第22話 二季咲き

 魔法少女の女の子が二人、向こうの戦闘の様子をうかがっていた。


「誰!?」

「!? どうしたの?」

「いや……今、誰かがいたような気がして……」

「ふーん? まあ、こんなとこ、誰も来ないでしょ。それに、ウチらの声は普通の人には聞こえないっしょ。叫んでも意味ないしw」

「あははー、そうだったw」

「もうウチら手伝わなくていいかな?」

「だね。もうそろそろ決着つきそうだし」


 そのまま二人から離れるように、無骨な階段を上った。


「はぁ、は……っはぁ……」


 走り詰めで心臓が痛い。電車とバスを乗り継いで、遠目に空中線が繰り広げられているのを見たときから、全速力だった。

 二階の窓から、慎重に様子をうかがった。


(……!)


 黒づくめの魔法少女が吹き飛ばされていた。フードがまくれて、その顔があらわになる。


(あの子……!)


 あの女の子だ。わたしに疑うということを教えてくれた、あの女の子。


(助けたい……)


 助けたいよ。悪い魔女なんかじゃない。闇の組織だなんて、名前だけの話だ。良心ある、やさしい女の子を、助けたいと思うよ……。でも、わたしには力がない。この状況を打破するための力が……。


「は、放して! 放してぇ!」


 女の子の声が聞こえる。もう、なんだっていい。このまま声を上げるしか……!


「……ぇ?」


 肩にかけたポーチが、光ってる。正確には、ポーチの中の何かが。その光には見覚えがあった。おそるおそるファスナーを開けると……財布が見える。そこには、お金が入っている。それと、お守り代わりに入れていた、壊れたアミュレットが。まさか――。


「なおって、る……?」


 財布の中には、元通りのアミュレットが、桜色に輝いていた。

 フヨウはたしかに言っていた。アミュレットが壊れると、二度と魔法少女にはなれないと。そのアミュレットが元通りになっている。そんなこと……ありえるんだろうか? ううん! そんなことは後回しだ。


(お願い……力を貸して……!)


 桜の花びらが舞う。その桜吹雪の中で、フルールが浮かんでいた。あのときと同じように。さあ、手に取れと。その形状は、以前とは異なっている。八重桜だ。十枚の花びらが、フルールの先端で浮いている。そのうちの一枚がフルールから離れ、窓から飛び出した。



 ****

 


(助けて……。助けて……っ!)


 璃衣が目をぎゅっとつぶったとき、慌てふためく声が聞こえた。


「きゃぁっ! な、なに!?」


 桜の花びらを模したオブジェクトが、リーダー格の少女に襲いかかっている。振り切ろうとしてもなお付いてくる花びらに、彼女はたまらず後退していった。

 璃衣は顔を上げた。璃衣だけではない。この場の魔法少女すべてが、二階の窓から現れた闖入者ちんにゅうしゃに注目した。栗色の髪を二つに結った少女は、フルールを手にしている。黒いローブはまとっていない。普通の魔法少女なのだ。だというのに、今の所業は何だというのか? あまりに度し難いとしか言いようがない。その人物が杖を振るうと、先ほどと同じ形状の花びらが二枚、杖から分離し、璃衣をとらえていた少女たち目掛けて飛翔した。


(こいつ……闇の組織の仲間だっ!?)


 明らかに璃衣を守るような動きに、少女たちは確信した。なるほど、そのような仲間が助けに来たとしてもおかしくない。時間をかけ過ぎてしまったのだと、少女たちは唇を噛んだ。しかし、である。たかだか相手は一人。こちらは十人いるのだ。であるなら、取るべき行動は一つしかない。


「みんな! 好都合よ! この子もまとめて片付けるわ!」


 十人が立体的な包囲網を形成する。璃衣との戦いで学んだ戦術だった。桜色の光をまとう少女は、璃衣と同じてつを踏み、散っていくのであろう。そう、この場の誰もが思った。

 さて――桜の少女、仁喜さくらは自動追尾ホーミングの技を得意としていた。今から彼女が行うのは――その応用である。


「な、なんなのこれ!?」

「きゃぁあああっ!?」


 十枚の花びら。それは、敵の攻撃を防ぐ盾となり、敵の防御を割く剣となり、相手の魔力を削る銃となり、あたり一面を縦横無尽に駆け回った。十対十。数だけで言うのなら、たった一人の登場によって、この場の均衡が出来上がってしまったのである。――否、これは十対十ではない。


「っ! 退いてください! こんなことしたって、何の意味もありませんっ!」


 さくらの放った一撃が、弧を描いて魔法少女に向かう。軌道の読めないそれは、回避することはかなわず、魔法少女の一人に直撃した。そうだ。これは、十対十一なのだ。場の雰囲気は、徐々に変わりつつあった。


「なんなの、この子……!」

「センパイ……どうしましょう……」

「くっ……」


 璃衣との戦闘で、こちらは予想以上に消耗している。このまま続けたところで、相打ちになるのが関の山と見えた。


「みんな、聞いて! 目的は達成できたわ! これで、こいつらはあたしたちに手出ししにくくなったはずよ! 一旦退くわ!」


 風向きが変わり始めたことを察知していた少女たちは、一人、また一人と戦線を離脱していった。最後に残ったリーダー格の少女は、去り際に言った。


「あんた、見ない顔ね。名前は?」


 問いかけられた少女は、おっかなびっくり、こう答えた。


「や……闇の組織に属する人間が、自分の名前を言うと思いますか?」

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