第24話 池屋 涼①
「そろそろ座ったら?」
「もうちょっと」
壁掛けの姿見で横顔をずっと見ていると、理子が呆れて声を掛けて来た。でもすごい。止められない。感心のため息が漏れ続けてる。
こんな大人可愛いヘアスタイルを短時間で作れて、しかも私に似合うように合わせるなんて……流れもハネも自然なのに作ってる感じがしない。何もかもが……単純なスタイリングやオイルもそうだけど、まずメイクの完成度から違う。私が一時間顔をこねくり回しても絶対こうはならない。
「スタイリストとか目指さないの? 理子なら出来るよ」
「はいはい。動きやすさは伝わったから。服の着心地は?」
腰をひねり後ろ姿を鏡に映す。怖ろしいほどぴったりと馴染んでいる。ここまで変わると違和感がありそうなものだけど。あくまで私の延長線上にありそうな化粧と髪型、そして理子の選んだ服が決まっている。背伸びしてギリギリ届く洗練されたファッション。
「いい。すごくいい」
「……小学一年生でも言葉をもう少し盛れるんだけど?」
「理子の考えた
「なら背中丸めてないで胸張りなよ。せめて着飾った分はしゃんとして。もうすぐ来るから」
「住所は伝えてあるの?」
「たぶん心配ない。必要なら携帯で聞くだろうし」
「どんな子? 単に占い好きとかじゃないでしょ?」
「そういう曖昧なものを嫌うって点はあたしと似てる。でも徹底的に白黒つけないと気が済まないってタイプじゃないなあ。あいつはひたすら距離を取って関わらない。誰かに頼まれでもしない限りはね」
そして今回、呪いに関してのアドバイスを依頼したってわけか。
テーブルにはお茶やお菓子など来客の用意がしてある。ポットの温度を確かめようとしたところで、携帯が鳴る。来た、と理子が短く言ってドアに向かうのを私は見送り、いかにも準備が終わりますって風にキッチンに引っ込んだ。
急に落ち着かなくなり手が汗ばむ。どんな女性が来ても、姉として恥ずかしくないようにしなくちゃ。せっかく私を着飾った理子のためにも。
数秒後、挨拶は【お邪魔します系】に【どうぞ】と優雅に返す。
返すぞ……!
「お邪魔します」
「どっ……え、男……?」
「あ、上着はそこに掛けといて。ねえ、お茶入れてくれる?」
理子の指示に思わずキッチンに再び引っ込んだ。もうテーブルに用意してあるのに。ちらちらテーブルの方を覗くと、男の子が緊張した顔で姿勢を正して座っている。理子と同い年くらいだけど、思春期のようなぎこちなさがにじみ出ているようだ。お、男友達か。そうか。
理子が軽い調子で声をかけているが効果は今ひとつ。余裕が無くて気持ちが揺れに揺れてる。それどころじゃないって感じ。
私はけっこう人の顔を記憶できるタイプだ。
バスやタクシー運転手、駅の車掌さん。顔を突き合わせる時間さえあればしばらくは覚えてられるし、顔と名前を一致させるのもわりと得意。
でも、この子は……何だろう。特徴に乏しいというか、主張するものがないというか……頭の片隅にも引っかからない。すぐに忘れてしまいそう。そんな印象を受ける。
改めて見ると、どことなく雰囲気が私に近い。人付き合いが苦手で、感情が顔に出るから嘘がつけないタイプだ。優しさに付け込まれて苦労してそうな……理子の好みを知らないが、彼はいいように利用されているだけなんじゃないか?
全てを察した表情の理子がこちらを見ている。
「まだ? ……まあ別にいいけどさ」
「なあ北川。本当に俺が来るって伝えてたのか? なんか妙な齟齬があるみたいだ」
「気のせいよ」
「あのな……あ、挨拶が遅れました北川のお姉さん」
「紹介するわ。同じ大学の知り合い。
「池屋涼です。このあと幾つか話を聞かせてください」
「ええ、ぜひ。よろしくね」
お茶を入れながら、にこやかに答えた。
理子と涼くんのやり取りはわりと気安い感じがする。信頼……とまではいかないが互いに認めている部分はあるみたいだ。大学の講義とか一緒に聞いたり、レポートとかで協力していくとこんな関係になるんだろうか。そもそも妹の男の趣味を考えれば、仲良くしてるのが信じられないんだけれど。
「涼、緊張してるの?」
「そうみたいだ。愛理さんに会うの久しぶりだからかな」
「えっと……? 大学の友だちって話じゃ」
「実は大学だけじゃなくて小学校も同じだったの。だからここにいる全員は面識あるのよ」
「頼れるお姉さんって感じでした。ちょっと怖かったけど。学校行事では目立って活躍していましたし、低学年の面倒はよく見てましたよね?」
頼れるお姉さんかぁ……ん、怖かった?
理子には遠慮のない厳しい態度を取ってたけど、他の子にはちゃんと高学年らしく振舞ってたんですが。よくあるアレかな。年上のお兄さんお姉さんがいるだけで威圧というか、一年生が怖さを感じてしまうってアレ。
「もう少し言うなら涼を家に呼んでたりもしてたんだ。小学校のとき何人か友だち来てた時あったでしょ」
「確かに、理子はけっこう家に連れてきてたな。男女の隔たりもあまりなかったイメージ」
「ママの手作りお菓子、評判良かったしね」
「あれ目当て理子に付いて来る友だち多すぎて、おやつ食べてからって家に来いってルールにしたんだった。作る量も手間も大変だしさ」
そのうち入り浸りみたいな感じになって、理子の友だちを追い返すような態度を取ったんだっけ私が。母もはりきっちゃってさ……父も土曜日曜と気が休まらなかったと思うけど、嫌な顔や怒ったりは一度もなかった。むしろそれ以上に色んな場所に連れて行ってくれた印象だ。
しかし、涼くんか……いたかなこの子。理子の友だちはわりと私に話しかけたり、一緒に遊んだりが多かったのに。おやつに群がる連中は実力行使で追い返したが、その子たちと顔は一致しないし。
「覚えてないな……うぅん」
「む、昔の事ですからね。忘れてても仕方ないです」
「期待するなってあたしの忠告。素直に聞けば良かったのに」
「……ここまで理子の思惑通りかよ」
「ふふ。あんた達が間抜けってとこまでね」
無言で涼くんにお茶をすすめた。ここまでテンション下がるようなことかな? あるいは理子の手のひらで踊らされたのが気に障った? まあ理子といるならその性質と付き合うしかないんだよ。お互いに災難だけど。
「二人は同じサークルとかに入っているの?」
「いえ。自分も理子も無所属です」
「オカルト研究会なんてサークルに、出入りしてた時が少しあったっけ。今思えば興味本位であんな場所行かなきゃよかった」
「あれは数字じゃ分からない事を、よく分からないまま嗜む領域と言えるし、個々の思考や視点でさらに形が変わる。理子とは対極にあるモンだよ」
「確かに。未知を未知のまま進展も解決もなかった。単純に怖がっているだけ、ってのも多いし」
「ただの思い込みが大半だからな」
「そしてその残りは普通の人じゃ手に負えない」
理子が涼くんの方を向く。さっそく本題に入る気だ。よく知っている人と言葉を交わす時の……ほんのちょっぴり残っていた緩みが消えた。涼くんは理子の鋭い視線には構わず、自嘲的な笑みを浮かべる。
「俺も一般人と大差ないけど」
「よく言うわ。人と違うことが出来るのに」
「少なくとも解決はできない」
「方法は選んでられないの。あたし達の生死が関わってるんだから」
「……お前。身内を巻き込んだのか?」
低い声がテーブルに響いた。
涼くんは静かに、ひそやかに……怒りを露わにしていた。
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