3話

「なあ、今日さ、どっか飯食いにいかね?」

「あいいね、前先輩達といった居酒屋にしようぜ」

「こうせいも来るよな?」

 大学の廊下で駄弁る男たちの横で、何をするでもなく写真フォルダを見る。

 アルバム一覧の隅、見切れている「りお」という文字列に、視線が引っ張られる。


「ん?」

 俺はスマホから顔を上げて、3人の男友達のほうを向く。

「ごめんなんて?」

「いやだから、居酒屋。こうせいも来る?」

 話半分だった。

「行く」

 電源ボタンを押したスマホをポケットに滑り込ませる。



「だからさ、やっぱ中高のうちに恋愛してないやつはダメだわ」

「それはまーじで同意する」

「経験大事だわなその時期でな」

 駅前の居酒屋、オレンジの電球が照らすテーブル席で男4人が向かい合う。

 いつの間に恋愛話になったのか。

 一人がレモンサワーをテーブルに置いてこちらを向く。

「そういえば俺、こうせいの恋愛遍歴聞いたことない」

 ……まあ、そういう話になってくるよな。

「彼女いたことある? てか今いる?」

 その話題は俺にとってまだ生傷だったが、一ヶ月以上経って引きずっていたことがいずれ発覚するよりも、と思い話すことにした。

「高校の時にいたんだよ、名前は、りおなって言って……」



「うっ」

 再びこみあげてきた嘔吐感をそのままトイレに流し込む。

 ふらついた体を支えるため、左手を壁に付ける。

 居酒屋のトイレ特有の大量の張り紙に指が触れる。

 飲みすぎた。

 りおなのことを深掘りされ、ほとんど一から話していたら熱が入ってしまった。

 酒のせいもあるだろうが。

 有線放送かなにかの、聞いたこともない女性ボーカルの曲が天井から流れてくる。

「くっそ、あいつら好き勝手言って……」

 俺が話し始めた時、あいつらは俺に彼女がいたことに大層驚いたようだったが、茶化さずに話を聞いてくれた。それまではよかったが、あいつらは話が後半になってくると口をそろえてこう言うのだ。

〝その子がお前と別れて正解だったよ〟

〝お前みたいな奴と付き合うなんてりおなちゃんがが可哀想だろ〟

〝最低だな。その子に二度と関わらないでほしい〟

 俺は、酷い男だったのかもしれない。

 りおなは本当にやさしい人だったんだろう。

 でも俺は……


「おえっ」

 回っていた思考は、混みあがってきた胃液に溶かされてしまった。


 その後、トイレから戻って何を話したかは、よく覚えていない。

 どうやって家に帰ったかすらも、記憶が無い。


 ただ、友達の前で泣きたくなるのを我慢したその感情だけは、頭にひっついている。

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