第9話 魔法少女(二)
「次のニュースです。現在施行されている特例健康保護法について、国会は改定案を承認する方針を示しました。現在、十六歳以上に適用されている特例健康保護法は、各方面から適用年齢を引き下げるべきとの意見が高まっており、世論に押される形で承認に至ったと見られます。衆別院の小木曽議長は、未来ある若者の身体と精神の健康を守るのは、大人の当然の務めであると述べながらも、将来に多大な影響を与える法案であるため、最終的な判断は国民に委ねる他ないとコメントしています。今回の法案に関しては国民投票法が適用されるため、近く、投票に関する知らせが国民へと郵送される見通しです」
翌朝のこと。
家族そろって食卓を囲んでいた。隣にお母さん。
テレビに映ったバーチャル・ニュースキャスターの声が、いつもBGMになっていた。これ、全部コンピュータで作った音声らしい。
「これって、次は十三歳からだっけ」
「うん」
遥香が応えた。
「遥香、ちょっと損しちゃうね。本当なら、もう少し猶予があったのに」
「別に。これでみんなが健康に生きられるなら、いいことでしょ?」
「まあ、そうだね」
そうだ。これはいいこと。少しぐらい不自由でも、それは仕方のないこと。みんなそう思ってるし、わたしもそう思ってる。
「そんなことより、お姉ちゃん、昨日の晩、どこか出掛けた?」
「ほ、ほへ? ど、どうして?」
もしかして、何かばれちゃった!?
「玄関の靴、散らかってたから。女の子なんだから、そういうの、しっかりした方がいいんじゃない」
「あうっ」
本当にこの生き物は小学六年生なのだろうか……? 時々分からなくなる。
「さっきの慌て方……なんか、やましいことでもあるの?」
「な、ないない! ちょっと絵の具を買いに行っただけっ」
「ふぅん。お姉ちゃん、好きだね、絵」
「そうなんだ~。じゃあ、今から絵を描こうかな。ごちそうさま~」
食器を流しに置いて、階段を上って自分の部屋の扉を開けた。
そこには、新しいぬいぐるみが一匹増えている。それを見たとき、昨晩のことを一気に思い出した……。
****
わたしは、フヨウを部屋へと招き入れた。まだ、みんなは帰ってきていない。
「お水、いる?」
「お気遣いありがとうノシ。お構いなくノシ」
わたしはベッドに、フヨウは座布団の上にちょこんと座った。
「絵がたくさん飾ってあるノシ」
「あ、えへへ、そうなんだ。これ、全部わたしが描いたの」
「ノシ。さくらちゃんは絵が上手ノシ~」
「えへへ、ありがと」
さっき買った絵の具は、勉強机の上に置いてある。
「さて、いろいろ疑問に思うことがあると思うノシ。さくらちゃんが聞きたいと思うことから聞いて欲しいノシ」
「えっと……じゃあ、あの魔物……あれは、放っておくとダメなんだよね。どういうタイミングで出てくるの?」
「この世の悪が満ちたとき。そのとき、魔物は現れるノシ」
「悪……」
ゲームに出てくる、魔王のようなものを思い浮かべた。
「それは、なくならないの?」
「この世から悪がなくなることはないノシ。それは、仕方のないことノシ」
「そっか……」
「でも、最近は、魔物の数が特に多いノシ」
「そうなんだ。悪い人が増えている、っていうことなのかな……? あの、今回はたまたま上手くいったけど、魔物にやられちゃうっていうことも、その……あったり、するの?」
「ノシ」
あ……そうなんだ。死んじゃうことも、あるんだ……。
「でも、そんなことは滅多にないノシ。神さまの力は、さくらちゃんが思っているより、ずうっと偉大ノシ」
「神さまの力……」
首にかかった、桜色のアミュレットを手に取った。
「そのアミュレットは、神さまの力を受け取るために必要な媒体ノシ。それが壊れると、二度と魔法少女にはなれなくなるノシ。だから、大切に扱って欲しいノシ」
「わ、分かった」
これが割れちゃったらダメなんだ……。大切にしないと。
ぎゅっと握ったアミュレットに想いを込めると、アミュレットが光に溶けて、空中に杖が現れた。
「この杖は?」
「これは、フルールと呼ばれる魔法の杖ノシ。フルールは魔法少女によって千姿万態、ひとつとして同じものはないノシ。さくらちゃんのフルールは、見たところ長距離砲撃向きノシ。近接戦闘でも、きっと花びらが盾になってくれるノシ」
「ほへ~」
念じると、フルールが光の粒子となり、アミュレットに戻った。
「魔法少女っていうから、てっきり変身するのかと思ってた」
「へ、へへへ変身なんてハレンチノシっ」
「はれんち?」
日本語だろうか?
「じゃあ、魔法少年はいないの?」
「いないノシ。これは女神様の力。それを受け取れるのは、多感な十代の女の子だけノシ」
「そうなんだ」
「この魔法少女としての力の使い方を、ちゃんと練習しておかないといけないノシ。その辺りのことは、追々伝えていこうと思うノシ。ボクが新米魔法少女としばらく一緒に行動するのは、いつものことノシ。さくらちゃんさえよければ、ボクをおウチに置いて欲しいノシ」
まだ右も左も分かっていない。フヨウが一緒にいてくれるのは、とても心強く思えた。
「それはもちろん大丈夫だよ。あ! だけど……もしお母さんたちに魔法少女のことがばれたら、どうしよう……」
「それは安心して欲しいノシ。普通の人には、フルールを展開している魔法少女は目に見えないノシ。それに、ボクの声も聞こえないノシ」
「そうなんだ。それなら安心、かな」
家族に秘密で魔法少女活動なんて……なのかちゃんみたいだ。
「ああ、それからさくらちゃん。端末を持ってるノシ?」
「端末? うん、持ってるよ」
「魔法少女のみんなが使っているメッセージアプリがあるノシ。これを使えば、全国の先輩魔法少女とつながることができるノシ」
魔法少女のみんな……。そうだ。他にも魔法少女がいるんだ。なんだかわくわくしてきた。
フヨウの言う通りにメッセージアプリをインストールして、魔法少女・中部支部というグループに参加した。
「さあ、そのグループで発言してみるノシ」
「う、うん。えーっと……このたび、魔法少女になりました、さくらです。よろしく、お願い、します、と……わ、わわっ」
(よろしく! さくらちゃん!!)
(新しい仲間が増えて嬉しいな。何年生?)
(わからないことあったら、何でも聞いて)
(ガンバって悪い魔物を倒していこうね☆)
(よろしく。魔法少女狩りには気を付けるんだぞ)
ピロン、ピロンと、たくさん返事が返ってきた。このグループに入っている魔法少女は、百人くらいみたい。一気に友達が百人増えたような気分だ。みんな立派に魔法少女活動をしているみたい。
よーし! わたしも新米魔法少女として、頑張らなくっちゃ!
****
これが、昨晩のこと。その魔法少女としての一歩を踏み出すために、ぬいぐるみを手にとって呼びかけた。
「フヨウ。お部屋の中でも、魔法の練習ってできる?」
「もちろんノシ。やり方を教えてあげるノシ」
よーし、頑張るぞーっ。
「あ、お姉ちゃん(ガチャ)」
「ひゃぅうううっ!」
「ぴゃぁあああっ!」
フヨウを投げ飛ばした。
「は、遥香? な、なに?」
「今度おばあちゃんのところに遊びに行ってきなさいって、お母さんが。心づもりしといて」
「うん、分かった」
「……」
いぶかしげな目をして、遥香は出て行った。
「ほへ……」
「うぅ……ひどいノシ、さくらちゃん……」
「あう……ごめんね、フヨウ」
ベッドの下から這ってきたマスコットを、ひょいと抱きかかえた。
わたし……これから強くなれるかな。みんなの役に、立てるかな。
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