第10話 支配者

 二十一時。最高級ホテルの一室。ガラス張りの窓の下では、人工の灯りが瞬いている。車のランプが行ったり来たりしている様は、働きアリのように見えた。


「先生」


 呼びかけられた着物姿の初老の男は、スーツ姿の若者へ諭すように言った。


「君。こんな筋書きじゃあ、ダメだよ」

「ダメ、ですか……」

「えいっとやりたいのは分かるけどね。そこはぐっとこらえないと。外堀を埋めるっていう言葉があるでしょ? 外堀も内堀も埋めようったって、そうは簡単にいかないの。君も、明日から自分の考えを百八十度変えろだなんて言われたら、猛反発するでしょ」

「は、はい……」

「ま、例は何でもいいけどさ。最近の特例健康保護法とっけんなら、お年寄りから始まって、中年、若者と進んでいるし、消費税も年金も、少ないところから、じわじわじわじわ上げているでしょ。食品の表示の仕方も、注意しないと分からないように変えてきてる。そういうことからね、君、ちゃんと学ばないと」


 しばしの説教のあと、スーツ姿の若者は、肩を落として去っていった。

 彼らは、きっと政治に携わる者たちで、師弟のような関係なのだろう。そうして、思い通りに政治を動かすための技が、連綿と受け継がれていくのだ。実に良いことではないか。

 しかし、おかしな話もあるものだ。

 諸兄姉は、何がおかしいか、気付かれたであろうか。

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