第六話【初めての領民たち】
「ふう……ひとまず全て運び終えました。アナスタシア様。おい。お前も運ぶのを少しは手伝ったらどうだったんだ?」
「すまないな。ここで暮らすなら最低限必要なものを作ってた最中で、手が離せなかったんだ」
「なんだと……? おい!? まさか、それは……井戸か?」
テールが作ったのは、地中に繋がる深い穴。
誤って落ちないよう、周囲は家の壁と同じ素材のレンガで囲われている。
「ああ。姫様に聞いたところ、この辺りの近くには水源が見つかってないって話だからな。あとは水を汲み出すために必要な道具が必要だが、それは手で作るしかないな」
「まぁ! 素敵ですわ! テール様」
パメラに遅れて家から出てきたアナスタシアは、井戸の存在に気付き、嬉しそうに両手を打つ。
そしてパメラに命じて持ってきた道具を用い、汲み上げ用の装置を一式組み立てさせた。
「ところでテール様。この家と同じようなものをあと十軒ほど。作るとしたら、どのくらいかかります?」
「この家と同じのをさらに十軒だと? 作るだけなら今日中に終わるが、誰が住むんだ? 領民のことは任せておけと言っていたが、途中で寄った一番近い村からもかなりの距離があるぞ?」
「あら。ちゃんと私の話を聞いてくださってなかったのですね。近くに住む村人たちを呼ぶとは言いましたが。とにかく、私とパメラでその方たちを呼びに行って参りますから、テール様は家の建築をお願いしてよろしいでしょうか? それと、念の為ダンジョンの入口はそれとわからぬよう囲いを作ってくださいましね」
テールの返事を待たずに、アナスタシアとパメラは馬車を引いていた竜馬に乗り、来た道とは異なる方角へ走っていった。
一人残されたテールは、他にやることもないので、言われた通りにさっきと同じ要領で家を建て始めた。
「しまった……作りすぎたな。いざ作ってみると色々と試してみたいことができて、数を数えることをすっかり忘れていた」
テールの目の前には、アナスタシアに言われていた数の二倍、二十軒の家が立ち並んでいた。
間取りを変えたものや広げ増やしたもの、逆に狭くしたものもあった。
テールが我に気付いたのと時を同じくして、アナスタシアたちが戻ってきた。
アナスタシアを乗せた竜馬を先頭に、ぞろぞろと人々が連なっている。
それを見たテールは思わず驚きの声をあげた。
「近くの村って……亜人の村か!!」
アナスタシアに引き連れられて来た人々の頭には、猫のような耳があり、腰からは細く長いしっぽが生えていた。
ガンビール王国は通称人間と呼ばれる種族の国だが、世界には人間たちから亜人と呼ばれる数多くの種族が生息している。
知識や文化の度合い、人口の多さなどは種族によって大きく異なり、人間との関係性も多種多様だ。
アナスタシアが連れてきたのはその中でも、獣人、さらに細かく分類するのであれば猫人と呼ばれる種族だった。
「ただいま戻りました。テール様。まぁ! お伝えしたよりも随分と数が多いようですね」
「ああ。ついつい作るのが楽しくなってしまってな。何も考えずにこれだけ好きに土魔法を使えるのも珍しいから」
「ちょうど良かったですわ! 猫人の皆さんにここに移り住むことを提案したのですけれども。行く前は多くてせいぜい十名が興味を持ってくれたらと思っていたところ、直感が見事に外れましたの」
アナスタシアの後ろから続々とテールの近くに集まってくる猫人の数は、明らかに十人どころでの騒ぎではない。
テールが猫人を間近で見ることは初めてだが、明らかな子供から老人まで、その数は五十を超えそうだ。
「アナスタシア様の話を聞いた者たちは、全員。つまり、村丸ごとここに移り住むことになった」
「村丸ごとだと!? それじゃあ、以前住んでた村はどうするつもりだ?」
「それが、大変な状況になってたみたいでな。まさに間一髪といったところか。アナスタシア様と私が到着した時、村だった場所は濁流の中にいたよ」
「なんだと? そうか……川が氾濫したか……」
テールがパメラから状況を聞いていると、一人の年老いた猫人の男性がテールに近寄ってきた。
元からなのか人間と同じように年を追うと色素が抜けるのかは不明だが、老人の毛は真っ白だ。
「あなたがこの土地の主様でございますか……アナスタシア姫から、村を無くしたわたくしたちを受け入れてくれると聞いております。藁にもすがる気持ちではございましたが、よもやこのような立派な住まいをすでにご用意していただいているとは……感謝の言葉もございません」
ブランと名乗った老人は猫人たちの村長だという。
生活水として利用するため、川の近くに村を築き暮らしていたが、大雨が降ったわけでもないのに川のかさが増していき、ついには決壊して村を襲ったのだ。
幸い早い時期から警戒はしていたため、持てるものを持って、村人たちは高台に避難を始めていた。
人的被害はないものの、住む家どころか村を無くした村人たちは途方に暮れていた。
そこへやってきたのがアナスタシアたちだった。
「まさにアナスタシア姫は神のみ使い。テール様。どうかわたくしたちめをここに住まうことをお許しください」
そういってブランは深々と頭を下げた。
様子を後ろから窺っている残りの村人たちもテールの言葉を聞き漏らすまいと、真剣な表情を一斉に向けている。
テールは両肩をすくめて、息を軽く吐いた。
そして、ブランの肩を優しく両手で掴み、下げた身体を起こさせた。
「じいさん。許すも何も、姫様に言われてやって来たたんだろう? この土地は姫様のもんだ。俺は雇われ領主に過ぎない。領主って言っても見ての通り、今までは領民の一人もいなかったがな。むしろ頼むのは俺の方だ。最高の街を築くと誓おう。俺の領地に住んでくれるかい?」
テールが言葉を放った瞬間、猫人たちが一斉に喜びの声を上げた。
ブランは、テールの手を皺に覆われた両手で包み、泣きながら何度も感謝の意を述べた。
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