第15話 巨人の血2
ナハエ民族解放戦線エイカル基地。
そこが2人が連れて行かれた場所の名前。
街の中に入るとそこには何人、何十人、何百人ものNNLFの兵士達が待ち構えていた。
彼らの向けてくる視線は様々だった。
軽蔑、嘲笑、憎悪、殺意。
それに混じって僅かに好奇の視線も感じられた。
「……!!」
「………………?」
「………」
道行く兵士達から沢山声を掛けられたが自分の知らぬ言語の為何を言っているのかは分からない。
だがロクな言葉を投げかけられてはいないということだけは何となく察することができる。
街の大通りを歩かされながら2人は覚悟を決める。
非正規軍、それも彼らのような先住民が武装化したようなパターンは大抵捕らえた捕虜の扱いなんて人間のそれではない。
情報を手に入れる為に拷問にかけられ、最後にはこの兵士達に鬱憤晴らしでリンチでもされるかあるいは見せしめとして想像を絶する苦痛の果てに殺されるのだろう。
実際に盗賊などの討伐に向かって返り討ちに会い、バラバラに死体を解体されて路上に放り出されていた傭兵達を何度も見たことがある。
もし自分達もそうなるのであればタダでは死んでやるようなことは決してしない。
できる限りの抵抗は試みるつもりだった。
………あのクァエルの教えに従い。
『生きることすら諦めた兵士に勝利など訪れない。生への渇望、死への抗いによって我らは初めて勝利を手にすることができる」
暫く歩かされ2人が入ったのは街の中でも一際大きい家だった。
恐らく市長かそれに相当する地位の人間が住んでいたのであろうそこは今やNNLFの前線司令部となっていた。
大理石の床の上を歩き、ホールの先にある階段で2階に上がるとこの豪邸の中で一番奥の位置にある部屋の前に着いた。
高級そうな木材で作られた両開きの扉の上には執務室と書かれておりやはりか、と瑠斗は思った。
「………!」
扉の前に立つと兵士の1人が扉に向かって何か言った。
「…」
すると扉の向こうからも誰かの声が聞こえ、兵士は扉を開け2人を連れて入る。
中には人が1人だけいた。
椅子に座っているのは分かるがちょうど窓から射してきた日光が逆行となりシルエットしか見えずどんな人なのかはよく分からない。
執務机を挟んで2人と向かい合ったその人影は立ち上がり近付いてきた。
その時の2人の感想はただ1つ。
「いや、デッ…………カ…!」
彼…否、彼女の背丈は目測だけで2mは軽く超えていた。
下手をすれば3m以上あるんじゃないかという程の背丈の彼女は近づいてくるにつれて容姿がハッキリと見えてくるようになってきた。
日頃から手入れされているのだろう綺麗な桜色の髪は後ろで一束に纏められ、顔は思ったよりも若く肌に皺も無ければ出来物の類も無く、左頬の痛々しい斬られたような傷跡や体格の所為もあってかやたら威圧感を与える三白眼を覗けば十分に美人と言える顔つきだった。
体の方は…………言わずとも理解はできるだろう。
しかし服装はナハエ族の民族衣装ではなく灰色の光沢のあるトレンチコートのようなものを身に着けていた。
彼女は兵士を部屋の外に出し、3人だけの状況を作ると屈んで顔を近付け2人の顔を無言で見つめ始めた。
「な、何...?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
女が漸く口を開いたのは2人の顔をまじまじと見つめてかれこれ3分位経った後だ。
「……戦士達から話は聞いている。ラーストフにも勇敢な戦士がいるのかと思ったがその身なり、傭兵だな?」
唐突にムィラ大陸の共通語を話し始めた彼女に2人は呆気に取られながらも会話を試みる。
「共通語が話せるのか!なあ――」
「そう急ぐな。まだ我らは互いの名前すら知らぬ」
瑠斗が話しかけようとしたのを彼女は手で制し、勝手に自己紹介を始めた。
「私の名はローリヤ、親がいないから苗字は持ってない。ただのローリヤだ」
そう言い終えると今度は貴様らは何という?、と2人にも自己紹介を求めた。
「……あー、俺は谷川瑠斗。谷川が苗字で瑠斗が名前だ」
「僕はイスク、あんたと同じ孤児だから苗字は無い」
「成程……リュートにイスクか、覚えたぞその名」
ローリヤは満足げに頷いた。
その後、2人は執務室の傍らに置かれていた応接用のソファに座らされローリヤもその反対側のソファに座った。
会話がしやすい雰囲気だったので瑠斗は彼女に幾つか質問をすることにした。
「まず真っ先に聞きたいことがあるんだが、俺達はこの後どうなる?やっぱり情報収集の為に尋問とかされんのか?或いはリンチにでもかけて殺すか…?」
瑠斗が投げかけた質問にローリヤは不思議そうな顔で首を傾げた。
「…?何を言っている、別に何もせんが?」
「………は?」
彼女から帰ってきたのは情報を吐かせるでもなく、殺すでもなく、何もしない。
瑠斗は開いた口が塞がらず、イスクは思わず素っ頓狂な声を上げた。
明らかに自分たちの知っている捕虜の扱いとは違う。
というより貴重な情報源でもある捕虜に対して何もしないという選択肢を取ること自体が前代未聞だ。
「い、いや!普通捕虜がいりゃ尋問して情報聞き出したりとかするだろ!!」
「貴様らの知っている軍隊ではそのようなことをするのか?」
「軍隊じゃ当たり前だ…!それくらい…!」
ローリヤは少し考え込むような仕草を見せ、顔を上げると再び口を開いた。
「貴様らにとってはそれが常識なのかもしれんが、私は違うな。戦う意志の無い者を痛めつけるなど戦士の恥だ」
「じゃ、じゃあ情報とかどうすんだ!?情報源がすぐ目の前にいんのに!」
「では貴様らは私が教えてくれと言ったら教えてくれるのか?」
ローリヤの問いに瑠斗は口ごもる。
彼女は良くも悪くも戦士を貫いていた。
クァエルが彼女と会っていたらきっと鼻で笑っていたに違いない。
まあ、任務達成の為に村どころか町1つを迫撃砲で焼き、女子供にすら躊躇い無く制圧射撃を命じるような彼と比べるのもどうかと思うが。
「捕虜に関することもよく分からんが、私が一番理解し難いのは何故ラーストフなどに与しているのかという所だ」
「何故ってそりゃ金で契約してるからな。幾らあの国がどんな悪行を働いてるつってもこっちも商売だし」
「…………成程、な」
ローリヤの意味深な物言いに2人は疑問を抱く。
「………悪いことは言わん、そのような契約早々に破棄してここから逃げろ」
「は?どういう事だ?」
「ラーストフが自国の裏事情を知っている他所の傭兵共を生きて返すと思っているのか。報酬額に疑問は抱かなかったのか?」
そう言われてみると、確かに依頼を受けたときに政府から提示された報酬額は異様に高額だった。
しかも作戦に参加する全ての傭兵に同額が提示されていたらしい。
幾ら兵力不足とはいえたかが雑兵如きにそんな高額な報酬を支払うなどハッキリ言って不自然だ。
「………まさか」
「漸く気付いたか腑抜けめ。貴様らのいた国ではこういう手段を取る依頼主はいなかったようだな?」
つまり、ラーストフ政府は高額の報酬で傭兵をおびき寄せ不足した兵力の埋め合わせとして散々最前線で戦わせた後に全員殺すつもりだったのだ。
報酬など最初から払うつもりなど無かった。
貰う相手を消すのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
これからどうするか悩んでいた2人にローリヤはある提案をした。
提案とは、ラーストフ政府が提示したのと同額の報酬を前払いで支払いNNLF側に寝返るというものだった。
2人としてはこの提案を受け入れない手は無かった。
手ぶらで帰り赤字にならずに済むのもあるが何より精強なナハエ族の戦士達が味方に付くというのが頼もしかった。
ラーストフに対して特に思い入れも無かった2人はその提案を受諾。
この時より晴れてNNLFの義勇兵として戦うことになった。
「ああそうだ、言うのを忘れていたが私もナハエ族の人間ではないぞ」
「ど、どういうことだそりゃあ?」
「長旅で行き倒れていた所を助けてもらったのでな、恩返しの為に今ここにいる」
服装の時点で何となく察していた瑠斗だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ラーストフ陸軍第26山岳歩兵連隊本部にて。
「すまんが、この天気では赤竜は暫く飛べそうにない」
《そうか、まあ貴重な航空戦力だからな。使いどころは選ばなければ》
「おてんば娘にもそう伝えておいてくれ」
《勘弁してくれ。あの気違いにそんなことを言ったらこっちが機関砲の的になりかねない》
「ははは、それは違いない。まあ、このまま土人共が力を誇示しててくれればいずれ周辺国も介入せざるを得なくなる」
《赤竜が出る間も無く終わってしまうかもな》
「事実、もう隣国のミドールは我が国への支援を申し出てきたよ。彼の国にはあの白星国の後ろ盾があるからな、余程キヴ山脈を取られたくないと見える」
《無理をしてまで白星国から色々買い集めているからな、いずれは攻め込んでくるだろう》
「我らにも赤星国の加護がある。その時は連中に力の差を思い知らせてやるだけさ」
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