第16話 倉田邸へ
理子に道を指示されながら歩いていく。
なんでも携帯に住所を打ち込むだけで、車のナビみたいに誘導してくれる機能があるらしい。そんな便利なやつ、教えてくれれば初めて事業所に行った時迷わなかったんだけど。今も。
指定された住所に向かううちに人や車の騒がしい音から遠のき、ひっそりとした雰囲気の風景が続くようになった。並ぶ街路樹は涼やかな影を落とし、一戸建ての区画がひたすらに広い。塀だけ取って眺めてみてもまるで壁のようだ。
もし倉田さんの実家なら、なんで団地に引っ越したんだろう? いくらでも生活に関するサポートを受けられたはず。足が不自由なら尚更のこと。でもそれをしなかった事情がきっとある。それぞれの事情が……家族の数だけ。
『はい。倉田ですが』
「……携帯電話の件で伺いました。北川です」
『ええどうぞ。中へおいでください』
インターフォン越しの挨拶が終わると磁力式の扉が薄く開いた。庭の飛び石、いや石畳が続いている。キョロキョロしながら理子と歩いていく。白砂利の敷き詰められた奥の方には屋根付きのテラスがあった。和洋折衷のお洒落さを感じさせる、気がする。こういう格式の設計が元からあるんだろうか。
さっき倉田さんの妹、カスミさんとのやり取り……訪問介護でドアのチャイムを鳴らした時と重なった。言い方や声の感じ、姉妹だから似るところもあるのかな。
石畳の曲がった先から音がする。
足を引きずる音。少しずつ前に進むリズム。急に涙が溢れてきて、気持ちが自分では抑えられずに揺れ出した。理子が前に出る。ちらっとこちらを向いて肩をすくめる。泣いてるのをどうにかしろと言っているようだ。
「この度はご愁傷さまです」
「……お心遣い、ありがとうございます。貴女は?」
「北川理子と申します。付き添いで一緒に来ました……ほら」
「こ、この度はお悔や゛み、申じあげっ、ます。北川愛理です」
「姉を悼んでくれているのね。ありがとう。本当は葬儀にも呼びたかったのよ? 文字通り世話になったし感謝していると聞いていたから。ただ、その、家族葬と決めた時に参列する方をかなり絞っていて……」
「お気遣いなく。預かっていただいた携帯電話を取りに伺っただけなので……ねえ、そうでしょ?」
返事をして頷く。
涙を拭いて改めて見るカスミさんは……やっぱり目とか雰囲気が似ていた。倉田さんの方が少し瘦せていたかな? ただ生活の違いというよりも高齢だったからかも知れない。
「ではテラスの方でお渡ししましょう。自宅に電話をした時にも伝えましたが、姉のことを聞きたくてね。いいかしら?」
「はい。もちろんです」
ゆっくりテラスの方に歩いていくと、椅子の所に男性が立っていた。旦那さんだろうか。口元を固く結んで目付きが鋭い。あれ、この人……知っているぞ? 会ったことがある。しかもつい最近……どこかで。
そこまで考えてふと違和感を覚えた。昔のことなら兎も角、ここのところ数えるほどしか人と会っていない。バスの運転手さん。コンビニの店員さん。そうそう。顔さえ突き合わせていれば、それがわずかな時間であっても基本思い出せる。数日のうちなら猶更だ。忘れてるなんて――
「うちの主人です。……愛理さんはご存知でしょうね。あの日、姉のアパートに向かった主人と話されていたそうで。もっとも緊急時でしたし挨拶はあまり出来なかったかもしれませんが」
「あ、はい。はい! 覚えてます。その節はどうも!」
「……」
旦那さんに頭を下げると、同じように会釈を返された。ヤバい。すごく軽い感じで返事をしてしまった。理子に後でダメ出しされるぞ。
旦那さんがカスミさんの椅子を引き、全員が席に着いてから小さな包みを取り出して開いて見せた。ごつごつした手が離れていく。
「こちらを」
「携帯、保管してくださったんですね。ありがとうございます」
「はじめは忘れ物だと分からず……充電だけしておいた。あの人の携帯が二つあるのは妙だと思っていたが……北川さんに返すのが遅れて申し訳ない」
「ええとその、普段から携帯あまり触らないもので。お気になさらず」
「そうか? 今回の件。訪問介護を含めて世話になった」
「こちらこそ助かりました。ほんの気持ちですが、皆さまでどうぞ」
そう言って、理子の選んだ菓子折りをお渡しする。
こういう所で妹は間違えない。値段とか格とか。携帯を大事に持っていてくれたことは、個人情報を含めたデータを漏洩しないように守ってくれたこと、なんて自分が配慮できなかった部分まで考えられる。私の真っ先に考える家族との写真とかメールのやり取りが戻らないかも、なんてより影響がデカい。
思ったまま褒めたり感謝したりすると、うんざりした顔されて私への嫌味が倍以上飛んで来るから、ちょっとしか伝えられないんだけど。
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