第19話 うつろい

 あれから、何日かが過ぎた。わたしは、普段通りの生活をしている。特筆することなんて何もない。仁喜さくらの、魔法少女としての生活は、もう終わったんだ。完全に。


「いただきます」


 昼の食卓で、二人分の声が重なった。わたしと遥香の分だ。お父さんもお母さんもいるけれど、二人はいつも黙礼だけ。食器を手に取ると、ニュースキャスターの声が聞こえてきた。


「続いて、大臣からのコメントを読み上げます。最近は、特にアレナの損失による健康被害が続出しており、また医療費の財源を圧迫しています。みなさんが健康に、そして長寿に生きていただくためには、アレナの損失を、国民一丸となって抑えなければなりません。そのもっとも効果的な方法は、御存知の通り、国民のみなさんが会話をしないことが一番なのです。我が国におけるアレナ損失防止に関する政策は、他国に比べ、遅れをとっていると言わざるをえません。これは、世界を牽引するトップの国として、由々しきことでしょう。しかし、今回、十六歳以上に適用されている特例健康保護法を十三歳にまで引き下げることで、ようやく他国の平均と並ぶことができるのです。加えて、スーパーコンピュータによれば、我が国の医療費は十パーセント削減され、しかも寿命が五年伸びる試算なのです。どうか、国民のみなさんには徹底して会話をお控えいただき、我が国の発展に尽力していただきたいと思います」


 そうなんだ。医療費が下がるんだ。そうしたら、国の他のいろんな事業にお金を使うことができるよね。それに、寿命が伸びるんだ。だったら、反対する理由なんて、どこにもないよね。


「……」


 少し前のわたしなら、それで終わりだっただろう。

 でも……そのスーパーコンピュータは、どういう実験条件で実験したの? 本当にアレナのせいで、みんなが病気になっているの? 他国ってどこなの? しゃべることをやめたら、本当にこの国は幸せになるの? アレナって、なんなの? そもそも、生命エネルギーを、どうやって精確に知ることができるの?

 疑念があふれてとまらない。どうしてこんな素朴な疑問を、過去のわたしは浮かべることができなかったんだろう。不思議で仕方がなかった。


「ごちそうさま」


 早々にご飯を食べ終えて、端末を開いた。


「お姉ちゃん、最近よく端末いじってるよね。何見てるの?」

「ん~。いろんな人の意見、かな。世の中の出来事に対する」

「え!? そんなの見てるの!?」

「ほへ?」

「お、お姉ちゃんに、そんなの似合わないよ」


 し、失礼なっ! 自分でも分かってるけど!


「でも、インターネットに書いてあることなんて、信用ならないでしょ」

「そうだね」

「そうだねって……」

「じゃあ、テレビで言ってることは、信用できるの?」

「え? それは……信用できるでしょ。それを信じなかったら、何を信じればいいのさ」

「ねぇ遥香。物事には、賛成意見と反対意見があるじゃない? そのどちらも聞いた上で、どちらがいいか判断するのが普通でしょ? でも、テレビから受け取る情報は、いっつもどっちかに偏ってる。本当にそれでいいのかな。その情報を鵜呑みにしても、大丈夫なのかな?」

「え……」

「今のニュースだってそう。賛成の人の意見しか言ってない。反対の人の意見は出てこない。どうして?」

「それは……ん、さ、賛成の方がいいって決まってるからだよ」

「そっか」


 今気になっている疑問を検索窓に打ち込んだ。


「お姉ちゃん……なんか、変わったね」

「そう、かな」


 だとしたら……きっと、あの子のおかげなんだと思う。大人びた、黒髪の女の子。多分、もう会うことはないだろうけれど……。

 気が付いたら、登校する時間が近い。ブラウザを閉じた。


(あ、これ……)


 魔法少女のメッセージアプリだ。今までほったらかしにしていた。


(……)


 最後にちょっとぐらい見てもいいよね。ちょっとだけ。それを確認したら、ゴミ箱に放り込んでしまおう。

 人差し指でタップしてみる。どうやら、まだ見られるみたい。


(あれ。なんか、新しいグループができてる)



 ****



 某メッセージアプリにて。

 未読12件。


(璃衣、メッセージ見てたら返事して。お願い。大変なことになってる)

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