パニックパニック か~ら~の~

 マップを頼りに進む中で、ユノアはある間違いに気付いた。レーダーのカードを手に入れた事でマップ上に表示されるようになった赤い点についてだ。

 最初に見た時は、赤い点の場所まで行くと、イベント的な何かが発生し、何かしらの進展があるのだとユノアは思っていたが、新たに現れた複数の点々を見て考えが変わった。

 ゲーム的に言うとキャラクターだったりユニットだったりといった、自発的に行動する事が出来る存在を表示している。それを裏付けるように、マップに出現していた複数の赤い点が、移動を開始していた。

 船のブースターから発生していた赤点は、次第に数を増して、少しずつ、船の中枢部に向かって侵入している。それも中枢部から右部ブースターに向かうユノアとは、真っ向から対面するルートだ。

 そこまで理解して、ユノアは渋面を浮かべる。根拠は無いが、とっても嫌な予感がするからだ。

 歩調を緩め、宙に浮かべたマップをスマホをいじる要領で操作し、自身の進行方向を拡大する。 

 目の前に見える曲がり角の先で、赤い点が4つ、通路を進行していた。

「実は乗組員が居て、修理にでも行ってたとかだったらいいんだけど……」

 半ば諦念した口調で希望を述べるも、徐々に近づいてくる足音が、人間にしてはやたら歪である事に気付き、ユノアは嘆息する。4人いるにしても、足音のリズムが早過ぎるのだ。とても2本足で歩いているとは思えない。

「ガタガタガチャガタと……せめて虫系じゃありませんように」

 不穏な足音を適当な擬音に置き換え、ユノアは足を止め、曲がり角を注視する。

「あっ、でもどっちみち殺すんなら、動物系もイヤかも」

 無慈悲な発想に一瞬だけ気が抜ける。

 その直後、通路の角から赤い点の正体が現れた。

「うわぁぁ、こんなんばっか……」

 嫌悪感ダダ漏れの声が出る。

 それはまるで、カビの生えた団子の山に節足が4本生えたような形態をしていて、所々にモチモチとした弾力感のある触手みたいな部位が蠢いていた。 

 見るからにドラゴンと戦っていたキモケモの眷属的な生物とユノアは断定し、暫定的にキモモチ、と識別する事にした。

 キモモチは真っ直ぐ通路を這い、ユノアとの距離を詰める。

 そして、先頭の一体が飛び上がり、ユノアに迫った。

 次の瞬間には、キモモチの身体を虚空から伸びた槍が貫き、キモモチは息絶えて足や触手をダラリと降ろした。

 続けて2体のキモモチも飛びかかって来るが、これも槍によって始末する。

 最後の1体は飛び上がる前に仕留めようと槍を出現させるが、最後のキモモチはこれをかわした。

 舌打ちしたユノアは、連続で槍を放ってキモモチを狙うが、キモモチは機敏に動いて槍をくぐり、ユノアへと肉迫する。

 そうして間合いに入った事で、キモモチは迎撃を受けた。手に控えていたブーメランのカードをビルドアップと入れ替えて、ユノアは武器を手に持ち、それを振るったのだ。

 キモモチの屍から、プスプスと小さく弾ける音が聞こえ、微かな焦げ臭さが鼻を突く。

「取り敢えず、新しい赤点は敵って事ね」

 深々と溜め息を吐き、また戦闘か、とうんざりする。

 だが、悲嘆に暮れてもどうにもならないと思うので、ユノアはさっさと片を付けてしまおうと、マップを確認する。

「結構な数がいたよね。まあこの程度なら各個撃破できるか」

 余裕そうに言うが、マップの表示を目にして、ユノアは顔を引き攣らせる。

 散り散りになっていた赤い点が、群れを成してユノアの居る通路に向かって来ていたのだ。

「これ、まさか……」

 先程よりも多くの足音が、通路の角から響いて来る。

 嫌な汗を流しながら、ユノアはジリジリと後退する準備をした。

 ふと、ユノアはこの状況を客観的に分析し、小さい虫をチマチマと潰していくのと、群れに襲われるのとで比較して考えてみた。

「うんまあ、この方が盛り上がるだろうけどさ……」

 言うと、通路の角からゾロゾロとキモモチの群れが出て来た。

 何十匹か分からない物量にユノアは震え上がり、槍の最大射程に入った瞬間に、攻撃を開始した。 

 通路が破壊される事など考えている余裕は無かった。手当たり次第に槍を放ち、キモモチを貫いて行く。

 しかし、キモモチの数は槍の手数を上回り、攻撃をすり抜けた個体が着実にユノアとの距離を縮めていた。

「イヤ、これは無理!」

 倒しきれないと判断し、ユノアは撤退を選んだ。

 ブーメランを投擲して先頭集団を薙ぎ払うと同時に後方へ駆け出し、即座に手に持っていたビルドアップと台座のブーメランのカードを入れ替えた。

 身体能力を強化し、その脚力を存分に活かす事で、キモモチの群れから一定の距離を保つ事が出来た。ビルドアップが無ければどうなっていたかと、ユノアは密かにゾッとした。

 それから、ユノアは逃げながらも、槍を使ってキモモチを攻撃するが、後から別の個体が追いかけて来るので、このまま逃げ続けていては、いずれ追い詰められる。というか、通路は所々自動ドアが閉じているので、開くのを待つ度に止まり、急いで扉を通り抜けるので、気を抜けば冗談抜きでお終いだ。

 対抗策を練る暇もない。なんとか態勢を立て直さなければと、ユノアは視線を巡らせ、前方、少し狭くなった構造の通路を目にする。

 確かあの辺りには、緊急時に押した方が良さそうなボタンがあったはず、とユノアは半分勝ちを確信した賭けに出る。

 だがその前に、消火器っぽい缶が目に入り、通り過ぎたタイミングで槍を使い、穴をあけた。缶から白い粉が一気に吹き出し、キモモチたちに吹きかかる。少し怯んでいたようで、効果はあったようだ。

 その後、ちょっとした段差を飛び越え、ユノアは横の壁に設置された透明なカバーに覆われたボタンを確認すると、迷わず手を伸ばし、カバーを割ってボタンを押した。

 電気信号が走り、通路を区切る部位から隔壁が降りて、ユノアとキモモチを完全に隔てる。

 ガコンガコンボコンと、隔壁が僅かに盛り上がる。壁の向こうで、キモモチどもが体当たりを決めているのだ。

 長くは持たないだろうと思いつつも、考える時間を作る事が出来たと安堵する。

「さて、ぶっちゃけ今どんな感じ?」

 船の中枢部、カプセルのある部屋まで戻りながら、ユノアは再びマップを見て、状況を確認する。

 今しがた大挙してきたキモモチは、前方の集団が未だ隔壁の前で突破を試みているようだが、その後方にいた集団は、来た道を戻って散開し、別ルートから船の中枢部へと向かっているようだ。

「狙いは私か、それとも……」

 険しい顔をして、ユノアはカプセルのある、船の中枢部に戻った。

 ガランガランと室内に音が響く。戻る道中で目に付いた缶を手当たり次第に持ってきていたのだ。側面に表記されたイラスト説明から、やはり消火器だった。これを使ってキモモチの動きを鈍らせられれば、ほんの少しばかりは優位になる、とユノアは考えていた。

 とにかく、今は対抗手段を一つでも多く準備しなくてはならない。

 鋭い視線をカプセルの中の女の子に注ぎつつ、ユノアは躊躇いの無い動きで、カプセルの制御盤にあるボタンを乱暴に押した。

 ビー、と起動音が鳴り、カプセル内の液体がゆっくり排水されていく。

 思い切った決断の理由は単純だ。キモモチの撃退を、この女の子にも手伝ってもらう為である。

 こんなワケありげな状態でいるのだから、何かしらの特殊能力を期待してしまうし、最低限、自分と同じくカードを使う事は出来るだろうとユノアは考えた。話が通じて共闘が出来るなら、自分のカードを貸し与えれば、戦力の足しにはなる、と。

 マップを一瞥し、ブースターのある方向から、あらゆるルートを通って赤い点、キモモチが中枢部まで近づいて来ている。

 排水の勢いを見るに、終わるまでまだ時間が掛かりそうだった。もっとも、排水が終わっても女の子が目を覚まさなければ、ユノアの計画は破綻する。

 まだかまだかとユノアは焦燥に駆られ、他に何か役に立ちそうな物はないかと、中枢部の中を探索する。しかし、カプセル以外にあるのはロッカーのみ。

開けてみれば、そこにあるのはタオルと病衣のような服が一式。

「服あんじゃん」

 恐らくカプセルの中の女の子用だろうと察し、忌々しげにユノアは突っ込んだ。

 いっそカプセルに穴をあけて排水を後押しするかとも考えたが、余計な事をして状況を悪化させるのも怖いと踏み止まった。

 そうこうしている内に、キモモチの軍団は中枢部へと続く一本道に差し掛かっていた。

「間に合わないな、これ」

 猫の手でも借りたい状況なのだが、唯一の人手も眠ったまま。

 こうなってしまっては、自分一人でなんとかするしかない。ユノアは腹を括り、控えていたブーメランのカードを触って台座を出現させた。

 防衛戦になる為、攻撃手段は多く欲しい。悩んだ末に、地図のカードとブーメランのカードを入れ替える。

 すると、傍らで表示されていたマップは消失し、迫り来る赤い点だけが残された。どうやらマップが見れなくなってもレーダーのカードは効果を発動し続けるようだ。

 多勢に無勢の状況、敵の位置が把握できるのは助かると、ユノアは沈みかけていた気持ちを湧き立たせた。

 次いで、地図のカードは一旦バインダーに収納し、台座を出現させる用として、効果が分からない燈色のカードを取り出す。

 準備は完了した。

 ユノアは横倒しにした複数の消火器を蹴り転がしながら中枢部から通路に出て、キモモチを待ち構える。

 まだ敵影は見えない。けれどレーダーには、赤い点が着々と近づいていた。

 少し緊張を抱きながらも、気持ちを和らげるべく、ユノアは独り言を呟く。

「銃とか欲しいなぁ。アサルト、もしくはガトとか、派手な連射系がいいかな」

 残念ながら、手に持つのはブーメラン。

 ゲットしてから重宝しまくりな槍も、射程距離は約3mほどしかない。

 物量を武器にする敵を相手取るには、中近距離の攻撃手段しかないのは辛い所だ。 ブーメランは投擲してカードを差し直す事でリロード出来るとはいえ、もしも間に合わず、槍も避けられて接近されれば、あとは素手であのキモモチを潰さなければならない。そんな最悪な事態にはなりませんようにとユノアは強く祈った。

 レーダーを注視し、赤点との距離感を測る。

 そこで、ユノアは違和感を覚えた。

 レーダーに映る赤い点は、もうすぐそこまで来ている。

 なのに、通路の先にはキモモチの姿は見えないのだ。

 何かおかしい。そう思うと、こんなシチュエーションであり得そうな展開を、これまで培ってきたフィクションの思い出から掘り起こす。

 一本道の通路。見えない敵。特殊な施設の中。

 そこまで条件を整理した所で、ユノアは答えを導き出した。

「上っ!?」

 一気に心臓が跳ね上がり、ユノアは床を蹴って前進し、迫り来る赤い点へと向かう。そうして距離を詰めると、ユノアは通路の天井にへ、槍での乱れ突きを繰り出した。

 天井が粉々に崩れ落ちると共に、キモモチの残骸もボトボトと落ちて来た。

「ダクトでも繋がってたの!?ああもう、もっと構造調べとくんだった」

 悪態を吐きながら、ユノアは後退する。

 それを追い掛けるように、穴が開いた天井から後続のキモモチが現れた。

 幸いな事に、数は先程よりも少ない。けれど、相手にしたくないと思うくらいは多かった。

 1ウェーブ目だが出し惜しみしない。ユノアは消火器の一つを投げて、キモモチの先頭集団にぶつかるのと同時に、ブーメランを投擲した。

 消火器は切断され、中に敷き詰められた粉末が飛散し、キモモチを包み込む。

 狙い通り、キモモチは動きを鈍らせた。

 間髪入れず、ユノアは燈色のカードを触って台座を出現させ、ブーメランのカードを抜き、差し直す。

 そうして手元にブーメランを呼び戻し、キモモチ目がけて投擲とうてきした。

 回転するⅤ字の刃がキモモチの身体を切り裂き、一度に複数体が斬殺される。

 その後、ブーメランはUターンする軌道を取るが、然程広くはない通路の壁にぶつかり、あえなく落下した。

 想定通りの事態。ユノアは再度台座からブーメランのカードを抜き差しし、その手に武器を取り戻す。

「さてと……このパターンで何とかなればいいけど」

 億劫おっくうそうな声で言うと、その瞳に、通路の曲がり角から押し寄せるキモモチの群れが映る。

「はあ、もう……面白くない」

 苦言と共にブーメランを投擲。

 複数のキモモチが蹂躙じゅうりんされるが、その屍を乗り越えて、後続のキモモチが進撃する。

 カードを差し直し、投擲。繰り返すことで、確実にキモモチを撃破するが、その数が減っている気配が無い。

「ああもうっ」

 ヒステリックな声と共に、二つ目の消火器を力任せに投げつける。

 グシャリとキモモチを潰した所に、ブーメランが直撃し、その中身を撒き散らす。

 しかし、怯んだ先頭集団を踏み台にして、後続のキモモチたちが乗り越えて来た。

 その勢いに気圧され、ユノアは焦って消火器を連投する。

 悉くをブーメランにより破壊し、キモモチたちを妨害しようとするが、怯んだ集団の後ろから、別の集団が湧いて出てくる。

 そしてついに、先頭の集団が槍の射程に達してしまった。

「ちいっ」

 苛立ちと嫌悪感を含んだ舌打ちと共に、ユノアは槍を放ち、キモモチたちを串刺しにする。

 こうなってしまうと、槍が邪魔になってしまい、ブーメランの威力を殺してしまう。

 ブーメランを手持ち武器と割り切り、ユノアは確実にキモモチどもを槍で処理しようと全力で集中する。

 まるで難易度の高い音ゲーのようだった。奥から来るノーツを叩いてスコアを出す。ユノアもそれなりに嗜んでいて好きな分野だが、こうもグロテスクなノーツをリズムも無しに処理していても全くノッてこない。 

 そのくせ、本気でノーミスを狙わないと酷い目に遭う。緊張感は半端ではなかった。

 会敵時と同様に、通路がボコボコと歪み、キモモチの屍が小さな山を築いていく。

そんな悪路にも関わらず、キモモチどもは中枢部に向けて進み、その物量は徐々に増していくばかりだった。

 やっぱり無理だ。そう思ったユノアだったが、一歩ずつ後退しつつも、逃げようとは考えなかった。

 なんとなく、負けイベントな気がしないのだ。

 根拠としては、レーダーに大量の映る赤い点が、確実に減って、増えている様子がないからだ。

 無限湧きでなければ、終わりは必ず訪れる。勝ち目はあるのだ。

 勝負になっているのならば逃げたくはない。それに、ここで一時的にでも撤退すれば、カプセルにいた女の子もどうなるか分からない。

 だが、このまま敵を抑え続けていても、いずれユノアの方が限界に達し、瓦解がかいする。

 打開策を考えようとするが、キモモチの迎撃に集中していて、それ所ではなかった。

 悔しさで顔を険しくするユノア。

 やがて、その守りに亀裂が走り、敵はその隙間を潜り抜けた。

 一体のキモモチがユノアに飛び掛かる。

 手にしたブーメランを振るって薙ぎ払うが、続けてもう一体が飛び掛かり、ユノアは腕を出して受け止める。

「熱っ!」

 左腕に取り付いたキモモチは、見た目からは想像がつかなかった高熱を発し、ユノアの皮膚を熱しようとしていた。

 ユノアは慌ててブーメランを手放し、取り付いたキモモチを引き剥がすと、前方へ投げ飛ばした。

 そうして、槍の攻撃が止んだ。

 それは、ユノアに取って致命的な間隙かんげきだった。

 津波のように、キモモチの軍勢が眼前に迫る。

 咄嗟とっさに後方へ飛び退いて、同時に槍を連射するが、圧倒的な数を全て止める事は出来ない。

 撃ち漏らしたキモモチが、一気にユノアに迫った。

「伏せて!」

 背中の方からの声が聞こえた。

 意味を考えるより先に、ユノアは思いきり後ろへジャンプし、中枢部の方向へ頭を向けて倒れ伏した。

 直後、ユノアの頭上を突風が吹き抜ける。

 ブオォォォ、と通路に騒音を響かせる程の風力だ。飛び掛かっていたキモモチたちは、それを真正面から受けて、たちまち小さな身体を吹き飛ばされる。

 何が起きたの、とユノアは顔を上げる。

 するとそこには、濡れた髪を首筋に張り付け、しっとりとした肢体を晒したまま右手を前に伸ばす、カプセルの中にいた女の子が立っていた。

 それは未知の世界、謎の飛行する船の中、強風が吹きすさぶ通路のど真ん中での、初めての人間との邂逅かいこうであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る