切り出した。

「アナタの名前、私が付けていい?」

「いいんですか?それなら是非」

「ルミル」

「へ?」

「アナタの名前、ルミル、決定」

「……えーと、響きとか良いと思うのですが、即決でしたね」

「こういうの好きだし、慣れてるの」

「左様ですか」

 こうして、名も無き女の子はルミルと名付けられる。あまりにも淡々と決まったせいか、ルミルは少し困惑したような微笑を浮かべた。

 逆にユノアの方は、本当に本気でいい感じの名前だと満足し、その気持ちが顔に出ていた。

 それを見て、ルミルも少しずつ気分を良くし、神妙な面持ちで口ずさむ。

「ルミル……ルミル」

 優しく、それでいてしっかりと胸に刻むよう反芻はんすうし、ルミルはその名を受け入れた。

「よろしくお願いします。ユノア様」

「えっ、あ、こちらこそ。それでえーと、これからよろしくって事で、差し当たってなんだけど……」

 そう言って、ユノアは通路の方を改めて見る。

 一応、迎撃の為にチラチラと目を向けていたが、ちゃんと様子を見るとそれはもう凄惨せいさんな状況だった。

 無残に破壊されたキモモチの亡骸が積み上がり、壁と床が巨大生物の体内みたいに生々しい質感を放っている。

 そして幸か不幸か、キモモチからは生臭さや腐臭といった死の臭いは発生せず、ちょっとした焦げ臭さだけが漂っていた。

「コイツ等をね。まあ、ルミルが来てくれたお陰でどうにかなりそうなんだけど」

「掃除、大変そうですね。というか、何なんですか?この気持ち悪いのは」

 率直な疑問を投げられ、ユノアは説明する為にカードを入れ替える。

 ブーメランをバインダーに戻し、地図のカードを台座に差して、マップを空中に表示させた。そして、その一連の動作を、ルミルは顔色を変えずに黙って見ていた。

「私もあんまりよくは分かってなくて。とりあえず今、私たちがいる船、そのブースターみたいな場所から、コイツ等は出て来たんだけど……ん?」

 説明の途中で、ユノアは状況の変化に気付いた。

 キモモチを示している赤い点が、飛行する船の右側ブースター部に向かっているのだ。

 どうなっているのか、と自分たちの居る通路の付近も確認する。大量に押し寄せていた赤い点が、後ろの方から順番に離れて行っていた。

 視線を通路に戻すと、ルミルの発生させていた風に押し返されていたキモモチたちも、諦めたように方向転換し、追い風に乗って通路の曲がり角へと消えていく。

「乗り切った。けど……」

「なんだか、嫌な予感がしますね」

 手を降ろして風を止めたルミルと顔を合わせ、追いかけるべきだと合意する。

「けど、その前に」

 素早く動いて、ユノアは中枢部、ルミルが入っていたカプセルの部屋に戻り、ロッカーから着替え一式とタオルを持ち出した。

「濡れたままだと風邪引くかもだし、あんなのを相手にするんだから、申し訳程度でも肌は守らないと」

 そう言って、大急ぎでルミルの身体を拭き、病衣のような服を着せた。

「ありがとうございます、ユノア様」

「うん。それと、これ」

 ユノアは、ブーメランのカードをルミルに差し出した。

「きっとまだ戦うと思うから、武器を持ってた方がいい」

 だが、ルミルはすぐに受け取らず、キョトンとした顔で聞き返す。

「私から言うのも何ですが、いいんですか?会ったばかりなのに、こんな大事な物まで」

 カードの価値、力を理解している上での発言だと察し、ユノアは高揚感こうようかんを覚えた。ルミルは自身の事はよく分からなくても、この世界の知識を持っているようだからだ。

「一応もういっこ確認。あのカプセルに入る前の事とかの記憶っていうか、そういうのも分からない?」

「記憶……ですか」

 聞かれて、ルミルは逡巡するような顔を見せるが、すぐに申し訳なさそうな顔で答える。

「すみません。さっき目覚めた後以外は、何も覚えてなくて、完全な記憶喪失、というか目覚める前まで生きていたかどうかの自信も無いです」

「うーわお……」

 何故か知らない場所にいた、という点は同じだが、ユノアは自分がちょっとこじらせた女子高生である自覚があり、ルミルはユノアの手によって目覚めている。

 ルミルは今いる世界の人間なのか、自分と同じく、別の世界で何かしら起きた人間なのか。ルミルの方が普通で、自分の方が特殊なのか、分からない事が増えるばかりだ、とユノアは思ったが、今決めるべき選択のヒントにはなった。

「大体わかった……じゃあ、はいこれ」

 改めて差し出されたカードを前に、ルミルは一瞬硬直した。

「え?あの、ユノア様?」

「勢いって言うか、ナチュラルに受け入れてるけど、ルミルもルミルでかなり大変な状況でしょ。私も同じようなモノだから、とにかく今は一蓮托生いちれんたくしょう、さっきの化け物どもの処理から始まって、今後もあれこれルミルの力が必要になると思う。だからこれも必要な事。いいからまずは受け取って」

 強引に押し付けると、ルミルは戸惑いの表情でカードを受け取った。

「それじゃあ行くよ」

「あ、はい!」

 歩き出すユノアに従い、ルミルも後に続く。

 直後、ユノアは力強く踏み止まり、その背中にルミルがぶつかった。

「っと、すみません。どうかしましたか?ユノア様」

「うん、ごめん。私もノリと勢いで動いた。ルミル、カード持ってるよね?」

 振り返りながらユノアが尋ねると、ルミルは納得したような顔で、視線を移す。

 その目の先には、まだ何も無い虚空。次の瞬間には、浮き出すようにカードがアクリルスタンドのように刺さる台座が出現した。その際、ルミルは受け取ったブーメランのカード、そのイラストには触れていない。

「ちょ、ルミル今、どうやってコレ出したの?」

「へ?どうやってって、普通に……」

「普通!?」

 見っともなく驚きながら、ユノアは胸から何かしらを引き出すようなイメージを試みる。

 結果は無念にも、何も起こらないで終わった。

 コツでもあるのだろうと咳払いしながら気持ちを切り替え、ユノアはルミルの台座を確認する。

 それは、ユノアと同じく、ルミルを描いたようなカードがあり、その他にカード5枚分のくぼみがあり、すでに3枚のカードが装填されていた。

「他には?」

「多分これだけだと思います」

 言いながら、ルミルは手を動かしてバインダーを出現させる。それも知ってるんだ、とユノアは内心で突っ込んだ。

「はい。これで全部です」

「なるほどね。取り敢えず全部使って見てくれる?動きながら」

 イラストだけで効果を読み解くより手っ取り早いと思って要求し、ユノアは歩き出す。

 その隣を進みながら、ルミルは言われた通りカードの効果を発動させる。

「まず、さっき使った風ですね。強い突風を出せるようです」

 ルミルが手を前にかざし、その先から強風が発生した。横からユノアが手を伸ばし、その風力を確認しようとするが、少し近付けただけで微妙な痛みを伴う感触を覚えたので、止めた。

「普通に武器になるね。他のは?」

「そうですね、同じ風系なのですが……ちょっと失礼します」

 一度手を引いたルミルは、人差し指を伸ばし、ユノアに向ける。すると、ルミルの指先から、心地よいそよ風が発生した。ユノアはなんとなく、扇風機に顔を近づけた時の感触を彷彿ほうふつした。

「さっきよりだいぶ弱いね」

「はい、でもその代わりなのか、これは特に手を向けるとかする必要も無いみたいで、複数個所に設置する事も出来るようです」

 言いながら、ルミルは自身やユノアの周辺に、いくつかのそよ風を発生させた。

「うーん、使い方によっては便利なのかな?」

「まあ、ちょっとした空調にはなるかと」

 複雑そうな顔を浮かべるユノアに対し、ルミルも微妙に思っているような顔を向ける。

「さて、最後は何かな?」

「はい。こんな感じです」

 何事も無かったかのように話を進めた瞬間、ルミルはその姿を消した。

 何が起きたのかとユノアは息を呑み、目を瞬かせていると、その間にルミルが姿を現した。

「えーと……」

 ほんの数秒間の出来事を整理する。ルミルが消え、その直後にルミルが現れた、以上。

「よし。何が起きたのかな?」

 説明を要求するユノアだが、ルミルはほんの少しだけ困ったように眉を曲げた。

「すみません。自分ではあまり実感が無くて、実際に使ってみてもらった方が分かり易いと思います」

 そう言って、ルミルは台座を出現させ、そこから1枚のカードを引き抜き、ユノアに差し出した。

「ありがとう」

 礼を返しながら、ユノアは白い人型の枠が描かれたそのカードを受け取ると、自身の台座にあるビルドアップと交換した。

「感覚としては、前に向けてスキップする感じです」

 ルミルのアドバイスに従い、ユノアは前へ跳ぶイメージで踏み出した。

 すると、ユノアは足の力とは別の、背中で小さな爆発を噴かせたかのような衝撃に乗って、前方へと進んだ。

 そして、その姿をルミルは見る事が出来なかった。ユノアの姿が先程のルミル同様、消失したからだ。

「わっ、何これ、すご」

 すぐに姿を現したユノアは、もう一度効果を試し、同じように背中に圧力を感じて押し出されるように前進する。姿も消している。まるで背中にブースターを装着したような感覚だ、とユノアは思った。無論ユノアは、そんな稀有な体験をした事など無い。なんとなくの例えである。

 ふと、ユノアは別方向にも行けるのだろうかと思ってしまい、反復横跳びの要領で横向きのステップをイメージし、実践する。

 今度は身体の側面全体に圧を感じ、予想通り横向きへとユノアは跳んだ。

 ガンっ、と通路の壁衝突した間抜けな音が響く。絵面としては、何も無い所でいきなり壁がへこんだ様になっていた。

 後方に置いて行かれていたルミルが唖然あぜんとする。

「ユノア様っ!?大丈夫ですか!?」

 心配して駆け寄るルミルに、ユノアは恥ずかしさを隠すようにして、苦々しい微笑を向けた。

「うん、ちょっと痛かったくらい。大丈夫」

 無事を伝えながら、ユノアは白いカードをルミルに返した。

「つまりこれ、瞬間的に急加速みたいな事が出来るの?」

「それと同時に、姿を消す事も出来るみたいです」

「あーステルス、そう言う事ね。完全に回避系だコレ」

 ルミルの持っていたカードの効果をおおむねね把握し、ユノアは今後戦闘になると仮定して、戦術を相談する。

「ルミル、もしこの後、またあのキモモチどもを相手にする事になったら、後方支援的なの、頼めるかな?」

「はあ。後ろから突風とこのブーメランで援護する、という立ち回りですね」

「ザッツライ!物分かりが良くて助かる。でも危なくなったら回避に専念してね」

 嬉しそうな笑みでユノアが指示をする。それを受けて、ルミルは一瞬だけむずがゆそうな顔になった。

「承知しました」

「うん、それじゃあそろそろ……」

 歩調を早めながら、ユノアはマップを確認する。

 目的の場所である飛行する船の右側ブースターまで、あと少しだった。

「あれ?」

 いつの間にか、異変が起きていたのだと理解する。

 先程まで大量に湧いていた赤い点の群れが消えていたのだ。

 厳密に言えば、赤い点は減ってはいたが、全てが消えたわけではない。船の右側ブースターに、一つだけポツンと残っていた。

 刹那、進行方向から強い揺れが広がった。

 次いで、船全体が右側に傾き、それに伴う揺れで、ユノアとルミルは姿勢を崩した。

「な、何!?」

 狼狽ろうばいするユノアへ追い打ちを掛けるように、警報のような音が響く。

 絶え間なく鳴るその音が、船の危険を知らせているのだと直感が働き、ユノアは一気に駆け出し、ルミルもそれに続いた。

 やがて、目の前に隔壁扉が見え、近付くにつれ、それに文字が表示されているのが分かる。

 reactor《リアクター》とあり、動力室、機関室の類を示すその扉の前に立ち、自動で開いた途端に中へ飛び込むと、ユノアとルミルは揃って愕然とした。

 そこには、安全を考慮して施工された柵に覆われた、如何にもエンジンのような大きな機械があるのだが、その機械は中から何かが這い出たような爛れた穴が開き、熱気と焦げ臭さを漂わせていた。

「何かが、出て来た?」

「っ、ユノア様、あそこに!」

 ルミルが指を差して叫ぶ。

 視線を向けると、隔壁扉が強引にこじ開けられたように拉げていた。

 恐らくあの先に何かあるのだろうと、二人はそこへ向かう。

 微かに熱気が残る扉を通り抜けると、その先で、この騒動の元凶が歩いていた。

 形としては人型だったが、身体の所々に、先程のキモモチと同じような、カビの生えた団子のような部位があり、それらを繋げるように形成された体躯は、まるでマグマのようにグツグツと煮え滾り、燈色や黄色い火の光を放っていた。

「ユノア様。あれは先程の化け物どもの親玉か何かですか?」

「どうなんだろうね、と」 

 もう一度マップを確認すると、残っていた一つの赤い点が、前方向の鉄橋を進む怪物と一致していた。

 どうやら右側ブースターのエンジンらしき機械から抜け出したのはあの怪物で、キモモチどもが集まって一つに合体でもしたのだとユノアは想像する。

「よくは分からないけど、アイツどこに向かってるんだろう?」

 マップをスワイプし、怪物の進行方向を確認する。

 鉄橋を進んだ先は、左側のブースターのreactorエリア。つまり、3分の2基で船を飛行させているブースターの片方である。

「このまま行くとあの怪物、左側のブースターに行っちゃうね」

「はあ。ちなみにブースターというのは幾つあったんですか?」

「パッと見た感じ、3つかな」

「じゃあ、左側というのが、後ろのみたいに壊されたら……」

 ユノアとルミルは真顔で顔を合わせる。

「ヤバいね」

「ですよね」

「よーし先手必勝。ルミル、やっておしまい」

「承知しました」

 妙に高くなったテンションでやり取りし、ルミルはブーメランのカードを台座に装填し、その手に武器を構える。

 数歩踏み出し、しなやかなフォームでブーメランを投擲する。

 鋭い回転と共にブーメランは怪物に迫り、その右足を見事に切断した。

 怪物は、何事も無かったように、残った膝から上の部分を前へ出した。

 すると、切断されて欠損していた膝から下が膨れ上がるようにして再生し、安定した一歩を踏み出した。

 ええぇ~、とユノアとルミルは声に出して、理不尽に落胆したような顔を作る。

 そうしてテンションがダダ下がりになりながらも、怪物を追い掛けようと進んだ時だった。

 切断した怪物の足がプスプスと音を立て、膨張した直後に爆発した。

 その規模は残っていた足のサイズ感に反してかなり大きく、鉄橋をあっさりと粉砕し、その衝撃でユノアとルミル、そして怪物をも鉄橋から振り落とした。

 突然の事に反応が遅れ、ユノアは成す術もなく下のフロアに落下し、その床を派手にへこませた。

 続いてルミルは見事な着地を決め、少し離れた場所で、怪物も両足を着いて落ちて来た。

「大丈夫ですか!?ユノア様」

 ユノアの身を案じてルミルが近寄るが、硬化のカードのお陰で、落下のダメージはわずかだ。ユノアは大丈夫、と軽い調子で返しつつ、険しい視線を怪物に向けた。

 グチュ、ブチッと音を鳴らし、怪物の身体が変異していく。

 関節と思われる部位が反転し、踵と思われる部分がつま先を形作るように伸びた。

 まるで振り返る事なく、身体の構造を変える事で後方を向くような様子に、ユノアは顔をしかめて戦慄し、いよいよもって化け物だな、と嘆息した。

「ルミル」

「はい、ユノア様」

 ブーメランのカードを差し直し、その手に武器を取り戻したルミルが応答する。

 持ち手部分を逆手持ちで保持して構えるルミルの姿に胸を熱くしつつ、ユノアは提案する。

「コイツ、出て来た場所的に、リアクター・ゴーレムって呼ぼうと思うんだけど」

 ほんの数秒、沈黙が訪れた。

「いいと思いますが、今は略称としてゴーレムだけでどうでしょうか?」

「うん、同感。それじゃあまず私が前に出て様子を見るから、ルミルも後ろから観察して。マジでヤバそうになった時以外は手を出さないで」

「下手に攻撃すると、また爆発するかもしれません」

「そう言う事。何か気付いたり、ちょっとでも気になる事があったら教えてね」

「はい!」

「それじゃあ……」 

 怪物改め、リアクター・ゴーレム、略してゴーレムを見据えて、ユノアは床を蹴った。

 異界での戦いを何度か切り抜けたJKのその顔は、ついに味方を得た事により意気揚々とし、戦意が満ち満ちていた。

 

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