第25話 池屋 涼②



「……お前。身内を巻き込んだのか?」




 低い声がテーブルに響いた。

 涼くんは静かに、ひそやかに……怒りを露わにしている。

 小さな呟きのはずなのに、口調以上の鋭さが突き刺さるようだった。私や理子へ発する感情と言うよりも、家族を関わらせた行為自体に対する強い拒絶が伺える。辛い経験をしたことがあるんだろうな。そんな気持ちが伝わって来る。私もそうだったから。


「落ち着いて。違う。あたしが勝手に首を突っ込んだの。好奇心の代償にしては割に合わないけど」

「それで俺を呼んだって訳か」

「こうなった以上はミスは出来ない。自らの行いを後悔するなんてのもね。涼ならあたしの言っている意味、分かるでしょ?」

「……ならいい。脅すような真似してすまん」

「もし想像通りだったら、幻滅してた?」

「別に。理子は人を利用するけどさ、頼りにはしない。自分でやるところまでやる奴だし。俺を今この時点で関わらせたのも、呪いに関して俺まで被害が及ばないって確信したからだろ」

「うざ。珍しく他人語り?」

「語れるほどには付き合い長いしな。では愛理さん。友だちからの頼まれ事を果たしたいと思います。手をこちらに出して貰えますか?」


 頷いて右手を差し出す。

 テーブル中央まで伸ばした手を、涼くんはじっと見つめた。


「自分は人には見えないものが見えます。生物が纏う雰囲気みたいなもの……魂のようなものを。実際には感じる、と言う表現の方が適切でしょうか。見るよりも触れることでもっと鮮明に分かりますが。愛理さん。手を握っても?」

「ど、どうぞ」

「なんで涼も緊張してんのよ。ちょ、震えてるけど……」

「あのな。俺にとって知らない人じゃないんだ。ある意味、愛理さんの運命を委ねられている身だ。病院の手術とかもそうじゃないのか? 冷静な判断を保てない恐れのある近しい患者を、医者は執刀できない」

「それでも

「理子ならそうだろ」

「涼と同じ考えよ。誰かに任せるなんて、ねえ?」

「……確かに」


 涼くんが苦笑して私の手を取った。握手というより、優しく包んだ程度のもの。触れた指先から温かさを感じる。遠い昔、理子と手を繋いだ時みたいだ。ひねくれ者の姉を少しでも理解しようと、幼い妹は手を見つめ続け、触り、撫で、押し、つねっては叩かれて泣いた。今もそうだ。涼くんは私から何かしらの反応を探っている。


 私の手を真剣な表情で見ている……この顔。

 小学校の時、廊下で女の子を叩いていた子を怒鳴ったことがあったが、その子が涼くんかもしれない。思えばあれは子ども特有の理不尽な怒り方だったな。その場面を切り取っただけと言うか。本当のところは女の子がいつも意地悪をし続けて、我慢していた子が耐えかねて叩いたらしい。その話は理子から聞いたんだっけ? 本当なら頭ごなしに男の子を怒らず、どちらが悪いか背景まで辿った言葉かけをすれば良かったが。まあ小学生じゃあね。……しかし、わからないな。小さい子はみんなかわいいイメージがあって、涼くんとはぴったり繋がってこない。


「魂には色があります。その時の感情や状態で変わり、表面的な部分ほど移りやすく、深層的なものほどその当時の色のままです。こうやって魂を感じ取ることに慣れると、その色の濃さや混ざり具合で、おおよそその人が今どんな状態か、分かるようになりました」

「人を見る系の占い診断に似てるんだね」

「まあ、自分の見える物がオーラとか霊的エネルギーかどうかは知りませんが。独学でやってきた弊害ですね」

「私はどんな風に見えるの?」

「……ええと、は濃い青色です。愛情深く、周囲を思いやる。将来への不安。自分を表す苦手意識――」

「そういうのいいから。他に見えたものは? 涼の診断を聞かせて」

「診断? そんな大層なモンじゃないよ。それはもっと……俺の及ばない領域の人たちのすることさ。つまり除霊や解呪ができるすごい人たち。明確に治すために、状態を分かるってことだから」


 涼くんは手を離し、下を向いて息を吐き出した。

 額にうっすらと汗がにじんでいる。


「俺が分かるのは、目の前の人に別のものが混じっているか。本人以外が原因の強い影響を及ぼすもの……ある種の異常を探せるだけだ」

「それで? ずっと隣にいたし、もうとっくに結論は出ているんでしょ。あたし達二人には? 呪いみたいな異常は? あるのないの?」

「……ある」



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