第21話 簡単なこと

 メッセージの履歴を見ていく。


(じゃあ、どうやっておびき出す?)

(魔物が出てくるところが分かればいいんだけど)

(それ分かったら苦労しないでしょ)

(それな)

(う~ん)

(だったら魔物を運んでくればいいんじゃない? ウチらが集まりやすいところにさ)

(あたまよ。天才か?)


 突然、ピロンと効果音が鳴った。慌てて一番下まで画面をスクロールした。


(魔物をつかまえた。今から例の場所に向かうのでヨロシク)

(りょ)

(都合つく人集合!)


 闇の組織の子があぶない……! 行かなきゃ!

 ……行く? 行ってどうするの? もう魔法少女でもなんでもないんだよ。行っても何の役にも立ちっこないよ。でも、闇の組織の子に、何か知らせることはできると思うし……。間に合うかどうかも分からないんだよ。こんな遠いところまで行って、何もせずに、ただ帰ってくることになるかも知れないんだよ。でも、行ってみないと分からないし……。

 無意味に立ち上がって窓の外を見たり、かと思えばソファに座って端末をスクロールしたり……結局、わたしは動けないでいた。正解が、分からなかった。


「お姉ちゃん、さっきから何してるの?」


 遥香が、不機嫌そうに言った。


「あう……ごめん」

「ごめんじゃなくって」

「うん……」


 でも、こんなこと、どうやって説明したらいいか分からない。言葉が出てこない。


「さくら」

「……え?」


 ――あまりに、意外な声を聞いた。

 懐かしい声。お母さんの声。


「行ってきたら、どう?」

「え、あ……でも」

「頭で考えすぎなのよ。答えは、あなたの心の中にあるものよ」

「心の……」

。ね?」


 わたしが、いいと思うように……。

 そう考えたとき、急に前が明るくなったように感じられた。

 行くか。行かないか――。そんなの……決まってる。


「お母さん。わたし……行ってくる」

「そう。遅くならないうちに帰ってくるのよ」

「うん……ありがと」


 ポーチをつかんで、家を出る。駅まで走った。道中、さっきのやりとりが頭から離れない。久しぶりにお母さんと話をした。やっぱり、世の中はそうあるべきなんだと思った。アレナとか、そんなことは、大事なことじゃないんだ。



 ****



 繰り返すが、璃衣は優秀な魔法少女である。その敗因を挙げるとするならば――集団戦に慣れていなかったこと。彼女の特殊能力が集団向きではなかったことが大きいだろう。しかしながら、敵対する十人のうち、その五人を戦闘続行が困難な状態に追い込んだのは、さすがとしか言いようがなかった。その戦闘はと言えば、今や私刑に形を変えつつあったが。


「あぐっ……きゃぁっ!」


 攻撃を避けたかと思えば、背中から攻撃を受ける。その繰り返しによって、璃衣の動きはだんだんと鈍くなっていった。魔法少女たちも学習したのだ。集団戦の戦い方を。彼女たちも、これが初めての集団戦だったのだから。そしてついに、闇の組織の構成員の一人を、地に落としたのだ。


「ぁ……ぅ……」

「はぁ……はぁ……。随分手こずらせてくれたわ……ね!」


 リーダー格の少女が、倒れ伏した璃衣のそばまで歩み寄り、そのまま璃衣の腹を乱暴に蹴った。


「うっ……げほっ、げほっ!」

「よくそこまで魔物の味方になれるわね。頭おかしいんじゃないの? ああ、やっぱり魔物に洗脳されているのよね。だからそこまで狂信的になれるのよ。あんたが魔物に洗脳されるような弱い魔法少女だったせいで、本当、迷惑かけてくれたわね」

「ぅ……」

「まあ、それも、今日で終わりね」


 璃衣のかたわらに転がっていたフルールが、アミュレットに変わった。魔力が尽きたのだ。少女は璃衣から視線を外し、ゆったりと歩き始めた。その先にあるものは、そう、アミュレットである。


「な……!」


 少女が何をしようとしているのか。璃衣は最悪の展開を予想して、痛む身体を強引に起こした。しかし、その動きは、二人の少女に左右からつかまれ、止められてしまう。


「は、放して! 放してぇ!」

「まあまあ。そう暴れないでよ」

「そうそう。もうあんたが悪さしないようにしてあげるんだからさ」


 左右の少女はにやにやと笑っている。

 リーダー格の少女の厚底のブーツが、アミュレットに荷重をかけ始めた。


 みしっ……。


「ぁ……」


 魔法少女でなくなる――。それは無論、璃衣にとっても耐え難いことであった。この世界に魔法少女として貢献することは、璃衣にとって大きな喜びだったのだから。その想いは、かつて魔法少女であったさくらと、きっと同じだろう。


「やめ、て……」

「センパーイ。この子、なんか言ってますよぉ」

「はっ。今さらごめんなさいって? どうしよっかな~」

「あーセンパイ、もう踏み潰してますよぉ~」

「だめっ、だめぇ!」


 残念ながら、現代最強の魔法少女、御樫紗久は県境の山を越えたばかり。この場に間に合うことはないだろう。そして、このようなことは、神が干渉するには些末な問題なのだ。であるなら、もう、この先の結末は、決まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る