第13話 闇の素顔(一)

「うっ……あ……」


 ここ……ビルの上? 黄色の花畑が、月明かりに照らされている。わたしは、ベンチの上で寝転がっているようだった。


「目が覚めた?」

「え?」

「ごめんなさいね。痛かった?」


 起き上がってみると、長い黒髪の女の子が立っていた。大人びていて、わたしよりも年上に見える。ベージュのセーターを着ていた。一瞬誰かと思ったけれど、間違いない!


「あなた、闇の組織の……!」

「そう。悪い魔女なのよ」


 茶目っ気に女の子は言った。


「わ、わたしのこと、どうするつもりなんですか?」


 わたし、負けたんだ……闇の組織に……。もしかしたら、わたしに特殊能力があれば、こんなことにはならなかったのかも知れない。それを思うと、悔しい気持ちでいっぱいになった。涙がこぼれそうになる。このあと、どこかに連れて行かれるのかも知れない。それか、魔物の餌にされたり……なんて……。思わず両手で身体を抱いた。


「どうも」

「――え?」

「どうもしないわ」

「ほ、本当に……?」

「本当よ。どうかするなら、とっくにあなたのことをさらっているでしょう?」

「それは……そうかも……」

「ただね。あなたには――」


 つばを飲み込んだ。


「疑問……?」

「そう。たとえばね。魔物とは、本当に悪い存在なのか、とかね」


 え……?


「フヨウから聞いてないかしら。最近は特に魔物が活発になってるって。ねえ、どうして? あなたはその問いに、答えることができる?」

「それは……魔物は悪を糧に生まれるから……だから、多分、悪いことを考えている人が、たくさん世の中にいるから、なんだと思う」

「ふぅん。最近の犯罪件数は、過去と比べてそんなに変わってないと思うけど? むしろ減ってるぐらいだし」

「え? そ、それは……」


 えっと、えっと……。


「……」

「なんとなくのイメージで語ってるようじゃ、まだまだね」

「う……。じゃ、じゃあ、あなたは、どう考えているんですか」

「さっきも言ったでしょう。あなたが悪なんだって」


 あ……。


「悪ってね、あなたの言う犯罪者だけが持つような、特別なものなんかじゃない。悪は、もっと身近なもの。与えられたことに対して、何も疑問を持たずに受け入れること。それを、わたしは『悪』と考えているわ」

「ど、どうして……それが悪なんですか?」

「たとえばの話よ。百人の村があったとしましょう。そこに、病気を予防するための薬を売りに来た商人がいたの。村のみんなは、薬を飲むことにしたわ。だって、病気にならなくて済むんですものね? でも、九十人だけ。残りの十人は薬を飲まないことに決めた。でも、この薬は、飲んだ人を殺す毒だったの。九十人は死んでしまった。そして、残りの十人も死んでしまったの」

「ど、どうして?」

「薬を飲んだ周りの人まで殺す毒だったからよ」

「そんな……」

「たとえ話よ、たとえ話。でもね、無批判に、何の疑問も持たずに薬に飛びついた九十人の村人たち。これを悪と言わずになんと言うの?」


 そのせいで、村は全滅してしまった……。商人の思惑通りに。


「わたしはね。こういう、何でも受け入れるような人がたくさん出てきたから、魔物がたくさん出るようになったって考えてるの。そして、魔物とは――」

「魔物、とは?」


 話に夢中になっている。続きを促した。


「――ここまでね。答えをあげると、自分の頭で考えないでしょ?」

「な……そ、そんなぁ」

「ね、そろそろどいてくれないかしら。コートがなくて、ちょっと寒いのよ」


 女の子は二の腕をさすった。

 はっと下を見ると、黒いコートが敷いてある。


「あ、ご、ごめんなさい!」


 急いで起き上がってコートを手渡した。コートをまといながら、女の子は言った。


「じゃあ、わたし行くから。痛い目みたくなかったら、おとなしくしていることね」


 女の子のフルールが顕現した。この青紫の花……桔梗?


「あ、あの!」

「なに?」


 とっさに呼び止めてしまった。だけど、何を言えばいいのか、何を聞けばいいのか、全然決まっていない。ひねり出した言葉は、なんとも場違いなものだった。


「あ……あなたの……あなたの名前は……?」


 女の子は、ふぅっと溜め息をついた。


「闇の組織に属する人間が、自分の名前を言うと思う?」

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