幻想と現実のはざま
たかみ真ヒロ
本編
俺は5年前まで引きこもりのNEETだった。今もまあ引きこもりは相変わらずだが、ちょっと状況は変わっている。
そんな俺の半生みたいなものをこれから書き綴って行こうと思う。いったい何人がこれを読むことになるんだろうか、もしかしたら誰も読まないかもしれないが。
とりあえず、引きこもりの経歴を軽く説明をしておこうと思う。引きこもりが始まったのは中学の頃だった気がする。
理由はたいして無かったような気もする。とにかく学校には行きたくなかった、ただそれだけだった。
父親のいい加減さ、母親の厳格さ、その両方の板挟みにあっていた俺は何をどうしたらいいのか考えることを放棄して部屋に閉じこもった。
今考えてみると引きこもりはその時の俺にとって一種の両親へのささやかな反抗だったのかもしれない。引きこもりが始まって両親は喧嘩の数が増えた。どちらの言い分もお前が悪いの一点張りだ。どうやら俺のなんでも人のせいにして逃げるという性格はこの時生まれたのかもしれない。
まあなんにせよ、両親は俺と向き合う努力もせずにお互いをののしりあうだけなのだから、俺の引きこもりも収まることもなく、
俺はパソコンのFPSという分野のゲームにのめりこんでいくことになる。
それから、5年ほどが過ぎただろうか。両親が交通事故で他界した。20歳を越えていた俺に多くの保険金と家が転がり込んできた。
俺は漠然としっかりしなきゃいけないと思った気がする。
この時に印象に残っているのは葬儀場でのおそらく親戚の奴らであろう者たちの嘲笑を帯びた視線と、ある老婆のセリフである。
俺が引きこもりだったからか、親戚一同とは疎遠で俺にとっては初対面の奴らばかりだった。
喪主の席でポツンとたたずむ俺に声をかけてきてくれたのはその老婆だけだった。
「しゃんと、生きなさいよ。父ちゃん、母ちゃんの分まで。」
その時の俺はなんて答えたんだろうか。そこの記憶はあいまいだ。
そんなこんなで無事にかどうかは定かではないが葬式は終わり、俺は家へと戻った。
明日から頑張る、明日から頑張ると言い続けながら、あっという間に一年が過ぎて行った。
その頃の俺は、葬式での決意めいたものや老婆のセリフのことなど忘れ、ただただオンラインゲームに情熱を傾けていた。
食事はネット注文のカップラーメンなど、光熱費や税金は毎月口座から引き落とされていたため、不自由と感じることはなかった。
そこから、何年かは俺にとっては平穏で怠惰な生活が続いた。もちろん、外に出た時のためにと世界情勢もチェックしたりしていた。
主にネットの巨大掲示板の書き込みからだったが。
-どうやら、わが国の領海内に石油に替わるエネルギー源があり、政府は採掘のため、大掛かりなプロジェクトを掲げるらしい。
→そうなれば、どこぞの石油産出国みたいに税金免除だな。
→えっ、よその国から狙われない?
→ばーか、なんのための自衛隊だよ。
→徴兵制がくるかもしれん。
有象無象のよく知りも知らないやつらが勝手に書き込んだ内容を読みながら、一喜一憂していたように思える。
徴兵制か、外出なきゃなんねーのか、だりぃ。
おおよそ、外に出る気なんて俺にはみじんもなく、誰に言い訳しているのかわからない理由で、暇をつぶしていたのだろう。
-隣国からわが国の領海内に不審戦艦侵入あり、友好国の軍隊出動。
-憲法改正、自衛隊武力行使可能に。
-AI知能に限界、最大容量が明らかに。
-エネルギー開発進む。
-石油産出国A破綻。
暇つぶしではあったが、なかなか面白そうな書き込みもあり退屈はしなかった。
しかし、現実はゆっくりとではあるが、俺の足元まで近づいていたのだった。
俺にとって永遠になくならないであろうと思っていた親が残してくれた保険金が底をついたのであった。
それに気づいたのは、そうちょうど今から5年前のある夏の日だった。
毎月いつも同じ日にちにネットからの食料品等の注文が届く、そうしたのには理由があったと思うがもう忘れてしまった。
その日の配達員は今まで見たことのない人でやたらと絡んでくるタイプだった。
「あのー○○さん、大きなお世話だと思いますが、ポストみたほうがいいっすよ。チラシとかいっぱいになってたんで、んじゃ、失礼しやーす。」
本当に大きなお世話だとも思ったがどんな感じになっているか気になり家の外へ数年ぶりに出た。
と言っても、家の敷地の外に出たわけでも何でもないのだが。なんにせよポストに向かう。
いろいろなチラシやら何やらでポストは悲鳴をあげているようであった。とりあえず、中身を部屋まで運んだ俺は一つ一つ確認していく。
その中で督促と書かれた通知が何通か来ていることが分かった。
時系列順に並べていくとどうやらクレジットカード、光熱費のほとんどがあと1か月ほどで使用できなくなるようだった。
水道はまあまあ余裕があったのを覚えている。正直どうしていいかわからず途方に暮れた。
と言っても現実を拒絶していた俺にとってこれもゲームの一環のような気がして目の前に迫る事態をどこか第三者的な目線で考えていた気がする。
そんな中、ネットサーフィンである広告に出会った。
-FPS猛者急募。新作ゲームの試験プレイバイト。ミッション達成者全員に現金プレゼント。
普段ならこんな広告気にも留めなかっただろう、しかし、その時の俺は無意識のうちにその広告をクリックしていた。
-ようこそ。FPS猛者の皆さま。
サイトを開くと、ささやかなあいさつ文が出て、その後、個人情報を入力する画面が出てきた。
何をやっているんだろうこんなことしてなんになるんだと思いながら入力を進めていく。
-無事登録完了しました。それでは、お楽しみください。 NOWLOADING…
画面が全面、白い壁に包まれた空間に変わった。表示物は右上にミッションと書かれたアイコン、左下にはトレーニングと書かれたアイコンのみだった。とりあえず、トレーニングのアイコンをクリックする。
簡単なボタン操作の説明があったところで、これはコントローラーを変えたほうがやりやすいなと思い、ボタンの設定を行い、
パソコンの操作をコンシューマーゲーム用のコントローラーに切り替えた。
作りはリアルで本当に自分がいるような気さえし、操作感も申し分なくなかなかやりごたえのあるゲームだと俺は期待した。
一通りの操作を指先に覚えさせたところで、画面内を見渡す。
ちょうど、射撃訓練場のような空間で、同じ種類の銃がずらりと並んで、数十メートルほど先には的が設置してあった。
なるほど、本当に練習だな。とりあえず銃を一つ選んで構える。すると、左上に銃の残数であろうかゲージのようなものが現れた。
一発目はスコープを覗いて標準を合わせ、的に向かって撃ってみる。しゅんとサイレンサー付き銃のような音がしたかと思うと的は燃え尽きてしまった。
どうやら光線銃のようだった。これじゃあちゃんと真ん中いけたか微妙だな。しかし、大丈夫だろう。今度はスコープなしで撃つ。大丈夫そうだ。
連射は出来ないみたいだな。しかし、パイロット版だからか銃は一種類だけのようだった。
トレーニングルームを出て、さっきの白い画面に戻り、ミッションをクリックする。
-トレーニングは実施しましたか?
-準備はよろしいですか?
ボタン連打で進めていく。
-では、ミッション1スタート。
画面が切り替わった。
どうやらステージは荒野のようだった。画面中央奥には高台があり塔のようなものが小さく見える。
ぐるりと周りを見渡す、全身を銀色の西洋の甲冑を思わせる格好をした団体が立っている。自分の身体に視点を持っていく。
どうやら、ほかのプレイヤーの奴らみたいだ。なるほど、あんな感じなのか。かっこいいとまではいかないがまあまあだな。
視点は動かせるが移動はまだのようだ。しばらくすると、画面下にコメントが現れた。
-ミッション開始まであと30分。画面はそのままでしばらくお待ちください。
なんだよ、待たせるなら先に言ってくれよ。どうやら前の画面に戻れないみたいだった。サブのノートパソコンでとりあえず、巨大掲示板を眺める。
20分ほどたったところで、ゲーム画面に進展があった。
-ミッションスタートまで残り10分。ミッション内容を説明いたします。
簡単な説明文が表示される。リスポンなしか、まあ金かかってるし当然か。塔の占拠、および敵の殲滅。
ヘッドショットを喰らったら即終了。足以外ならそこそこまでは戦えそうだな。
-5,4,3,2,1ミッションスタート。
画面中央に数字が表示された。25/25なんの数字だろうか。まあすぐにわかるだろう。
・・・
-ミッションクリアおめでとうございます。報酬は2時間後に登録口座へ振り込まれます。
-次回ミッション配信は2週間後です。別途通知を送ります。お疲れ様でした。
2時間後、俺の口座には大金が振り込まれていた。この時の俺は金を稼ぐのは案外簡単なものだなと思った気がする。その1週間後、通知がきた。
次回ミッションの内容、前回のミッション報酬の内訳、アップデートのお知らせが書かれていた。
次回ミッションは島の占拠だった。まあ余裕だろうとサクッと読み流し、報酬の内訳を確認した。
どうやら報酬は敵の撃破数、ヘッドショット成功率、自身の損傷率などで決まるようだった。他にランキング報酬というものがあり、俺は6位だった。
ランキングによって追加で報酬がもらえるみたいだ。おそらく、俺よりももっと報酬をもらったやつがあと5人はいるわけだ。
俺はとても悔しかったのを覚えている。結構な額だったがもっともらっている奴がいるのかと思うと腹が立って仕方なかったのだった。
アップデートの確認をする。どうやら、次回ミッションから他のプレーヤーとのチャットが可能になったようだった。
ランキング上位者に秘訣を聞き出さないとな、まあ簡単には教えてもらえないだろうが。
それからの俺はだいたい2週間に1回のペースで多額の報酬を得ることになった。
そういえば、ミッション中の画面中央の数字だが、あれはミッション参加者の人数だった。
最初のミッションでは25人だったが最近は、15、6人でミッションを行うことが多かった。
それでも、俺の報酬ランキングは6位のまま上がることはなかった。
そんな中、ある事件が起きた。それが起きたのは、物資輸送のミッションで1辺1メートルほどの箱を背負い目的の場所まで運ぶ最中のことだった。
俺はランキングを上げるためにはどうすればいいかいろいろ考えた結果、今回は最速でクリアすればどうかという結論に至り、
誰よりも早く目的地についていた。次々とくる参加者。大体7、8人が到着したころだったろうか。
突然画面がフリーズし、GAMEOVERの文字が現れた。
はあ?俺は大声をあげ、のたうち回った。もちろん敵の確認も行っており、近づいてきているのは、味方のみだったはずだ。
わけもわからず負けたことにひどく怒り狂った。俺は怒りに任せて部屋の壁をひたすら手から血が流れ痛みを自覚するまで殴り続けていた。
何をやっているんだ俺は。痛みとともに怒りが収まっていく。GAMEOVERから10分後、通知がきた。
こんなことは珍しいことだった。
-先ほどのミッションで×××のアカウント停止を決定いたしました。今後、味方への攻撃はNGとします。
-故意、偶発どちらであれペナルティを課します。最悪の場合はアカウント停止です。
なるほど、先ほどの謎のGAMEOVERはそういうことだったのか。よくよく考えれば今まで誰もしなかったことが不思議なくらいな現象だな。
しかし、まさか自軍にも弾が当たるとは。俺のやっているゲームのほとんどが当たらない仕様だったせいもあるとはいえ、死角をつかれた気分だった。
これよりも早く思いついていれば、偶発をよそって一人、二人は落とせたかもしれないのに。などとよこしまな考えが頭をよぎった。
その事件後、しばらくミッションがなかった。
お金は十分にあったし必要に迫られていない状況ではあったが、それでも手持無沙汰でだらだらと通知を待ち続けていた。
もっぱらメインのパソコンはゲームの白い画面が常時で、サブのノートパソコンで暇をつぶしていた。
-国内で謎の爆発。政府の回答はこちら。
-なあ徴兵制ないけど大丈夫なの?
-我が国の軍事費用額過去最大に。
-夏コミ、今年は騎士の甲冑のレイヤーが急増。
およそ半年後、やっと通知が来た。
-お待たせしました皆さま。新たなミッションの準備が整いました。以下から詳細を確認ください。
詳細画面をクリックし、内容に目を通す。今回は、街の襲撃、教会に爆弾を設置し、帰還か。
簡単そうだな。まあなまった体を慣らすのにちょうどいいかもしれないな。1週間後、ミッションが開始された。
ミッション参加者は20人だった。しばらく様子を見ようと、隣接する建物の間の影に隠れてしばらく待った。
上の人数表示の数が一人、また一人と減っていく。どうやら、何かいるみたいだ。
半年の間のアップデートで追加されたLOST者の視点を右下の画面に別窓で表示させる。
ふむふむ。どうやらLOST者は教会まで到着していたようだった。そこでこちらと同じような格好をした甲冑のキャラが銃を構えたところでLOSTしていた。どうやら、今回の敵は手ごわそうだ。おそらく、ヘッドショットでなければ落とせそうにないな。
チャットの通知が入ってきた。
-おい、LOSTの確認すんだか?
→ああ。
→なら話は早い、HS狙いで。とりあえず、敵は2っぽい。他の奴にも声をかけるからこっちに集まれ。一気にいくぞ。
→了解。
どこの世界にもリーダーとしてでしゃばるやつはいる。今回は言うことを聞いておくか。LOSTはしたくない。
・・・
街の住人をぼちぼち撃ちながら、甲冑の二人も撃破し、無事、教会に爆弾を設置し終わり帰還する。帰路の途中、チャットが来た。
-ナイス。HS。両方ともお前が決めてくれて助かった。
→そりゃどうも。
→この分じゃランキング1位はお前かな。
→どうだろう?いっつも下位なんで。
→あのHSだもんな。百発百中だろう。しかし、これは戦争だからな。敵をやることが重要じゃない。敵側に使えないやつを抱えさせることが重要なんだ
→使えない?
→気にしないでくれ。とりあえずありがとう。
そこでチャットは途切れた。その時のランキングは2位だった。俺はそれから、ずっとあのチャットのことを考えた。
敵をやるのが重要じゃない。
使えないやつを抱えさせるのが重要。
これは戦争なんだ。
ゲームの感覚じゃダメってことだよな。現実…現実、実際の敵が困ること…そうか。
その時のことをきっかけに、俺のランキングは2位、3位を取るようになっていた。それでも1位は取れなかった。
おそらく、あのチャットの主だろう。しかし、悔しさはあまりなかった。それは、ミッションが急速に楽しくなくなっていったからだった。
ランキング上位を狙う方法、それは、敵の人命にかかわらない足や腕を狙って撃ち、そのままにして次の標的を狙うこと。
・・・
それでも、俺はミッションの通知が来れば必ず参加した。なぜかは分からなかった。しかし、参加しなければという思いだけがそこにあった。
-我が国終了…
-我が国の軍事情報漏えい。
-速報、首相暗殺事件。
運命の日、いつものように巨大掲示板を眺める俺。外で大きな爆音が響いた。
慌てふためき、外の様子を確かめようと部屋の窓を開けたとき、
家の庭にゲームの世界で見慣れたあの甲冑がこちらに銃を構えて立っているのが見えた。
・・・
今の俺は刑務所に入れられ死刑執行を待つ身だ。あのゲームは現実だったのだ。
遠隔操作で敵地で動くロボットの操縦をやっていたのだ。国選弁護人の言葉が思い出される。
「いいですか。自分は何も知らなかった。普通にゲームをやっていただけだと。裁判官から問われたら、そう答えてください。」
俺はその言葉を無視し、法廷で知っていたと答えた。うなだれるようにして椅子に体を預けた弁護人の姿が今でも忘れられない。
NEETの軍事利用に関する法案が国会で承認されたのはちょうど、5年前のことらしい。とても極秘裏に。
実際、テレビやネットなどで話題に上る法案などほんの一握りで多くの法案が話題にならずに承認される。これもその一つに過ぎない。
俺はいつから気づいていたんだろうか。思い出したくないのか、思い出せないのか、俺は正確にこの時期に気づいたというタイミングは覚えていない。
しかし、あの甲冑から銃を向けられたとき、やっぱりという思いがあふれていたのは間違いなかった。
あの老婆の言葉がいまさらながら頭をよぎる。
「しゃんと、生きなさいよ。父ちゃん、母ちゃんの分まで。」
いったい俺は何をやっていたんだろう。やり直すタイミングはいくらでもあった気がする。こうなってしまったのは俺の何でも人のせいにして逃げて、自分自身と向き合って来なかったせいだと思う。俺はあと何日生きられるのだろうか。もし、明日も生きていたのなら裁判の話でも書くかな。
幻想と現実のはざま たかみ真ヒロ @takamimahiro
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