寝たい

 夕焼け色の木漏こもれ日に照らされた顔は不快に歪み、自身の肩を抱いてユノアは嫌悪感に身震いした。

 周囲には毛むくじゃらの猿のような生物が4体、槍によって刺し貫かれ、木々に磔にされている状況だ。

 襲ってきたようだから反射的に始末したが、その際に猿の身体から結構な量の血が飛んできた。

 グロ表現が極端に苦手というワケではないが、純粋に獣の血を浴びるのは気持ち悪いと感じ、ギリギリ避けられて本当に良かったとユノアは胸を撫で下ろす。

「何このエテ公どもは……」

 うんざりした声でぼやきながら、ユノアは周囲に注意を向ける。

 木の陰や枝の上で、同じような毛むくじゃらの猿がユノアを狙っていた。

十数体くらいだろうか?と適当に数えながら、ユノアは手に控えていたブーメランのカードのイラストに触れる。

 出現した台座から、ユノアは地図のカードを抜き、ブーメランのカードを装填した。

 手にブーメランを装備すると、ユノアは目についた猿に向けてブーメランを投擲とうてきした。

 鋭い回転を伴ってブーメランは猿に迫り、その身体を容赦なく両断した。

ブーメランは主の元に戻るべくUターンし、聳え立つ大木に突き刺さった。

「まあ、こんな遮蔽物しゃへいぶつの多い場所じゃあ、そうなるよね」

 遠くで帰って来られなくなったブーメランを憐れむような調子で見る。そんなユノアに、また2体の猿が襲い掛かるが、射程に入った瞬間、槍による迎撃で串刺しにされた。

「さて、試しに~」

 手に持つ地図のカードを触り、再度台座を出現させる。

 ユノアはブーメランのカードを引き抜き、差し直した。

 すると、抜いた瞬間に木に刺さったブーメランは消失し、差し直すのと同時にユノアの手にブーメランが出現した。

「なるほど、そういう仕様なのね」

 便利なリロード手段を見つけられたと思いながら、ユノアはブーメランを投擲し、遠方にいた敵を処理する。

 そうして、ブーメランによる攻撃と、槍による迎撃で、襲撃してきた猿たちを殲滅せんめつした。

「よーし、なんかドロップしてないかな~」

 買い物をするような気分で呟き、ユノアは猿の亡骸の周囲を確認する。

 そこには、確かにカードが落ちていたが、それはこれまで見て使ってきたカードとは違っていた。

 猿が落としたからか、猿のような絵柄が描かれているが、そのサイズが、手持ちのカードより一回り大きかったのだ。 

 明らかに台座に収まるサイズではなく、猿しか描かれていないので効果も読み取れない。

 倒した猿1体につき1枚、亡骸の近くに落ちており、合計16枚。それら全てが同じデザインのイラストをしていた。

「これ、何か使えるのかな?」

 首を傾げながら、ユノアは一先ず集めた猿のカードを束ねて一纏めにした。

 次の瞬間、カードの半分以上が輝きを放ち、1枚のカードへと変わった。

 いきなりの事に静かに動揺し、残った猿のカードを手からこぼした。

 現れた新たなカードを手に取る。サイズ感は今までのカードと同じで、台座の規格に対応していそうだ。

 そのイラストは、太陽とも、星とも、花とも言えるような円状の輪郭りんかくに、細かく飾りが付けられていて、その塗料?は箔押しのような光沢感を持っている。

 これもまた特別なカードだと直感するが、やはりイラストだけでは効果を読み取る事が出来ない。

 一度、さっきの輝きで何が起こったのかを確認する為、手から落とした猿のカードを回収する。

 落ちていたカードは6枚。つまり10枚の猿のカードが消えているのだ。

 察するに、大きめのカードは10枚揃える事で、よく分からないキラキラカードへと変貌する。

 ユノアはキラキラカードのイラストに触り、バインダーを出して収納した。意外と猿のカードもバインダーに収納が可能で、試しに、と1枚台座に装填してみようとした。

 しかし、台座のくぼみにはやはりサイズが合わず、物理的に差せないようだ。今更物理法則を遵守するなよ、と内心で突込みつつ、ブーメランのカードを手に控え、地図のカードを装填して、ユノアはマップ拡大と探索を進めるべく移動を再開する。

 進んでいくと共にマップが広がるのは、素直に楽しかった。

 先程の猿以外に、目新しい発見は今のところ無いが、それでも当てもなく探索するよりは、進捗を感じられたのだ。

 けれど、さすがに疲れが溜まってきた。

 恐竜ロボ戦は無我夢中になり、その後も地図を手に入れた事によりテンションが上がって勢い任せにここまで来たが、そろそろゆっくり休憩したい。

 だけど、森のど真ん中で野宿するのはさすがに安心できない。猿のような雑魚敵も鬱陶うっとうしいし、また恐竜ロボのような強敵が現れたら、疲れるから困る。

 どこか安全で安心できる安地は無いかと、ユノアは広がる地図を注意深く見つめる。

 すると、水色の部分が僅かに浮き出し、ユノアはそこへ向かった。

 数分ほどかけて移動し、ユノアは水の流れる音を聞いた。

 速度を上げて進むと、やがてユノアは、開けた場所に辿り着く。

 そこは、美しい滝壺だった。

 大き過ぎず小さ過ぎない、滝行に最適と思われる規模と勢いの滝が流れて、大きく澄み切った水面に波紋を広げていた。

 包み込むような砂利に足を踏み入れ、水辺に近付き、ユノアは軽く水を掬い上げた。

 スンスン、と匂いを嗅いで、問題なさそうだと判断し、今度は両手ですくって口へ運んだ。

 気にする暇がなかったが、ようやく乾いていた口の中に潤いを取り戻し、ユノアはささやかな幸福感を抱く。水は偉大だ。

 続いて、塵だったり爆風だったりでダメージを受けた肌に水分を加えるべく、大雑把に水を掬って顔を洗う。

 タオルが無い事に気付き、ドレスを使うのもどうかとしばし悩んで、致し方ないと袖で顔を拭った。

「ああ、疲れた」

 憩いの場に来たことで、ドッと疲労感が押し寄せてくる。

 もうここで休んでいこうとユノアは決意し、襲撃の心配がない安全な場所を探した。

 割と都合のいいスペースがありそうなものだが、そんな洞窟だったり小屋だったり岩棚だったりは見当たらない。

 嘆息しつつ、冷静に頭を回して、何をもって安全とするかを考えた。

 取り敢えず、先程の猿のような、他の生物たちが近寄れない、見つけ辛い場所。

 高い所に位置取れば、発見されにくく、生物によっては登れないかもしれないと、ユノアは滝の崖を見据えた。

 水辺の外周に沿って崖の前まで移動し、ユノアは槍を出現させ、等間隔に崖に突き立てて、足場を形成する。

 階段を昇る要領で槍の上を渡り、ユノアは崖の上まで悠々と移動する事が出来た。

 崖の上は、滝壺よりも開けた状態になっている。

 背の低い草原が、滝の源流に繋がっているであろう河を挟んで広がり、長閑な雰囲気を出していた。

「ここもいい感じかな」 

 そう呟きつつも、何もない原っぱは無防備だと感じ、ユノアはきびすを返して崖から飛び降りた。

「どっか、隠れられそうな場所が無いかな?穴とか……」

 言いながら、改めて崖を見上げ、ユノアは閃いた。

 手に控えたブーメランのカードに触れ、台座とバインダーを出現させる。

 ビルドアップと硬化、ジャンプはマストで必要だと、装填したまま残し、地図のカードを引き抜いて、振動のカードを差し込む。

 自信に満ちた目を輝かせ、崖を注視する。

 岸壁のど真ん中、滝のすぐ真横の位置に向けて、振動を伴った槍が連続で突き出される。

 猛禽の嘴のような穂先が切削機のように岩を穿ち、少しずつ崖を掘っていく。

「うーん、やっぱ振動してるだけじゃ、あんまり上手く削れないのかな?回転は……」

 何となく回転をイメージし、指をクルクルと回してみるが、リズムを刻んで交互に突き出る槍は、回転といった動きはしてくれなかった。

「うん、無理だね」

 回転を諦めたユノアは、このまま少しずつ岩を削って横穴を作る事にした。

 ユノアは腰を下ろし、大きなあくびをした。

 謎の塔の上、玉座で目覚めてからここまで、不思議なカードを使ったり、恐竜ロボと戦ったりと色々あった。

 どうにか乗り切りはしたが、未だ自分がどんな状況なのかハッキリしない。

 このよく分からない場所で、自分は何をすればいいのか?

 それらしい事をまた思い悩んだが、やっぱり誰も教えてくれない。

 好きにするしかないか。と、それ以上はもう面倒くさいから考えるのを止め、ユノアは横穴が出来るまでボーと座り込む事にした。

 太陽が完全に沈む直前に、横穴は完成する。

 高さは足りず、少し頭を下げた状態でないと入れないが、奥行きは十分だ。

 ユノアは台座から振動のカードを抜き、地図のカードと合わせて横穴の床に置き、出入り口に槍を出現させ、鉄格子のように配置してバリケードを形成した。

 これで外からの侵入は出来ないだろうと、ユノアは安心感を覚え、襲い来る眠気に屈した。

 枕や布団は無いが、ゲーム中の寝落などで雑魚寝には慣れている。

 硬い横穴の中に身を投げ出して、そのまままぶたを閉じた。

 目覚めた後、どうしようか。そんな事を少しだけ考えながら、ユノアは誘われるようにして、眠りに落ちていった。

 まるで虫の冬眠のような有様だ。

 けれども冬を越せば、どこまでも生きていけるような熱量を秘めていた。


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