第三話【ダンジョンの秘密】

「テール様も私のことをご存知でしたのね。光栄ですわ」

「ご存知も何も……お前さん、ついこの間、授能のためにこの街のダンジョンに訪れたばかりだろう? うちの……いや、元のパーティのメンバーにうるさい奴がいてな。俺も見に行ったんだ」


 授能というのはダンジョンに初めて足を踏み入れることをいう。

 冒険都市ダンテの探索者なら誰も身に宿す才能ギフトは、人生で初めてダンジョンに降り立った際に身に付ける。


 どんな才能ギフトを得るかは全くの未知で、大抵は一人ひとつだが、ランドやイリスのように複数を持つ人物もごく稀に現れることが知られている。

 また一度得てしまえばダンジョン内外関係なくその才能ギフトを発揮することは可能だが、能力を伸ばすためにはダンジョンに潜りモンスターを狩る必要があった。


 しかし、得た才能ギフトによっては、そこまで鍛えなくても日常生活を豊かにする。

 そのため、金で雇った探索者や私兵を引き連れダンジョンに挑む人も数多い。


「ええ! そうなんですの。そこで私、少々変わった才能ギフトを授かりまして。直感、っていうのですけれども。その力で、テール様とお会いできたのですわ」

「直感だと? 聞いたことがないな。それにさっきの質問の答えがまだだ。なぜ俺にあんなことを頼むんだ?」

「端的に申し上げますと、とある場所にダンジョンの入り口を発見しましたの。まだこれは秘密なんですけれども」

「なんだって? まぁ、ダンテ以外にもダンジョンが存在することは知っている。そして、時折新たなものが見つかることもな。だが、それが何だってんだ? ダンテほど大きなダンジョンは無い。それとも、姫様のいう新しいダンジョンってのはここのダンジョン以上に深いってのか?」


 ダンジョンがどうしてあるのか、どうやって形成されるのかは、誰も知るものがない。

 しかしこの国にとってダンジョンの存在は有名であり、以前まで存在しなかったダンジョンの入り口が、突如発生することもダンジョンに興味を持つ者なら珍しい話ではなかった。


 それでもほとんどの探索者はこの街ダンテに集まってくる。

 その理由は、テールが言うようにダンジョンの規模にあった


 ダンジョンが人々を魅了して止まないのは、才能ギフトだけではない。

 得られるのは豊富な鉱物やモンスターも含めた動植物の素材、そしてごく稀に見つかるアーティファクトと呼ばれる宝具。


 才能ギフトに恵まれさえすれば、出自に依らず一般人が羨むような生活が得られる。

 実際にダンテはダンジョンから産出した素材の加工品の輸出などで潤っていた。


 その際重要なのはダンジョンの深度だ。

 異空間に繋がるといわれるダンジョンは、階層ごとに全く異なる世界を持つ。


 ダンジョンで得られる素材の質は、階層が深くなればなるほど良質なものになる。

 一方で階層が深くなるにつれ、潜むモンスターの強さも増すため、希少度は格段に上がる。


 つまり探索者として成功を収めたい者にとっても、探索者がもたらす恩恵を受け取りたい者にとっても、現存し確認されている深度が最も深いダンテのダンジョン以上に魅力的なダンジョンは存在しないのだ。

 浅いダンジョンに潜る意味を持つとすれば、ダンジョンの最深部で一度だけ得られるダンジョンコアぐらいだろう。


「いえ。試しに信頼できる者たちに探索をしてもらいましたが、そのダンジョンの深度は第一階層でした」

「はっ。今さら第一階層だけのダンジョンにどれほどの価値があるっていうんだ? ダンジョンコアは希少な宝石として価値はそれなりにあるが、第一階層のものならそこまででもない。それに第一階層しかないって言い切るからにはコアだってもう見つけた後だろう?」

「ええ。おっしゃる通り、コアは発見しています。ただ、まだダンジョンから取り出してはいません。私が事前にそうするように固く伝えておきましたから」

「話が見えないな。結局姫様はその小さなダンジョンで、俺に何をさせたいんだ?」


 テールは内心苛立ち始めていた。

 目の前に居るのはこの国の王女に間違いはない。


 アナスタシアにはあえて伝えていないが、テールは自分たちが座るすぐ近くに護衛らしき者の存在に気付いていた。

 アナスタシアが素性を明かした際に、テールは周囲に気をめぐらし、そしてその視線に気が付いた。


 テールのことを射抜くような強い視線。

 実力を持つ者は気配を消すことにも長けるが、その人物は警告のため、あえてわかりやすくしているのだ。


 テールはすぐにでもこの場を去りたいと思うと同時に、主導権はアナスタシアにあることも理解していた。

 話を聞き終えてしまいたいが、小さい頃から憧れていたダンジョンへの造詣の深さから、投げやりに聞くこともできない。


 そして、【黄金の鷲】から追放されて考えないようにしていたダンジョンの話題をしている内に、焦燥感に苛まれる。

 第七階層まで踏破したテールは、他の上位探索者に劣らぬ実力を持つと自負するが、それでも土魔法の才能ギフトの自分を受け入れてくれるパーティへの希望は持てない。


 それでもテールはダンジョンに潜ることを諦めきれずにいた。

 すぐにでも新しいメンバーを募って、ダンジョンに挑みたいという気持ちまで湧き上がってきた。


 第一階層しかないダンジョン周辺の開拓などやっている場合ではないのだ。

 その感情が表情に出ていたのか、アナスタシアは少し慌てた様子で説明を続けた。


「すいません! これを先にお伝えするべきでしたね。ダンジョンは成長することはご存知ですか? 私はその方法を知っているのです。そして、その方法こそが、私がテール様に開拓をお願いしたい理由です」

「なんだと……? ダンジョンが成長する? そんな話は聞いたことがない。それに仮に成長するとして、それと開拓になんの関係がある?」

「ダンジョンの成長に必要なのは、周囲が栄えること。いえ、厳密に言えばより多くの人がダンジョン周辺に滞在することにより、ダンジョンは成長し、深度を深くするのです」

「そんな馬鹿なことがっ!」


 テールは思わず叫んで立ち上がったが、慌てて口を閉じ、腰を下ろす。

 立ち上がった瞬間に、視線から寒気がするほどの圧力が発されたのを感じたのだ。

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