第3話 時岡璃衣(一)

 市立仙波せんば中学校。

 校舎を囲むイチョウの木は、紅葉の準備を整えつつあった。その校舎はと言えば、往時は白くまぶしかったであろうに、今となっては灰色にくすんでいる。その二階の教室から、女生徒が談笑する大きな声が聞こえてきた。


「ええ? うっそぉ! 時岡ときおかさん、小説なんか書いてるのぉ?」

「意外~、ってか似合ってなさすぎてウケるんだけどw」 


 凛とした雰囲気をまとう少女がひとり、廊下を歩いている。その少女が、教室の後ろの戸を開けた、途端、自身の席に群がる女生徒を見て絶句した。

 

「――! か、返してっ!」

「あれ、時岡さん帰ってきた。ってか時岡さん慌てすぎ~、珍しいね」

「ほんとほんと。いっつもクールビューティーって感じなのに」


 時岡と呼ばれた少女は、引ったくるようにB5のノートを取り上げた。


「あれだよね。結構中二ちゅうに入ってたよね」

「ウケるw ウチら中二じゃん。中二でいいでしょw ねぇ時岡さん」

「……」


 長い黒髪の間からのぞくまなこは、静かな怒りをたたえていた。


「時岡さん、それ、どこかで発表するの?」

「……そのつもり」

「へ~。だったら見せてくれてもいいじゃん。人の感想って大事っしょ」


 時岡瑠衣りい

 彼女は小説を書いていた。それはひとえに、少しでも人の意識を良い方向へ導きたいがためである。であるから、多数の人に自身の小説を見せることには、もちろん賛成である。しかし、彼女の伝えたいことが、眼前のにやけ顔の女子に伝わるかと問われれば、はなはだ疑問だとしか言いようがなかった。


「まだ、完成してないから」

「あ、そう。じゃあ、完成したら教えてね」

「うん、そのうち」


 璃衣は後悔した。こんな嫌な気持ちになるのなら、ノートを学校に持ってこなければよかったのだ。いくら筆が進むからと言って、わざわざ学校に持って来なければ……。


「ねぇねぇ聞いて聞いて、時岡さんってさぁ――」


 教室の隅から、笑い声が聞こえてくる。

 席についた璃衣は頬杖をつきながら、はぁっと溜め息をついて、気分を紛らわすように端末を取り出した。手のひらほどの画面には、特例健康保護法に関するニュース記事が映っている。そのコメント欄には、おおよそ次のような文字が並んでいた。


(やっと承認されたか。遅すぎ。政府はマジで無能)

(これでみんな健康になれるっていうのに、反対してる人はなんなんだろう)

(みなさん、ネットの情報に流されず、国民投票では、賛成に一票を投じましょう☆)


 璃衣は画面をスクロールする親指を止めて、ふと窓の外を見た。

 この調子なのだ。今日は――だろう。魔法少女としての務めを果たさなければならない。

 それにしても、この年齢としで魔法少女とは……小学生でもあるまいし。

 バレたらそれこそ笑いものだと、璃衣は自嘲した。

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