第二話【第二王女】
【黄金の鷲】から追放されて三日間、テールは何も手に付かず、新しく借り直した安宿の一室にひたすら籠っていた。
以前借りていて破壊と水浸しにされた部屋の修繕費は、全てテールが支払う他なかった。
先に宿を出た三人が、今までの滞在費の支払いはテールがすると受付に話していたのだ。
テールが痛む身体に鞭を打って部屋から出ると、扉の前で待ち構えていた受付嬢は、部屋の中の惨状に悲鳴のような大声を上げた。
案の定多額の修繕費を上乗せされた滞在費の支払いを求められ、テールはこれまでに稼いだ金のほぼ全てを手放してしまった。
テールからすれば、自分は被害者であり、支払うのは三人たちだと憤っても、宿屋からすれば行方も知らない三人を当てにするわけもない。
目の前のテールが支払えばよし。
さもなくば都市の治安を司る衛兵の力を借りることになるだけだった。
「はぁ……腹、減ったなぁ」
部屋に籠っている間、ほとんど水以外口にしていなかったテールの空腹はすでに限界を超えている。
さすがに自ら餓死を選ぶ気持ちにもなれず、テールはのそのそと宿から出ると、街の通りへと進んだ。
今もなお三人から受けた傷は痛むが、動けないほどではない。
テールが街を歩いていると、ちょうどホットサンドの出店を見つけて近付いた。
硬めの皮を持つ細長いパンに切れ目を入れ、肉や野菜、チーズなどを入れて上下から熱した鉄板で押し付けるのがホットサンドだ。
テールは昔からこのホットサンドを好んで食べていた。
どうやらテールの前に先客が居るようだが、購入を悩んでいるのか一向に注文する気配がない。
少し様子を見たが、これ以上待つのも馬鹿らしく感じ、テールは出店の男に具材を指示してホットサンド一つを注文する。
「あいよ! 熱いから気を付けて食べな!」
「ああ。ありがとう」
「あ……あのっ!」
男からホットサンドを受け取り交わした言葉に、予想していなかった声が混じる。
テールが声のした方を振り向くと、先ほどから店の前で注文もせずにいた子供だった。
テールは子供と思ったが、実際には相手の年齢は不明だ。
フード付きの白色の長いローブで顔も含めて全身を覆っているせいで、今まで性別すらわからなかったのだから。
テールに話しかけたであろう短い言葉の声色で、ようやくその人物が若い女性であろうことはわかった。
その女性に向かってテールは訝しげな表情で言葉を返す。
「俺に何か用か?」
「あ、あの……貴方様はこの美味しそうな匂いを放つ食べ物の受け取り方をご存知なんですね。大変申し訳ありませんが、私にもご教授願えませんでしょうか?」
「受け取り方って……食べたい具を言って、金を払うだけだろう。その話し方も妙だし、まさか物の買い方も知らないお姫様ってわけでもないだろうに」
「な、何でわかったんですか⁉ これならバレないと思ったのに! ……って、貴方様は! テール様ですね⁉ 土魔法の使い手! ああ! これが運命なのですね! お願いです。領主になって開拓をしてくださいませ‼」
「は? ちょっと待ってくれ……情報が多すぎて理解が追いつかない。ひとまず……ホットサンドの買い方を教えてやる」
☆
なるべく人目のつかない場所に移動してから、テールは自らを姫だと名乗る女性を座らせ、購入したホットサンドを渡す。
女性は目を輝かせながらそれを両手で恭しく受け取ると、期待を込めた目でテールを見つめた。
「なんだ? 食わないのか?」
「食べたいのですが、これはどのように食せばよろしい食べ物なのでしょうか? テール様がお食べになる姿を参考にさせていただこうと……」
「おいおい……それが演技だとしたら、やりすぎだろ。こんなのは頭から口に突っ込めば良いんだよ。こういう風に」
「まぁ!」
テールがホットサンドにかぶりつく様を見て、女性は少し戸惑いながら、意を決したように同じように頬張る。
ゆっくりとホットサンドを
「まぁ! とても美味ですわ。帰ったら、料理長にお伝えしませんと」
「今度は料理長か……それで、名前も聞いてなかったが、姫様だっけ? なぜ俺を知っているの? それに俺を領主にだって? 開拓とはどういう話だ」
テールは先ほど女性が口にした言葉から得た疑問を矢継ぎ早に問いただす。
無論女性の言うことのほとんどを信用などしていないが、久々に他人と接したテールは暇潰しとしてとことん付き合ってやることに決めていた。
「まぁ、私ったら。顔も隠したままで失礼しました。ガンビール王国第二王女、アナスタシアでございます。テール様。私少々ダンジョンに興味を持っていまして、色々と調べていますの。古今の有名な探索者様なら大抵の方のことを存じていますわ」
「なっ! あんた、その顔! 本当に姫様だったのか⁉」
アナスタシアはフードを取り、ピンクブロンドの長い髪と深い藍色の瞳を持つ顔をテールに見せる。
その顔を見た瞬間、テールの身体は驚きのあまり凍りつき、そして思わず言葉を漏らした後、慌てて周囲に気をめぐらした。
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