第37話 迫りくる呪い



「……!」


 額からじわりと水滴が滲み、鼻すじに沿って落ちてくる。冷たい汗だ……血じゃない。ぶつかった衝撃は、予想よりもずっと弱かった。ぶつかる寸前までは確実に、頭を割るほどの勢いがあったように思えたけど。


 理子の身体が横に流れる。握った石を包み込むように、大きな手ががっちりと掴んでいた。威力を和らげてくれたこの手が、私の頭に当たったみたいだ。そうとしか考えられない。 


「ぐっ、危ない……愛理さん大丈夫でしたか?」

「……、……」

「涼、あたしを捕まえてて。動き止めてないとヤバい……」

「分かってる。呪いが暴れてるからな。追い詰めたのはいいが。愛理さん? 苦しくないですか……息、してます!?」


 呼吸は辛うじて出来る。

 それを確認させることで安心させ……られてないぞ? 普通だろどう見ても。二人して真っ青な顔をしてる。いや、それは私か? 視界がどんどん悪くなっていく。理子の口元だけがやけに鮮明に映った。歯を剥き出しにした笑みを浮かべている。


「そう、金縛りみたいな状態なのね。ならしばらく様子見として……手を繋いだ格好のまま歩ける? 影響を受けてない涼をあの場所まで行かせれば、呪いを壊せるんじゃない?」

「ちょっと難しいな」


 二人はお似合いのカップルに見えた。恋人つなぎじゃなくて、石を握り合っているが。涼くんは身じろぎして理子の腰に手を回し、覆いかぶさる体勢になった。力が込められているのか、理子から息が漏れる。


「さすがにこの体勢はごまかせないわよ!? ぜったい誰かに呼び止められて面倒になる……なんとかならない?」

「……ううん、なんともならない」

「ねえ、ホントに歩けないの? あたし達どちらかが距離を取れれば、涼が動ける。あと少しなんだ。時間だってそうかからないはず……」


 言われるまでもなく抵抗はしてるんだけど、その度に呪いが強く結びついて干渉してくる。理子を意のままに操り、自分の動きを止めてしまう……でも、。中途半端な気がする。意識ごと飛ばすようなことをしないのは、同時に二人以上を支配出来ないってことじゃないのか? 涼くんが言っていた。効率よく大多数の人間を呪う反面、それぞれを支配する力は強くない。そのはずだ。

  

【足を動かせ】


 今も誰かが話しかけてるような気がする。私の頭でずっと。朝とか夜に出て来る後悔や弱音以外の……声にならない声。魂の奥底にある扉を何度も叩くような意志があって、何か伝えようとしているのが分かる。いま私がしようとしていることも。

 

「理子……!」

「え、動けんの!? でも、これなら……」

「涼くん。呪いを断ち切る方法は? 埋まっている何かを壊すか移動させればいいんでしょう?」

「あんた何を……」

「シャベルもってない?」

「はぁ?」

「二人の考察は合ってるんだよたぶん。倉田さんが過去に残した何かはこの団地に埋まってる……それもすぐ近くだ。呪いの影響で繋がっている今なら場所は簡単に辿れる。さっさと決着を付ける……早い者勝ちね」

「ふざけんな! あたしが足手まとい……? 涼っ、首を締めて気絶とかさせられないの? 涼たちで呪いを壊しに行けば」

「そんなこと無理に決まってるだろ!」

「理子。その思い付きはきっと失敗する。呪いの力が散っているからいいんだよ。あんたが意識を失ったら、呪いは対象をどちらかに振り絞る。だから、いまこの状況はチャンスなんだ。絶対に逃すものか……!」


 それに涼くんの指か手首、折れてるんだよなあ。平静を装ってるけど顔色悪すぎ。私をかばった時に怪我したんだ。涼くんが守ってくれなかったら、いまごろ頭を叩き割られて倒れたまま。理子もそれは分かっている。やるならこの瞬間、呪いに二人がかりで対抗してできた隙にねじ込む。理子の分まで足を踏み出すんだ――私が行くしかない、けど。

 

 私だけで出来るのか? 足が竦み全身が震えているこの情けない様で? 呪いと深く繋がっているからこそ分かる。そもそも辿り着けるか確信が持てない。近付けば近づくほど嫌な空気が増して影響も強くなっていくのが分かる。倉田さんのように息が詰まり、心臓も動かなくなるのも。あの冷たい身体と……同じ最期を迎えるだけなんじゃないか。


 理子が涼くんの拘束を解こうと暴れ始める。いよいよ呪いが私を止めに来たと最初は思った。だけど懇願するような必死さに違和感があり……石を振り落とし、こちらに【手を伸ばして】来た所で確信に変わった。理子は今、強い気持ちで自らを衝き動かしている。

 



「だめ待って。ねえ……ねえさん!」



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