地味で不要だとパーティから追放された土魔法使い、王女に拾われ辺境領主となる〜領地が広がると深くなるダンジョンで開拓&探索に精を出す~

黄舞@9/5新作発売

第一話【不要な土魔法使い】

 質の良い調度品が並べられた宿屋の一室で、二人の男と同じく二人の女が話し合っていた。

 男のうちの一人、この地方では珍しい漆黒ともいえる黒髪と闇のように深い黒目をした、テールのみが声を荒らげている。

 一方の残る三人の言動は、冷静というよりも冷ややかだ。


 興奮冷めやらず、着席の場だったにもかかわらず先ほどから立ち上がったままのテールは、言葉を発する度に重厚な机を拳で叩いていた。

 そんなテールの様子など歯牙にもかけずに、この場の四人のパーティ【金色の鷲】のリーダーである赤髪紅眼の男ランドは、面倒くさそうに繰り返しの言葉を投げた。

 

「だから。お前が何を言おうと、これは決定事項だ。テール、お前は今日のダンジョン探索を終えた今、このパーティから除名だ」

「それをふざけるな、ってさっきから言ってるんだろ!! ようやくこれから前人未踏をかけたエリアに突入するってところなのに!」


 テールたちが挑むのは、四人が暮らす冒険都市ダンテの中心にあるダンジョンだ。

 多くのパーティがダンジョンに挑みしのぎをけずっているが、【金色の鷲】はその中でも現在人気沸騰中の若きエースである。


 そしてテールが言うように、【金色の鷲】は第七階層で十分な研鑽を積み、いよいよ次は第八階層へ挑戦しようというところだった。

 ダンテのダンジョンがいつからそこにあるのか定かではないが、百年に渡る公式の記録を紐解いても、第八階層より先、第九階層へ到達者は皆無。


 もし第八階層を踏破し、第九階層へと足を踏み入れることができれば、まさに前人未踏の快挙といえる。

 ダンジョンに潜る理由は人様々だが、偉業達成の可能性を前に、梯子を外されて喜ぶ者はいないだろう。 


 テールとランドの堂々巡りの言い合いに、良い加減嫌気がさした土色の短髪の女が舌打ちを始めた。

 紫色の瞳は苛立ちの色に染まっている。


 彼女ターニャは自らの肉体を武器とする女武闘家だ。

 敵対するモンスターどころか、その闘いを観る者たちを圧倒する素早さと、爆発にも似た破壊力を持つ打撃を繰り出すことで名高い。


 しかし彼女の数ある短所の最たるものとして、短気であり、頭に血がのぼると見境なく手が出るというものがあった。


「さっきから黙って聞いてりゃ、うだうだうっせんだよ‼」

「うぐっ!」


 ターニャが振るった腕に、テールは後ろに引いていた椅子ごと吹き飛ぶ。

 騒がしい物音を立てながら重厚なタンスに激突したテールは、打たれた胸を苦しそうに抑えながらよろよろと立ち上がった。


「良い加減わかれよ! 私らがこれから向かう場所はどこだ? 第八だろうが! 周りは破壊不可能な壁だけ! 土魔法しか使えないお前が何の役に立つってんだよ⁉」

「それは……」


 テールが持つ才能ギフト土魔法は、他の属性とは異なる点がある。

 火炎や爆発を生み出す火属性を筆頭に、その他の魔法は術者の魔力さえ足りれば、無から有を作り出す。


 ところが土属性だけは、その場に存在する土や鉱物などを操ることしかできない。

 それでも水中や空中を移動するのでなければ、必ず地面がある。


 事実第七階層まで、テールは土魔法の不利を感じさせることなく、パーティのダンジョン攻略に貢献してきた。

 ところが。


 ターニャから話の続きを奪うように、青色の緩やかなカーブを持つ長髪の女が口を開く。

 彼女イリスの薄緑色の瞳は、いつものように弧を描く縁に収まっているが、口から出た言葉は侮蔑そのものだった。


「だから私前から言ってたんですぅ。もっと華のある人に変えようってぇ。大体、第八階層の地面も壁も天井も、土魔法どころか傷一つ付けられないって常識じゃないですかぁ。だから上位を目指すパーティに土魔法使いなんて初めから入れないんですよ? なんで今まで平気な顔して居座ってたんです?」

「イリス、お前っ!」


 未だに痛みが取れない胸に当てていた手を握りしめ、テールはイリスを睨みつける。

 イリスに言われたことは事実であり、事実であるからこそ、テールの心を逆撫でした。


「と言うことだ。テール。正直に言うが、あの日俺がお前とダンジョンに潜ることを決めた時の言葉に偽りはなかった。なかったが、状況は変わるんだ。俺もお前ももうあの頃みたいなガキじゃない。大人になれ。これ以上親友の俺を困らせるな」

「親友だと⁉ 散々苦労を分かち合い、ようやく夢に辿り着きそうな時に見捨てるのが親友かよ‼ 笑わせるな!」

「もういい。お前のことを思って言葉で諭そうと思ったが、これ以上はお互い時間の無駄だ。口で言ってわからないなら、探索者らしく身体でわからせるしかないな」

「ランド! 貴様っ……ぐはぁ‼」


 ランドは左手の指を鳴らすと同時に、小さな爆発がテールの懐で起きた。

 ターニャに殴られた時よりもさらに大きな衝撃がテールを襲い、背にしたタンスを砕きながら、テールは木屑と共に壁に打ち付けられる。


「見ろ。ここは宿屋の一室だが、周りに土がなければ自分の身一つ守ることさえできないお前が、第八階層に行けるとまだ本気で思っているのか? 邪魔なんだ。お荷物なんだよ!」

「きゃははは! やっぱりランドの魔法は華がありますぅ。その点土魔法って地味ですよねー。それにランドはあなたと違って剣の才能もある二重才能ダブルギフトですしぃ。そろそろ気付いたらどうですかぁ? ランドとあなたは格が違う、不釣り合いだってぇ」


 ランドの魔法ですでにテールは意識を手放してしまっていた。

 地面に横たわるテールのみぞおちを、イリスはつま先で思い切り蹴りあげ、無理やり意識を呼び起こす。

 テールが本日三度目の呻きをあげる。


「と言うことなんでぇ。もう私たちのパーティに関わってこないでくださいねぇ? あ、あなたの代わりは、私がちゃんとした人を見つけるんで心配しないでいいですよぉ」

「うぅ……」


 テールは辛うじて地面から顔を上げ、イリスに恨みの視線を投げることしかできない。

 イリスは普段から顔に貼りついてる笑みを、いっそう強くしてテールに言う。


「それじゃ私たち、こんな壊れちゃった部屋、出ていくんでぇ。この部屋の修繕と宿代はあなたが払っておいてくださいねぇ? タンスとかァ壁とかァ、こんなにしちゃってオーナーすごく怒っちゃうと思いますよ? これもあなたがさっさと出ていかないからですからね?」


 イリスは首を少し傾け、テールの反応を待つ。

 テールは目の前のイリスの後ろに立つ、かつての親友ランドに視線を向けるが、返ってきたのは今にも射殺されそうな強いまなざしだった。


 テールはよろよろと立ち上がり、自分の身体の状態を確認する。

 服の前面は大きく焦げ落ち、その損傷は腹部まで到達している。


 他にも吹き飛ばされた際にできた様々な擦過傷が無数にあり、血が滲んでいた。

 魔法使いとはいえ、第7階層に潜る他のパーティに遅れを取らないようにと、鍛錬した肉体が功を奏した結果だ。


 もし常人ならば、ターニャの最初の一撃で胸部陥没による死亡。

 ランドの攻撃に至っては、原型を留めるのも難しかったかもしれない。


 とはいえ、今のテールの負傷した身体はけして無事といえない有様だ。

 このまま治療を施さずにいれば今後の生活にも支障をきたすだろう。


「わかった……パーティから、【黄金の鷲】から脱退する。もうお前らにも関わらない。だが、イリス。最後に治癒魔法をかけてくれないか?」


 テールが弱々しい声でイリスに治療を請う。

 イリスは治癒などの効果を持つ光魔法の使い手だ。


 今までも前線で戦うランドやターニャの傷付いた身体を癒やしてきた。

 光魔法の才能ギフトを持つ探索者は珍しく、依然脱退したメンバーの代わりにイリスの加入した際には、テールも他の二人同様喜んだものだ。


 しかし……

 テールは短くはない【黄金の鷲】での記憶を振り返り、イリス加入から大きく変わったことを意識せずにいられなかった。


 共にダンジョンで名を上げようと誓いあったランドは、徐々にテールではなく、イリスに相談をすることが多くなった。

 それに比例するように、テールが話題を持ちかけようとしても、忙しいという理由で断られることが増えた。


 テールが過去を逡巡していると、顎に手を当て、考えているような素振りを見せるイリスが、変わらぬ笑顔で答えた。


「良いですよぉ。私に魔法をかけて欲しいんですよね……はい! かけましたぁ。あはははは! ずぶ濡れ。あはははは!」

「うわっ!」


 イリスが手を前に突き出し短く詠唱すると、突然テールの頭上に人ひとりが入れそうな大きさの水球が現れ、重力に従い落ちた。

 真下に居たテールは全身で水を受け、水圧で再び地面へと押し付けられる。


「あなたなんかに治癒魔法かけるわけないじゃないですかぁ。気付いてなかったんですか? 私、一度もあなたにかけたことないんですよ? 運よく死んでくれたら、って思ってたんですからぁ」

「う……うぅ……」


 突然自分の身に降りかかった数々の仕打ちに、テールは唸る以外に何も思いつかず、その場で沸き起こる複雑な感情に身を震わせていた。


二重才能ダブルギフトを持つメンバーが二人もいるパーティに土魔法使いなんて、これっぽっちも要らないんですよぉ。じゃあ、そろそろ私たち行きますねぇ」

「テール。お前には才能がなく、俺らにはあった。ただそれだけだ。じゃあな」


 テールは破壊され、水浸しになった部屋に一人、三人が出て行くのを絶望の眼差しで見つめることしかできずにいた。

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