第26話 呪いの跡を辿って
「解決策は?」
理子の声は落ち着いていた。涼くんも医者のような雰囲気で感情が読み取れない。指先が震え出す私とは対照的だ。私だけが動揺を露わにしている。
「先に俺が読み取った異物に関しての見解を伝えたい。理子の予め伝えてくれた情報も踏まえて、二人にかけられた呪いについて話す。まずは現在の状態からだが……」
「回りくどい言い方はしないでよ?」
「愛理さんも理子も、ある絵画を見るか触るかして呪いをくっつけられた。二人の行動からもそうだし、呪いが刻一刻と進行している度合からみてもそれは間違いない」
「の、呪いが進行している……?」
「絵画にかけられた呪術は『即死』『数回または複数の条件を満たせば死ぬ』みたいなカテゴリーには該当しない。見た瞬間心臓が停止したり、触ったり見たりを繰り返すと、って呪術体系も存在するからな。自分が視た感じだと、じわじわと呪いが強まる……悪性腫瘍の増殖みたいなタイプなんだ」
「ふぅん、死に至るまでが遅いのね。弱いってこと?」
涼くんが首をふる。
「誰をどう呪いたいかによる。個人で込められる念は最大でも魂一つ分だ。憎んでる対象が一人なら命を懸ければ即死だって可能だし、数人なら条件付きか猶予付き。でもよ、倉田スミレさんの絵は違うぜ。より多くの人を効率良く呪い殺すにはどうするか……針で刺すよりも小さな呪いの染みを付けて、あとは勝手に増やしてもらえばいい。俺はその絵を見ちゃいないが、関わった人全てを絶望の淵に落とす……どんな経緯があって、どんな想いが込められてんだろうな」
「涼が見たら、もう少し色んな事が分かったかもね」
「情報は二人が充分伝えてくれてるよ。この状況を何とかする方法もいくつか浮かんだ。一つは……倉田さんの関わった全ての絵を徹底的に破壊することだ」
「で、でも! 絵はまとめて燃えて……無くなっちゃったはず……!」
「本当にそうでしょうか? ひっそりと飾られていたり展示されている分……理子から聞いていますよ。展覧会とまでいかなくてもね。どこかで人が目にしている絵画が残ってる可能性は?」
……倉田さんが絵を展示している場所は確かに思い当たる。理子が意識が飛んでる状態の私に喋らせたのか。当然ながら話した覚えはない。
「駅前の道にギャラリースペースがあって……そこに数点の絵が飾ってあるかも。展示期間は過ぎていないから、取り外しもまだだったような」
「本人は亡くなっています。倉田スミレさんの許可を取るのは手間が掛かりそうだし、担当の職員を騙すか、強引に叩き壊す。まあそこは俺が上手く立ち回りましょう。実際にやるならばですが。問題は全ての絵を破壊したとして、二人の呪いが消えるかは確定しないってことです。これ以上呪いの影響が広がらなくなる、という一応の解決はしますが……」
「北川姉妹は不可解な死を遂げる。その結末を変えられるかどうか」
「そうだ。ただ、やってみる価値はあると思う」
テーブルの会話が少し遠くなった。
理子が死ぬ……? それは困る。ダメだ。絶対にあっちゃいけない。そもそも涼くんの判断は信じられるのか? ああでも理子は疑っていないみたいだし、人の悪意に敏感だから騙そうって気だったらすぐ分かるはずだ。嘘を言う意味もない。それ以上に……彼は真剣だ。それが十分に伝わってくる。
「二つ目は俺が術式を破ること。これは二人に掛かっている呪いを無理矢理引き剥がすんだが……」
「ちょっと待って。そもそも涼が呪いを解けるって話は聞いてないんだけど? そんな方法、なんで言わなかったの?」
「リスクがでか過ぎるからな。解呪がカギ開けだとしたら、術式破りはカギ穴の破壊だ。成功してもすぐ元通りとはいかない。精神の修復に数年かかることだってあるし、二度と起き上がれない可能性もある」
「失敗したら? 脳みその皺へ迷宮入り?」
「長く苦しむか、一瞬で楽になるかは正直分からん。解呪できる霊能者でもいれば頼むんだろうが……時間制限がある上に、探せたとしてもマジの本物という確証がない」
「それ試したことは……あ、いや、やっぱいい。言わないで」
「これはどうしようもなくなった最終手段と思ってくれ。最悪よりマシってだけで俺はやりたくない。この選択を取る時……理子たちは意識も失っているだろうから、今のうちに言っておく」
理子が涼くんに軽く頷くと、私の方を見た。
口端を歪め、少しだけ歯を見せた薄笑いを浮かべる。ムカつくなあ。理子は私が辛く苦しんでいる時、いつもその顔をする。
「顔が青いけど気分悪いの?」
「……へいき」
「涼。追い詰められてるのは分かってる。でも可能性があるなら賭けたいの。このマズい状況をまとめてひっくり返すような……あたし達向けの手段を聞かせて」
「呪いに紐づけられた根源を断つ。それが最後の方法だ。呪いそのものの破壊……実は絵画自体は発信源じゃない。もしそうなら関わった絵が燃えた時点で消えるか弱まるかしなきゃおかしいんだ。その始まりをこれから探す」
「じゃあ絵は……携帯の画面みたいなものか。中継ではなく基幹を潰すのね。それで具体的には?」
「倉田さんが絵よりも執着していたもの。魂を絵画にして塗りこめた、なんてのは魂の表層。その薄皮一枚を張り付けた程度に過ぎない。魂まるごと、倉田さんの半身のようなものが――この世に残っている。その因果を見つけ出して断ち切れれば、すべては元通りだ」
「それには倉田さんのルーツを暴く必要がある……好みでいいわ。必死こいて呪いに追い詰められるより、やり甲斐とやる気をもってあたしが追い詰める……こっちの方がね」
理子が立ち上がった。
掛けてある自分のバッグを取り、リビングを出るところで振り返る。
「涼。手分けした方がいい。優先順位はどうつける?」
「まずは倉田さんに対する情報を掘り下げる。実家のカスミさん夫婦は話を聞ける状態にないだろうから……団地で亡くなった岡崎とナミノキョウイチ。絵の関りがありそうな角度から探るのがいいと思う。あとは駅前のギャラリースペースを見て、倉田さんの絵から読み取れるものがあれば……」
「なら駅前にはあたしが行く。団地周りは二人に任せる。人に聞き込むのはどうも向いてないみたいなのよ」
「そりゃまあ理子は……」
「なに?」
「うん。いや、うん。何か気付いたり、ヤバくなったら連絡し合おう。本当は全員固まって行った方が心配ないんだが」
「あたしはまだ平気。そうでしょう?」
「……電話、いつでも触れるようにしとけよ」
「わかった。後は頼んだから」
そのまま弾かれたように玄関から外に出て行った。
最寄り駅だがかなり距離があり、私の歩く遅さを加味しても団地に着く方がずっと早い。その後は理子が団地の方に合流する。岡崎さんのことを……ああ、そうか。同じ階に住んでた棚橋さんに話を聞いてみるのが一番いいのか。通りで理子が避けるわけだ。昨日は脅して答えさせたようなモンだからな。
涼くんが上着を取る。
ティーカップは……あれ、理子が全然口をつけてない。どれだけ急いでたんだか。でも二手に分かれるのは余裕がないってことだ。後で片付けよう。呪いの件を終わらせてから……!
「俺たちも行きましょう。理子と調べておいた情報。団地に着くまでに共有できることは話しておきたいです」
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