第11話 桜、堕つ(一)

「――――――!」


 ビルに張り付いた漆黒の異形が、粘性のある弾丸を宙に吐き出した。放物線ではなく、直線を描くほど勢いよく放たれたそれは、しかし、目標に当たることはなく、すべて虚空に消えた。

 反撃とばかりに、空から桜色の光弾が五つ、立て続けに異形へと迫る。が、これもことごとく避けられてしまう。異形の形状は蜘蛛。すばしっこい動きに、両者、攻めあぐねていた。

 ――そう思っていたのは、片方だけだったのだ。

 ビルの向こうへ消えた桜色の光弾が、尾を引いて大きく旋回する。それは、油断していた蜘蛛の胴体を、空から一直線にぶち抜いた。

 自動追尾ホーミング

 仁喜さくらが、この短期間で編み出した妙技であった。


 ****

 

 湯船に浸かりながら、今日の戦いを振り返ってみた。


「ん~っ……」


 最近は、すごく充実していると思う。

 魔物との戦いにも随分慣れてきた。それに、いいことをすると気持ちがいい。これでみんなが不幸になることをふせげたんだと思うと、誇らしい気持ちになる。


「……」


 唯一気がかりなのは、のこと。

 フヨウによると、魔法少女は、何かひとつ、特別な力を持っているらしい。けれど、わたしにはその能力がなかった。あるかも知れないけど、見つかってはいなかった。普通、特殊能力の使い方は、魔法少女になってから、すぐに分かるらしい。なのに、わたしにはさっぱり分からない。魔法少女始まって以来、わたしが初めての例外となっていた。


「ぶくぶくぶく……」


 このことを考えると、へこんでしまう。自分には魔法少女の才能がないんじゃないかと思ってしまう。ううん、考えるのはやめよう……。

 お風呂から上がって、自分のベッドにダイブして端末をいじった。メッセージアプリを開く。その指が、思わず止まった。


(また闇の組織に邪魔された。激おこ)

(ウソ!? ケガしてない? ホント、なんなのあいつら)

(だよね。言ってることも意味不明。ガチで頭おかしい)


 闇の組織……。


(あの、闇の組織って何ですか?)

(あ、さくらちゃん。ごめんね、伝えてなかったっけ。魔法少女に敵対する組織があるんだけどね、勝手にわたしたちがそう呼んでるの)

(おかしなことに、そいつらも魔法少女でさ。魔物をやっつけようとすると、いっつも邪魔してくるの!)

(そうなんだ……。そんな人たちがいるんだ)

(あいつら、魔物に洗脳されてるのかも。だとしたら納得)

(ありえる~)

(次会ったら、魔法ぶち当てて目覚まさせてやろうかな)

(さくらちゃんも気を付けてね)


 そこからは、闇の組織に関する悪口ばかりで、見ていられなくなった。

 魔法少女で構成される、魔法少女の敵対組織――。そんなのがあるんだ。でも、おんなじ魔法少女なんだよね? だったら、話せばきっと、分かってくれるんじゃないかな?


「ねぇ、フヨウ」


 ……?


「フヨウ?」


 あれ、いないのかな。闇の組織について聞こうと思ったけれど、どこか出掛けているみたいだった。いつも一緒にいるものが突然いなくなる。それだけで、こんなに不安な気持ちになるんだ……。


「――っ」


 この感覚……! 魔物が現れるときの合図だ! 今日だけで二回目。こんなこと、今までにない。嫌な予感を感じつつも、急いでパジャマから着替えて、フルールを取り出した。


「……」


 フヨウが現れる気配がない。

 なぜだか、行ってはいけない気がする。フヨウを待った方がいい気がする。

 ――気がするだけだ。そのまま、窓から飛び立った。

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