第18話 渓谷を赤く染めて

エイカル陥落から2日後、NNLFはワス・カ・エジュ渓谷に第2防衛線を設置。


嘗てラーストフの採掘場として使用されていた施設のすべてが要塞化され、航空攻撃にも備えてNNLFもある新兵器を用意した。


否、正確にはあちら武器商人の方から勝手に送られてきた。


どうやら常連客に死なれて欲しくはないらしい。


「なんだこれは?」


「RPGか?」


届いた木箱を開き中身を取り出した兵士達はその兵器を見て何に使うのかよく分からなかった。


RPG-7にも見える筒状の兵器だがグリップ周りに奇妙な機械が取り付けられ、それが何の意味を成すのか分からなかった。


「RPGはまだ本体も弾頭も腐るほどあるのだがな…」


ローリヤもその場におり不満げな表情でそれを弄っていたが、ちょうどその頃休憩を終えた瑠斗とイスクがやって来る。


ローリヤが持っているものが目に入ると、2人は驚いた表情でそれを見ていた。


「貴様ら、そんなに驚いてどうしたんだ?」


「それ、9K38 じゃねえか!いつの間にそんなモン調達したんだ?」


ローリヤからイグラを借り、2人は隅々まで舐め回すようにその全体を見ていた。


「これらはそういう名前なのか。どういう兵器なんだ」


説明を求められた瑠斗は口を開き…


「ああ、このMANPADSは――」


そして直ぐに閉じた。


彼らナハエ族の知識にはMANPADSどころかミサイルといった誘導兵器の概念すらないことを思い出す。


瑠斗は脳内で如何にして彼らにMANPADSの意味を理解させるか考えた。


僅か数秒という間に脳内で分かりやすく伝える為に最適なワードと表現の仕方などを組み合わせ説明の為の脳内原稿を作り上げる。


「………」


「…?どうした」


「………あー、そいつについて簡潔に説明すると…」


これなら彼らも理解できると確信した瑠斗は遂に言葉を発する。


「……飛行機が落とせるRPGだ」


内心心配だったが、一応これで何とか理解はしてもらえた。












ワス・カ・エジュ渓谷の農村。


そこに司令部を設置してNNLFは構築された防衛線を維持している。


農村内だけでなく瑠斗の指示によって左右の山の斜面上に掘られている採掘場にも土嚢と木材で簡易的なトーチカが建設され、そこには歩兵支援用の重機関銃や榴弾砲、無反動砲などを設置している。


これと同じトーチカが農村内に数十はある。


NNLFの総司令部は山脈北側にありそして北側に行くためにはこの渓谷を通るしかない為その分守りも固くなっている。


何千㎞という超長距離でしかも岩山ばかりの人間の体力も自動車の耐久性も削り取っていく険しい山道を迂回してまで来る気は流石のミドールにも無いようだ。


そして航空機の対策に関してはMANPADS携帯式防空ミサイルシステムがあるとはいえ撃ち漏らす可能性も考慮し、農村と採掘場周辺の全てのトーチカや塹壕などは徹底的に隠蔽している。


この作業の指揮を執ったのはこの手の隠密の技術に長けたイスクだった。


地雷やブービートラップの設置も全てイスクに任せている。


こうして全ての準備を整えた後、敵は遂にやってきた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇






敵が侵攻を開始したのは9月2日の朝だった。


この時、敵はミドール・ラーストフの連合軍であり戦力は凡そ2規模。


万を期して遂に侵攻を開始した連合軍は早速障害物に当たった。


まずこのワス・カ・エジュ峡谷へ入るための進入路は1つしか無いがそれはとても狭い左右を崖に挟まれた道とも呼べぬ未舗装の道だった。


そこで彼らの機械化歩兵部隊と機甲部隊は進行速度を大幅に遅らせた。


オマケに崖の上から待ち伏せに会い、歩兵だけでなく戦車も何両か行動不能となり決して少なくない損害を被った。


事前に一応トロ―ジャンによる航空偵察は行っていたのだ。


では何故見つからずに待ち伏せは成功したのか?


それは……


「この民族の体力と精神力イカレてるよ……」






「敵が来るまで何日もmとか人間にできることか?」


彼ら伏兵達はほぼ直角の絶壁にアンカーと縄だけで体を固定し、隠蔽用のシートを身に纏いしかも何十㎏もの装備を身に着けながら何日も眠ることなく敵の襲来を待ち続けていたのである。


山岳民族の中でも強靭な彼らだからこそ成せる技だ。


瑠斗やイスクがそんなやり方をすれば間違いなく1日と経たずに全身を痛め、精神も悲鳴を上げるだろう。


ここでは過去に素手でエベレスト越えの標高の高山を登頂したなどと自慢げに話しているローリヤは無視するものとする。







流石に待ち伏せ攻撃でも師団規模の敵の侵攻は抑えきれず直ぐに伏兵は撤退した。


渓谷内に侵入してくるのも後僅かだ。


瑠斗は司令部で無線機を繋ぎ全部隊に戦闘準備の指示を出した。


NNLFは民族そのものの特徴か連携や即応性に優れており、一本道を突破してくる敵を出迎える準備を整えるのは想像よりもずっと早かった。


「もう配置に付いたのか…!下手な正規軍よりも早いんじゃないのか?」


各地で戦闘態勢を整えた部隊を見て感心のあまり溜息が漏れ出た。


そして呆然とする暇はないと次の指示を出していく。


ラウンドシールド対空部隊の使い方は忘れちゃいねえな?俺の指示通りに敵機を撃ち落とせ!」


《分かった》


ここには対空レーダーなどという贅沢な物は無い。


人間の目で見つけるしかない為ラウンドシールドの役割はとても重要だった。


重機関銃は高速で且つ高高度を飛ぶ攻撃機には意味が無いことは分かりきっている。


逆に言えばここで航空戦力さえ潰せば戦いはそれなりにマシなものになる。











戦線に新たな動きがあったのは2時間後。


連合軍陸上部隊の到着よりも前に航空戦力がやってきた。


《敵機捕捉!!9時の方向!!》


山脈を超えて飛んできたのは5機の攻撃機だった。


瑠斗も双眼鏡でその姿を視認する。


星形のレシプロエンジンに寸胴な機体形状。


エイカルで襲って来たものと同じだ。


「T-28トロ―ジャンか!」


1つ違う所があるとすれば今彼らはガンポッドだけでなく大量の爆弾とロケット弾を積んでこっちに向かって来ている所ぐらいだろうか。


狙いは間違いなくこちらの陸上部隊。


無線機を繋ぎ対空部隊に指示を出す。


「ラウンドシールド、もう敵は射程圏内だ!イグラの使用を許可する!」


《ラウンドシールド了解!今度こそあの怪鳥を撃ち落としてやる!!》


山の陰に隠れていた対空部隊の上を敵機が通り過ぎていく。


通り過ぎた事を確認し、偽装シートを退かして立ち上がった。


対空部隊の兵士達はイグラを構え,照準器の中に敵機を捉える。


本体のレーダーが完全に敵機を捕捉、追尾し発射準備が整う。


敵機は一撃必中のИгла́に狙われている事も知らずに農村へと向かっていく。


「発射!!」


トリガーを引くと発射器から1本の弾頭が放たれた。


発射された9M39ミサイルはレーダーの誘導に従い敵機を追う。


ある程度距離が近付くとミサイル本体のシーカーが敵機を捕捉し後は自動で追尾をし撃墜する。


トロ―ジャンの編隊はフレアどころか警報装置すら装備していない。


だから背後から迫り来る脅威に気付くことは無い。


最初に墜ちたのは5番機だった。


胴体が爆散し業火を纏いながら落ちていく5番機の姿を見て他の4機も回避機動を取ろうとするが最早手遅れだった。




「何だ!?何が起きた!?」


《隊長!!5番機が――》


《何だ!?後ろから何か追って来やが――》


《ユリ!!トザール!!クソッタ――》


突然背後から襲って来た何かはミドール空軍の誇り高き精鋭、カゥリ隊のメンバーをいとも容易く、次々と喰らった。


あの精鋭達が成す術も無くただの燃え盛る鉄塊へと変えられて地に墜ちていった。


ブリーフィングの時は敵の対空攻撃手段は重機関銃程度の物しか無いと聞かされていた。


だから敵の迎撃を考慮せずに可能な限り重装備で来たのだ。


それが今はどうだ?


先程まで次の給料の使い道を考えていたアレー。


撃破数で賭け事をしていたトザールとギル。


彼氏との次のデートプランを練っていたユリ。


気付けば皆、遥か下の大地に横たわっていた。


燃料から引火した業火が機体とパイロットを焼き、4つの黒煙の柱が建った。


そして彼らを咎めつつも温かい目でその様子を見守っていたカゥリ01。


本名をラクセイ・イーラダ。


彼の背後にも、死神が迫ってきていた。


ラクセイは死を悟り目を閉じる。


ミサイルが命中した機体は大破炎上し急速に失速し、高度も次第に下がっていった。


完全に操縦不能になり、高度が下がり続け遂に地面に突っ込んだ。


しかし機首から突っ込んだのではなく山の斜面を滑り落ちた。


胴体着陸で激しい土煙を撒き散らしな農村の方へと橇のように滑り落ちる。


そして摩擦で速度を急速に失っていき、農村の畑の一角に突っ込んで止まった。


待機中だったNNLFの兵士が小銃で警戒しながら畑にめり込んだトロ―ジャンの元に歩み寄る。


兵士が近付きコックピットから引きずり出されたのは生と死の間際を彷徨う1人のパイロットだった。








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