第23話 これから

 辺りは静寂に満ちている。この場には、もう二人しかいないんだ。

 座り込んでいた女の子に声をかけた。


「あの! 大丈夫ですか?」

「あなた――」

「さくらって言います。仁喜さくら」

「そう。わたしは、時岡璃衣。助けてくれたのよね? 本当にありがとう」

「いえ……間に合ってよかったです。本当に」

「間に合った?」

「あの、じつは――」


 端末を開いて、メッセージアプリのスレッドを見せてあげた。時岡さんは自分の端末を取り出して、しばらく触ったあと、ぽつりとこぼした。


「ドジ踏んじゃったみたいね」

「え?」

「なんでもないわ。でも、あなた……魔法少女じゃなくなったんじゃなかったの?」

「え!? どうしてそのこと、知ってるんですか!?」

「どうしてって。それは、見たもの。あなたが倒れているところを。フヨウが連絡をくれたのよ」

「あ……もしかして、時岡さんが病院に連絡をくれたんですか?」

「そうよ。でも、わたしの言葉のせい、かしらね。悪いことしたみたいで、気が引けていたのだけど」


 ……!


「とんでもないです! あの! わたし、時岡さんの言葉のおかげで、前より物事を考えられるようになったんです。だから、その、時岡さんには、本当に感謝しています」

「そう、なの? だったら……よかった」


 時岡さんは微笑んだ。よかった。本当によかった。この笑顔を守ることができて。


「わたしも、よく分かっていないんです。どうしてアミュレットが直ったのか……」

「そうなの? 仁喜さん、あなたの魔法少女としての特殊能力は、どういうものなの?」

「えっと……それが、お恥ずかしい話、能力がなくって……あ」

「そう。もしかしたら、それがあなたの特殊能力なのかも知れないわね。再生か、治療か、よく分からないけれど」


 時岡さんは立ち上がった。


「さて、と。それで? あなた、闇の組織に入会したのよね?」


 ん?


「ほへ?」

「あれ。さっきそう言っていたじゃない」

「ぁ、ああぁあれはその! 本当の自分の名前を言うとよくないかなと思って、とっさに口にしたと言いますかっ」

「そう。ウソをついたのね。魔法少女なのに」

「う……」

「ふふっ、冗談よ。でもあなた、顔バレしちゃったんだから、大っぴらにはもう活動できないんじゃない?」

「そ、それは……時岡さんの言う通り、かも」


 つい勢いで出てしまったけれど、そういうことだ。


「璃衣でいいわ。名字、呼びにくいでしょ?」

「は、はい」

「ねぇさくら。よかったらなんだけど――」


 次の言葉を予想して、心臓がどくんと鳴った。


「闇の組織に、入らない?」

「――!」

「わたしを助けてくれた。っていうことは、わたしたちに理解があるということなのよね? この世の中を良くしたいと思ってるのは、あなたも同じだと思うの。だったら一緒に活動しない? 個人が集まれば、きっと大きなこともできると思う」


 闇の組織に入るか、入らないか――。


「どうかしら?」


 自分の良心に照らして、わたしはこう答えた。


「あ、あの! わたしも闇の組織のこと、気になっていました。役に立てるか分かりませんが……よろしくお願いします!」

「そう。よかった」

「ほへ……」

「それで、早速さくらに会わせたい人がいるのよ」

「え? 誰ですか?」

「闇の組織の総帥」

「ほへ?」

「今こっちに向かってるのよ」


 闇の組織の、総帥……?

 なにか、洗礼のようなものを受けるのかも知れない。

 ああ、これはいよいよ闇堕ちしたなと、わたしは他人事ひとごとながらに思った……。



 ****



 暗い部屋。そこで、誰かが会話する声が聞こえる。


「ねぇあなた。いつなの?」


 返ってきた答えは、その人物が予想していたものと一致していた。


「三百年前は随分暴れたそうじゃない。もう少しなんとかならないの?」


 しかし、この人物は、その予想を覆そうとしているのだ。

 それが成功に終わるのか、それとも失敗に終わるのか。今はまだ、分からない――。



 ****



 プルルル プルルル


「あ、もしもし、おばあちゃん? うん、遥香だよ。……うん……うん。でも、おばあちゃんダメだよ。電話なんか使っちゃ。……え? うん。……ううん? そうなの、かなぁ……。まあそれは置いておいて。うん。来週行くから。お姉ちゃん? うん、いる。代わろっか? うん。…………おねえちゃーんっ? おばあちゃん呼んでるーっ!」


 そして舞台は大鷺おおさぎへと移る……。 


(了)

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