最後にモノをいうは火力

 バーン、ドカン、バキン、ベキッ、と食料庫は荒々しい破壊の音によるコンサートが開催され、コンテナの破片という破片がそこかしこに散らばった。

 好き放題に手を射出していたゴーレムだったが、やはり無限ではないらしく、プスリ、と呑気な白煙を最後に、手は打ち止めになった。

 心なしか、その体躯も縮んだように見え、好機と見たユノアがコンテナの影から飛び出した。

 その手には、コンテナの扉を槍で砕いて雑に切り出した鉄板を持っており、ユノアはこれを新たなメインウェポンとして、ゴーレムに接近する。

「出来ればこれで最終ラウンドにさせてよね!」

 軽快に言い放つと、ユノアは鉄板をゴーレムに投げ付ける。

 平面部分がゴーレムに当たり、張り付くと、ユノアは鉄板目掛けて蹴りを叩き込んだ。

 これならば殴打による攻撃を与えられ、破片も散らばらないだろうと取った戦法だ。だが、ユノアは苦悶の表情を浮かべて、すぐに足を引き戻し、ゴーレムとの距離を取る。

「やっぱ熱っ。もー、水魔法とか冷凍ビームとかないの!?」

 高熱を冷やしてしまえれば手っ取り早いだろうにと考えるが、生憎あいにくと手札に水系も氷系も握られていない。

 限られた戦力の中、未だ効果を解明できていない2枚のカードを頭に浮かべる。

 恐竜ロボからドロップした全身に炎を纏ったようなイラストのカードと、キモケモがドロップした、手足に炎を宿したようなイラストのカード。

 ぶっつけ本番は嫌いではないが、このグツグツのゴーレム相手に、炎系の攻撃が有効とは思えないので、ユノアは2枚のカードを一旦忘れる事にした。

 もう一枚、ユノアの元には謎のキラキラカードが存在する。だが、これも今使うカードではない。そう、ユノアの直感が告げていた。

 根拠のない自身の直感に、ユノアは少しだけ狼狽ろうばいしたが、目の前の敵に集中するべきだと、これも気にしないよう努める。

 ゴーレムが鉄板を引きがし、ユノアに襲い掛かる。

 それを避けながら、ユノアはゴーレムが引き剥がした鉄板を見る。

 湯気を立てて、表面がただれてきているが、まだ鉄板としては機能しそうだ。

 それを確認すると、ユノアの中で勝利の道が定められる。

 あとは、ルミルの準備を待つばかりだ。

 無視されない距離を保ち、時折近くに落ちているコンテナの破片を蹴飛ばして、ゴーレムに嫌がらせをする。嫌がる感情があるかどうかは不明だが。

 そうして長々と拮抗状態を演出しながら、ユノアは解放された後部ハッチの方へとゴーレムを誘導する。

 ジリジリとハッチまでの距離を縮め、上手くいっているとユノアは強気になるが、ある所まで行くと、ゴーレムはハッチに近づいている事に気付いたように、後退を選択するようになった。

「ちっ、学習するとか、ちょこざいな」

 舌打ち混じりに文句を吐き、ユノアは戻ろうとするゴーレムに立ちはだかる。そうする事で、ゴーレムはまたユノアを標的として襲い掛かる。

 そうして、少しでもハッチに近づけようと立ち回るユノアだが、ゴーレムは一定の距離より先へは決して踏み入らなかった。

 ふと、気が付けばゴーレムの体躯が会敵時の状態と同じくらいに盛り上がっていた。

 どうやらスタミナ的なものを回復したようで、それが何を意味するかを考えると、ユノアは顔をひきつらせた。

 胸部がボコボコと煮え滾り、同時に3本の腕が、ユノアに向けて伸ばされる。

 間合い、射出速度共に、ゴーレムの手はユノアを捉えている、更に今、ユノアはビルドアップのカードを使っていない。足の動きだけでは回避不能の攻撃だ。

 迫る三つの熱量を前に、ユノアは表情を引き締め、その場から姿を消した。

 ゴーレムの手は空を切り、胸部へと引き戻される。

 どこへいったのか?と困惑しているような挙動を取るゴーレムに、ユノアはました笑い声を浴びせる。

「ふっ、残像……ではないけど、外れよ」

 先ほどまで立っていた場所から少し横にズレた場所で、ユノアは誇らしげに胸を張り、無駄に口元に手を添えて佇んでいた。

 ルミルから借り受けたステルスのカードの力だ。

 姿を見えなくすると同時に、瞬間的な推力を経て一方向に移動する。

 これを、ビルドアップのカードの代わりとして、ユノアは機動力を落とさず、ゴーレムの相手を続ける。

 ゴーレムが連続で胸部から手を射出し、ユノアがステルスのカードと軽快なステップを織り交ぜて回避する。ステルスのカードだけに頼らないのは、使っているうちに、ちょっと酔いそうな感覚を覚えたため、乱用しては危険だという判断からだ。一方向だけに加速するならばまだしも、回避のために前後左右に動くので、そこそこ三半規管に悪いようである。

 すると、ハッチの反対側、食料庫の奥から、バキン、ベキッ、と金属が奏でる衝撃音が聞こえた。

 いよいよルミルの準備が整う、とユノアは作戦を第二段階に移行する。

 バッ、と駆け出し、ユノアはコンテナ群を背に位置取りする。  

 当然、ゴーレムはユノアを追いかけるので、守ろうとしている食料庫に近づけさせてしまう状況だ。

 だが、こればかりは仕方がない。

 コンテナに近づけさせなければ、コンテナを使用した作戦の遂行が難しくなるからだ。

「いきます、ユノア様!」

 声を張り上げて合図を送ると、ルミルは槍ともう一枚、ユノアから託されたビルドアップの効果を活かし、中身を運び出して空になったコンテナの一つを持ち上げようとする。

 何とか片端は持ち上がるが、引きずって運んでいては時間が掛かり過ぎる。

 ルミルは更に腕に力をめ、勢いをつけてコンテナを押し上げる。そうして手から離れた瞬間、突風を起こしてコンテナを更に押し上げる。

 派手な衝突音を立てながら、コンテナはひっくり返り、一個分の距離を移動した。

 ルミルはこれを繰り返し、コンテナをユノアの元まで運んでいく。

 強引で乱暴な方法であり、ひっくり返す度にコンテナはへこみ、ひしゃげていく。  だが、それは大した問題では無い。容器としての機能さえ残ればいいのだ。

 やがて、コンテナは扉部分を向けてユノアの後ろまで運ばれた。

「ルミル!」

「はい!」

 呼びかけに応え、ルミルは自身の台座から槍のカードを引き抜き、ユノアに投げた。

 飛んで来たカードを見事にキャッチすると、そのままイラストに触れて台座を出現させ、スタイリッシュな挿入を決める。

 これでユノアの台座には、ジャンプ、硬化、ステルス、槍のカードがイラストを重ねられた。

 本当は、ビルドアップのカードも欲しい所だが、それまで自分が使うと、ルミルの負担が増えてしまう。今ある手札だけで勝ってみせる、と決意を強くし、ユノアは運ばれてきたコンテナの扉を開いて、中へ入った。

 それを見届けると、ルミルはコンテナの反対側まで回り込み、両手を着いてコンテナを力いっぱい押した。

 ビルドアップによって強化された膂力により、コンテナはユノアを入れたまま、ガリガリと床をこすりながら、ゴーレムに向かって前進した。

 大きな質量が向かって来る迫力を前にしても、ゴーレムは標的であるユノアが近づいて来る事しか分からないのか、腕を上げて襲い掛かろうとする。

 そうして、コンテナとゴーレムは一気に距離を詰め、コンテナの下部分がゴーレムの足首と接触。勢いのまま引き千切ると、ゴーレムは頭と思しき部位から無様に転倒し、コンテナの中へと入れられた。

「中に入った!」

 確実に伝えられるよう、腹の底から力を込めた喉を潰さんばかりの大声。そんなユノアの声を聞き届け、ルミルはコンテナを突き放すと、再び突風でコンテナを押した。

 直後、千切れて残ったゴーレムの足が爆発する。

 比較的小さな欠損だった為、爆発の威力はコンテナを下から少し跳ね上げさせる程度で済んだ。

 槍を出現させ、手摺てすり代わりにして揺れに耐え、ユノアはコンテナの扉を注視する。

 立ち上がろうとするゴーレムの先で、不安を顔ににじませたルミルが現れた。

 ユノアはただ、勝気な顔で頷いてみせた。

 それを目にし、ルミルは沈痛な面持ちになって、コンテナの扉を閉め、ロックを掛けた。

 光が閉ざされ、ゴーレムの身体が放つ光で、コンテナの中はぼんやりと照らされる。

 誕生日会か怪談話をする時のような情景だが、閉ざされた空間に充満していく飾り気のない熱が雰囲気づくりを認めない。

 数瞬の後、コンテナは再び押されて、運ばれていく。

 進行方向は変わっていない。つまり、真っ直ぐ開放されたハッチへと向かっているのだ。

「ここなら、落とされてもあがきは出来ないでしょ。させるつもりも無いけど」

 顔に汗を増やしながら、ユノアは不敵な笑みを浮かべる。

 ゴーレムはユノアに襲い掛かろうとするが、槍による柵が展開され、身動きを封じられた。

 グツグツと、ゴーレムの胸部が膨れ上がる。

 グチャ、とコンテナの中で生々しい音が響いた。

 ゴーレムの胸部を、二本の槍が刺し貫いたのだ。

「それはもういいって」

 飽きたようにユノアが言い捨てる。

 次の瞬間、槍によって背中から飛び散った破片が爆発し、ユノアは爆風でコンテナの最奥へと叩きつけられた。

 硬化によって衝撃は軽減されるが、それでも全身を軋ませるような痛みが、ユノアを襲った。

 同時に、ユノアが激突した箇所に亀裂きれつが入り、光が漏れ込む。

「グッジョブ、ルミル」

 苦悶を顔に出しながらも、ユノアは歓喜の声を漏らし、撫でるように亀裂に触れると、すぐに離れて、亀裂に槍をねじ込んだ。

 それは、ルミルに頼んでおいた抜け穴。ユノアの体格に合わせて、あらかじめコンテナの奥に槍で円形の下穴を作らせていたのだ。

 幸運にも先ほどの衝突で亀裂が入り、照準が定まる。容易にコンテナの壁をく事が出来た。

 ユノアは抜け穴から上体を出すと、すぐ隣に汗だくになってコンテナを押すルミルいた。

「ユノア様!大丈夫ですか!?」

「おかげでバッチリ!」

 言葉とは裏腹に、ユノアは緊迫感に吞まれそうになっていた。

 臀部辺りに伝わってくる熱気が、ゴーレムの接近を教えてくれる。

 急いでコンテナから這い出ると、ユノアの脱出を確認したルミルは力を振り絞る。

 破片を幾つか踏んだ素足から血が流れ、徐々に熱されたコンテナの壁が温度を上げて、掌を焼く。その苦痛を乗り越え、最後の一押し、突き放したコンテナに、ルミルは突風をぶつける。

「はああああああぁぁぁ!」

 絶叫と共にコンテナがハッチから船の外に放り出され、自由落下を始めるコンテナの中で、ゴーレムは奥の面に辿り着き、ユノアが抜け出た抜け穴に突っ込む。だが、抜け穴はユノアに合わせたサイズだ。ゴーレムの巨躯では通り抜けられない。ユノアの目論見通りだ。

「仕上げよ」

 一足飛び。ユノアはハッチから外へ出て、落ちていくコンテナの上に舞い降りた。

 抜け穴からゴーレムが強引に抜け出そうとしている。体表に泡が立ち、また手を伸ばそうとしているようだ。

「これ以上、手を焼かされる気はないから」

 抜け穴からはみ出るゴーレムを睥睨し、ユノアは槍を発動した。

 刹那、コンテナの中で槍が四方八方から連続で伸び、ゴーレムをついばみ、その身体を徹底的に穿つ。

 軽くミキサーに掛けられた様に、ゴーレムは大雑把に解体された。

 そうして、大量の破片がコンテナに溜まる。プスプスと音を立て、最期の時を迎えようとした。

 ユノアはコンテナを足場にし、一気に跳躍ちょうやくした。

 視線の先、ハッチの端からルミルが手を伸ばし、それに応えるように、ユノアも腕を伸ばす。ドレスの袖が、強くはためいた。

 二人が互いの手を掴むのと同時に、落下したコンテナの中、ゴーレムの破片が全て爆発した。

 眩い光芒こうぼうが膨れ上がり、ゴーレムもろとも、船の下に広がる森林を呑み込んだ。

 爆発の衝撃は船にまで届き、引き上げられたユノアはルミルを抱き締め、庇うようにして大きく揺れる船の床に転がった。

 爆音に続いて、食料庫に警報音が鳴り響き、騒音の嵐が巻き起こる。かなり乱雑だが、それはユノアたちの勝利を告げるゴングの代わりでもあった。

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