第14話 巨人の血
「行け行け行け!!!」
「止まるな!!走り続けろ!!」
山道を1台のBTRが駆け下りていく。
その傍らに生き残りの兵士達が張り付き遮蔽物にしながら一斉射撃で牽制しつつ走る。
敵もBTRの移動に合わせて逃がすまいと精一杯の制圧射撃を浴びせ、生き残りの中から更に何人かが被弾し倒れていくがそれでも彼らは止まることを知らない。
一斉射撃による効果もしっかり出ており、敵の射撃は照準が定められておらず斜線が1箇所に集中する事は無かった。
BTRの姿が次第に遠ざかっていく中、敵はある程度距離が開くと射撃を止めずっと向こうにいる余所者達を見ていた。
「驚いた…腰抜けだらけのラーストフにもあのような勇敢な戦士がいるとは」
彼らの視線の先にいたのは先陣を切って先へ先へと突き進んでいく瑠斗の姿だった。
敵の待ち伏せ攻撃から生還した生き残りの兵士達は一度麓まで下りそのまま右翼側から回り込み先鋒の部隊との合流を目指した。
本作戦の戦域右翼側は第26山岳歩兵連隊ではなく第13機関銃大隊。
この時、既に各地で待ち伏せや奇襲にあった幾つもの部隊が敗走しており殆どがエイカルに接近すらできていなかった。
だが彼らがそれを知ることはなかった。
何故ならこの山脈一帯は特殊な気候の土地であり原因は不明だが電波が異常屈折したり弱くなったりする、所謂フェージング現象のようなものが年中続いているのだ。
この現象の所為でラーストフ軍の長距離無線通信網は完全に無力化されていた。
だから、瑠斗達が今…
第13機関銃大隊がどうなっているのかなど、知っている筈も無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
森の中を複数の人間が歩く。
露出した岩や力強く張られた木の根を跨ぎながら薄暗い森の奥深くへと進んでいく。
結局生き残ったのは僅か30人と少し。
殆どが傭兵でラーストフ軍兵士は瑠斗の分隊を除いて全員死んでいた。
鳥の囀り1つ聴こえず静寂に包まれたこの森は何だかとても不気味に感じられた。
兵士の視点から見てもこの森は危険な感じがした。
──ヤバいなこの森、歩兵が隠れられる箇所が多過ぎる。
地面は凹凸が激しく、場所によってはしゃがめば完全に人1人の体が隠れるような空間が幾つもあった。
しかも背の高い茂みに視界を遮られ、周りの状況が上手く把握しにくい。
こうしている間にも、どこかに伏兵が潜んでいて攻撃の機会を待っているかも知れないのだ。
そう考えていると、自然と体も強ばった。
しかしそんな不安感とは裏腹に、生存者達は順調に森の中を進み、地図が正しければあと少しでエイカルからそれなりに近い位置にある第13機関銃大隊が占領している村落に辿り着く。
地雷や待ち伏せを受けた際に逃げ場の無い一本道の山道を避けて近道も兼ねてこの森を通ったがどうやらその判断に間違いは無かったようだ。
安堵しつつも警戒を怠ることは無く周囲に銃口を向けながら注意深く歩みを進める。
暫く歩いた後、彼らは森の先に幾つかの家があるのを見た。
「家の数は……間違いない、ここだ」
村落に辿り着いた生存者達はラーストフ軍のトラックや装甲車が停まっているのを見つけ警戒を解き足早に向かっていく。
イスクもその様子を見て安堵の溜息を吐いていた。
「ふう…やっと味方と合流できた――」
「いや待て!何かおかしいぞ…!?」
双眼鏡を覗いた瑠斗はその村落の様子がおかしいことに気が付いた。
いないのだ、人が1人たりとも。
「おーい!トラックに弾薬と物資があったぜ!!」
「機関銃大隊の奴らはどこ行っちまったんだ?」
「もう先にエイカルに向かったんだろ多分」
周りに危険がないと判断した傭兵達は我先にと森を出て村落に停められている車両の中を物色したりしていた。
瑠斗が辛うじて引き留められたのはイスクと分隊員だけだった。
「急にどうしたんですか?早く補給を済ませないと」
「駄目だ、あの村には近付くな…!」
急かそうとする若いラーストフ軍兵士の言葉を一蹴しその場でしゃがみ様子を窺う。
「リュート…」
「イスク、ゲリラとやりあったお前も分かるだろ」
イスクも頷き近くの大木の陰に身を隠した。
おかしいのはラーストフ軍兵士が1人としていないのもそうだが、それに加えて更に危険な感じを臭わせる要素があった。
「うん、車の停め方…どう見てもおかしいよね」
広場に停められた装甲車やトラックは密集しており一か所に隙間なく全て固められていた。
あれでは荷物が下せない上に出発の時に互いの車が干渉しあって二度手間になってしまう。
仮にも正規軍である彼らがあのような非効率的なことをするとは思えない。
恐らくあれは敵が何らかの意図を持って並べたに違いない。
ラーストフ軍兵士がいないのは、その過程で皆殺しにでもされたのだろう。
わざわざ物資を残し、一か所に纏めたその意図。
それに気が付き、瑠斗が叫んだ頃にはもう全てが遅かった。
「伏せろ!!敵の狙いは――」
突然の耳を劈く爆発音。
爆風が余りの大きさに森の中の瑠斗達にまで襲い掛かり、瑠斗は転倒しちょうど背後にあった人1人が収まるサイズの地面の溝に転がり落ちた。
その直後溝の真上を爆炎が凄まじい勢いで覆った。
爆炎が収まった後に顔を僅かに覗かせるとそこには1m先すら見えぬほどの煙が立ち込めていた。
「イスク!!無事か!?」
「な、何とか!!木に隠れててよかった!!」
イスクが煙の向こうで手を振っているのを確認し、分隊員の方も確認しようと視線を先ほどまで彼らがいた場所に移したが…
「……全員死んだか…」
分隊員は遮蔽物に隠れるのが間に合わなかったが為に爆風と共に飛来してきた銃弾並みの速度の破片を避けることができず死体は原型を留めず黒焦げになっていた。
「とにかくここはもう駄目だ!早く逃げるぞ!」
そう言って元来た道を戻ろうとすると1発の銃声が森の中に響いた。
勿論、瑠斗の物ではない。
イスクの物でもなかった。
先程の銃声は瑠斗の足元への狙撃によるものだった。
結論から言えば、この状況はもう詰みと言ってよかった。
一気に多数の人の気配を感じ取った瑠斗達は銃を構えようとするが、その気配は全方向からの物であると気付く。
もう既に、2人は包囲されていた。
いつの間にか全方位から向けられていた銃口に2人は抵抗することなく自分の銃を地面に置き両手を上げた。
銃口を向けていたNNLFの兵士達の何人かが歩み寄り、2人を跪かせると両手を後ろ手に拘束した。
「………!」
聞き慣れない言語を話す兵士に背中を小突かれながら歩き続けて何時間か経った。
彼らNNLFの装備は間近で見るととても変わった見た目をしていた。
赤や青色を基調とした隠密性度外視の民族衣装の上に56式弾帯などの旧式のリグを身に着け、武器は驚いたことに粗悪な密造銃のAKなどではなく嘗て米軍で主力小銃として運用されていたコルト社の名銃、M16A1やM60、MP5だった。
その他には腰にマチェーテのような鞘にナハエ族特有の物なのであろう様々な装飾の施された片手剣を携えている。
何故、NNLFのような武装勢力が西側の武器を持っているのかと一瞬疑問に思いそしてすぐに納得した。
彼らが住んでいたキヴ山脈は様々な地下資源に恵まれているが、その他にも希少な宝石がある。
その埋蔵量は全て売れば王城だけで国1つが作れると言われる程であり、事実ラーストフの宝石の輸出量は大陸でも一二を争う。
キヴ山脈はラーストフの経済の生命線に等しいのだ。
きっとNNLFはその宝石を対価に商人から上質な武器を大量に手に入れたのだろう。
2人が連れていかれた先はエイカルの基地だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます