第17話 ホワイト・スター
戦線の膠着からかなりの時間が経った。
このままラーストフが諦めてくれたらと、皆は願ったがその願いは最悪な方向で打ち壊されることになった。
公暦1245年 8月24日。
キヴ山脈は地獄へと変貌した。
気が付けば辺り一面が火の海と化している。
1人のナハエ族の雑兵はM16A1を握りしめながら燃やし尽くされている際中の森の中を歩き、先程何が起きたのか思い出そうとする。
――確か、ブーンって変な音が聞こえてきて…そしたら視界がいきなり真っ白になって……。
これより後の記憶は残っていない。
「………そうだ、仲間が!さっきまでいたのに一体どこに――」
その時、雑兵は見てしまった。
焼け焦げて崩れ落ちた木の下に何かが埋まっているのを。
それを掘り返してしまった雑兵は正体を知ってしまい、後ずさりながら発狂した。
「ああ、ああぁぁあぁあああああ!!!」
改めて周囲を見渡すと同じものが沢山あった。
つい先程まで仲間だった真っ黒な何かが瓦礫に混じって積み重なっていた。
「ジア…!!トゥーリョ!!コエン!!」
仲間であり友であった者達の名を叫びながら森の中を駆ける。
しかし何処にも仲間どころか生きた人間すら見つからない。
暫く走り回った後、雑兵は何かの気配に気付く。
「だ、誰かそこにいるのか!?」
パニックで錯乱状態にあった彼は銃を構えようともせず気配の方へと駆け寄る。
「頼む!お前も俺と一緒に生存者を探してくれ――」
駆け寄ってきた雑兵を迎えたのは、M9火炎放射器の噴射ノズルだった。
焼け爛れた森に、1人の叫び声が木霊した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして現在、エイカル基地は戦場と化していた。
最前線にいたNNLFの守備部隊は敵の新兵器、ナパーム弾によって森ごと焼き払われた。
旧式のレシプロの練習機等を流用した即席の攻撃機を使って森の中にお構いなしに次々に投下している。
各地で善戦していた筈の部隊が一気に消滅したことによりエイカルに敵がなだれ込んできた。
町の中にも何百発という迫撃砲弾が撃ち込まれ、家屋は殆どが倒壊し司令部である豪邸を除いて見晴らしが良くなっている。
そんな中敵は更にある新兵器を持ち込んできていた。
「敵弾来るぞ!!!」
「退避!!!」
砲弾の風切り音が聞こえ、NNLF の兵士は我先にと逃げていく。
飛来した砲弾は地面に着弾する事無く空中で炸裂した。
だが兵士達を襲ったのは爆風でも大量の破片でもなく、真っ白な煙だった。
白煙が辺りに立ち込めると、そこからおぞましい兵士達の叫び声が聞こえて来る。
中では火だるまの兵士達がのたうち回りながら徐々に息絶えていく。
「なんと…いう事だ」
司令部から双眼鏡で戦場の様子を見ていたローリヤがそんな言葉を思わず口から漏らした。
時を同じくして町中で交戦中だった瑠斗はその白煙を見てすぐに気付く。
「クァエルから聞いたことがある、こりゃあ
白リン弾、またはWPともいうがこの兵器は元々は攻撃用の兵器ではなく、発煙弾として開発されたものである。
限定的な焼夷効果もあるのでこのように攻撃にも使われることがある。
仕組みとしては信管が作動すると炸薬が爆発しその際に白リンを粉砕しながら弾殻を破裂させ、反応が進むとリン酸と水分子が水和したエアロゾルとなり、これが白煙となって視界をさえぎる効果を持つ。
焼夷効果を持つのはリンが空気に触れると自然発火する性質を持っている為である。
建造物には効果は無いが生身の人間にはとことん猛威を振るう兵器だ。
そして、これらの兵器を使っているのはラーストフ陸軍ではなかった。
「おのれ…ミドールまで味方に付けるとは…!」
エイカルの中でNNLFと交戦していたのはラーストフ陸軍ではなくミドール陸軍の兵士だった。
ミドール陸軍は西側の良質な装備を揃え、練度もそこそこ高い。
昔は内戦の絶えなかった国だったのでその時の経験が彼らを強くしていた。
「2時の方向!敵兵が3人!!」
瓦礫の陰から撃とうと身を出した所を見計らい、ガリルSARでミドール兵を射殺する。
「手榴弾投擲!!」
後続の敵兵が撃ってきたのですかさず身を隠し手榴弾のピンを抜き、敵兵の隠れている方へ数秒待った後に投げ込んだ。
手榴弾はタイミングよく爆発し2人の敵兵を吹き飛ばした。
「こちらアローヘッド1よりグラスホッパー!そちらの状況はどうか!」
《グラスホッパー1よりアローヘッド!!左翼側から敵兵多数、機関銃小隊では抑えきれない!!》
「アローヘッド1了解!すぐに支援に向かう!!」
1個小隊の兵士と共に中央の大通りを離れ左翼側への支援に向かった。
迫撃砲弾が降り注ぐ中、崩れ落ちる家屋の瓦礫から頭を守りながら姿勢を低くして走り続けた。
全方位から聞こえて来る悲鳴と怒号が彼の鼓膜を震わせる。
その時、一際大きい爆発が瑠斗達を襲った。
NNLF兵士の何人かが爆発による家屋の倒壊に巻き込まれ死んだ。
意識が朦朧とする中イスクの名を叫びながらふらつきつつもガリルの銃口を敵の声が聞こえてきた方へと向けた。
彼らの足元に撃ち込まれたのは120mm迫撃砲、M120だった。
大口径の榴弾をモロに食らった小隊はその後のミドール兵の攻撃で半壊状態となり120mm砲弾の炸裂で錯乱状態に陥った者達は照準を合わせる間も無く斃れる。
「援護するよ!!一先ず下がろう!!」
イスクが向かってきたミドール兵数人の脳天を撃ち抜いた。
左手に握られたG3を右手の義手で固定しながらという不安定な打ち方にも関わらずその射撃は200m以上先の目標でも難無く命中させた。
彼ら2人と一部の戦闘可能なNNLFの兵士数人で援護しながら小隊はエイカルの後方から迂回して左翼側に回り込むことにした。
本来ならばこの戦いはもう少し有利に戦える筈だったのだ。
何故なら司令部の後方の森の中には122mm軽榴弾砲を装備した砲兵大隊が潜んでおり、敵が侵入する前に撃退する予定になっていた。
だが実際は相手はミドール陸軍で砲兵隊は想定していなかった
そもそもNNLFの兵士の殆どは航空機など今日昨日初めて知ったばかりだった。
多くの兵士が初めて経験した敵の空爆に怯え切り、再起不能になった者も僅かにいる。
だがそれでもナハエ族の戦士達はその恐怖に立ち向かわんとしていた。
「11時方向、敵機来るぞ!!」
「撃ち方始め!!」
司令部の周辺では臨時に編制された対空部隊がM2ブローニング重機関銃で空を我が物顔で飛ぶCOIN機に向けて迎撃を行っていた。
射手に選ばれたのはナハエ族の中でも特に射撃の腕に優れた猟師の身分を持つ兵士。
彼らナハエ族の猟師は飛んでいる鳥を撃ち落とすような人間離れした能力を持つ者もおり、航空機など彼らからしてみればただの大きな鳥が飛んでいるだけに過ぎなかった。
銃口から放たれた12.7mm徹甲焼夷弾が頭上のCOIN機、T-28トロ―ジャンの横腹に喰らい付く。
機首を貫いた弾頭の幾つかは中の星形エンジンを食い破り、他は外れたか燃料タンクに当たった。
黒煙と漏れ出た燃料による白煙を同時に吐き出しながら逃げ去っていくトロ―ジャンの姿を見て対空部隊の兵士達は歓喜する。
「やった!!怪鳥を追っ払ったぞ!!」
「我らの力を思い知ったかミドールめ!!」
歓喜しているのも束の間、別方向から2機目と3機目接近してきていた。
すかさず反撃を試みた対空部隊だったが、トロ―ジャンの12.7mmガンポッドによる機銃掃射を食らう。
重機関銃を操作していた兵士が体を12.7mm弾頭の運動エネルギーによってバラバラに引き裂かれて息絶えた。
何の防御手段も無しに撃ってくる歩兵など航空機からすれば少し小さいだけの的に過ぎない。
《こちらカゥリ04!エンジンに被弾した!回転数がものすごいスピードで落ちてやがる!》
「カゥリ04!直ちに帰還しろ!後は俺達でも十分だ」
《すまん!》
戦域を離脱していくカゥリ04の機体のパイロットがすれ違いざまにサムズアップをしてきたのを見て彼、
地上にいる対空部隊を視認し、高度を下げる。
「カゥリ01よりカゥリ02、敵対空兵器を市長邸宅周辺に視認。最優先で攻撃する!」
《了解》
「這い蹲って飛べ!」
操縦桿を押し倒し高度をギリギリまで下げ、森に突っ込む寸前で機体を水平に戻す。
これで森が視界を遮り地上からはこちらを視認できない。
まるで川の流れのように真下の森の景色が流れていき、それを通り過ぎると邸宅とこちらに漸く気付き急いで重機関銃の照準を合わせるNNLF兵士の姿が見えた。
もう遅い、と言わんばかりに操縦桿のトリガーを引き2機のトロ―ジャンのガンポッドが火を噴いた。
100発を超える12.7mm弾が撃ち込まれ激しい土煙が舞い上がる。
被弾した銃手の兵士は上半身がちぎれ飛び、吹き飛ばされた。
その他にも四肢を捥がれ、頭が針で刺した風船のように破裂した者が何人かいた。
地上からその様子をみたカゥリ02は息を吞む。
《これが、航空機の力…》
震えた声でそう呟くカゥリ02に彼は答えた。
「そうだ、そしてこれからは空を支配する者の勝つ時代が来る」
2機のトロ―ジャンは補給の為に戦域を離脱し飛行場へと帰っていった。
公暦1245年、9月4日。
劣勢を極めたNNLFはエイカルを放棄し、ワス・カ・エジュ渓谷を通り更に後方の都市ルタナまで後退
事実上、キヴ山脈の南側は敵の手に堕ちた。
しかし一方で、ラーストフ軍内で不穏な動きがあった。
その全ての発端は、ラーストフ陸軍第1親衛自動車化狙撃旅団だった。
「今現在に至るまでのナフアー家の罪業、今こそ天罰を下すべし…!!」
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