第13話 疾風

公暦1245年 8月5日。


ラーストフ政府はNNLFナハエ民族解放戦線の要求を受け入れる筈も無く、遂に第26山岳歩兵連隊含む待機中の全部隊に攻撃開始の命令が下った。


瑠斗達は第3大隊と共にキヴ山脈への侵攻を開始。


麓の山道を通過していく彼らが目指すのはキヴ山脈周辺に存在する都市の内の1つ、エイカルという小さな都市。


嘗ては小さな都市ながらもそれなりに栄えていた都市だったが、現在ではNNLFに占領され前線への中継基地となっている。


これを奪還する為に向かうのだが、彼らは見誤っていた。


山岳民族と山の中で戦うという行為の意味を。


彼らがラーストフ軍に敗北してから長い年月をかけて蓄積してきたノウハウを。








険しい山道を何台もの自動車が駆け上がる。


悲鳴を上げるエンジンと車体に鞭打ちながら山道を登っていく中、兵員を輸送しているトラックの荷台は激しく揺れ動く。


山岳地帯に慣れていない傭兵達の多くは途中で吐き気を催し体調不良を訴え出した。


それに比べてラーストフ軍の兵士達は吐き気どころか表情1つ変えずに黙然と荷台に腰かけていた。


「第26山岳歩兵連隊……精鋭揃いとは聞いていたがこれは期待できそうだ」


砲手席のイスクから後方の様子を聞かされた瑠斗はハンドルを握りながら防弾ガラス越しに前方に視線を巡らせる。


2人はイゾーエより1個分隊の兵士を預けられ、BTR-80で車列の護衛をすることになった。


後ろの兵員室には8人のラーストフ軍兵士がこちらの様子を窺っていた。


「金髪で平たい顔の兵士に隻腕…まさか本人に会えるなんて…」


「しかも同じ部隊だ、あの人から学べることがあるかもしれないからしっかり付いていこう」


瑠斗は決して後ろを振り返らないようにした。






山道を暫く進み道が更に険しくなってきた。


ただでさえ遅い車列の速度は更に低下し、最早早歩きで追い付ける程にまで遅くなった。


もうすぐエイカルに着こうとしていた頃、先頭のBTR-80が突然停止した。


故障ではなく、瑠斗がわざと停止させたのだ。


「何やってんだ!!早く進め!!」


「後が閊えてんぞ!!」


後方から苦情が出るがそれでもBTR-80は動き出す気配を見せない。


「どうしたのリュート?」


運転席にイスクが身を乗り出すと、瑠斗は窓から見える前方の地面を指差した。


停車したのは地面の様子に違和感を覚えたからだった。


「あれが見えるか?」


「あれって、何も……あっ!!」


イスクもその気付き声を上げる。


それが何か悟った瑠斗が後ろのラーストフ軍兵士に指示を出す。


「お前ら、全員外に出て全周警戒!」


命令を受けた兵士達が外へと出て行った。


「……間違いねぇ、これは…」


「待ち伏せ、だね」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇







《リュート!一体何が起きている!》


「伏兵だ。前方の地面にIED即席爆発装置が仕掛けられていた」


イゾーエに状況を説明し、彼らにも厳戒態勢を取るように伝えた。


彼がIEDの意味を理解していなかったことが僅かに気になるが。


トラックの荷台から兵士達が降りようとした時だった。


山道の左側にある斜面の上から音が聞こえてきたのだ。


それも瑠斗が聞きなれている音であり、そして…







今の状況で最も聞きたくなかった音だった。


「ロケットランチャーだ!!!」


瑠斗とイスク、そして彼の指揮下にいる分隊員は咄嗟に伏せたが、トラックから降りる途中だった兵士達は避けることができなかった。


PG-7VL対戦車榴弾を。


風切り音の後爆発音と共にトラックが吹き飛び、車体が紙細工のように爆風でひしゃげた。


荷台にいた兵士は皆車体と同じように木っ端微塵に吹き飛び欠片すら残されていなかった。


荷台から降りた兵士も至近弾だった為に爆風と破片を全身に浴び生きながらにして四肢を失い、又は内臓を剥き出しにして転がっている。


辛うじて生き残った兵士達の叫び声と呻き声が響き渡り、他の兵士達は恐怖に顔を歪ませる。


もうそこにロスターリェ疾風と恐れられた部隊としての威厳は残されていなかった。


彼らが今まで打倒してきたのはまだ火薬兵器すら知らなかった頃のナハエ族だけだった。


そう、昔弓と槍を使って勇敢にも戦いを挑んで来たナハエ族の戦士達を相手にラーストフ軍は機関銃と大砲で一方的に蹂躙しただけだったのだ。


最初から勝つと分かっていた戦いとすら呼べぬ虐殺でただという理由だけで第26山岳歩兵連隊は疾風などという大層な二つ名を付けられていた。


そこから更に話に尾ひれが付き在りもしない武勇伝までもが広がり、彼らは屈強で狡猾な蛮族ナハエ族を討った英雄として祭り上げられた。


そして、これが真実だった。



「に、逃げろおおぉぉぉぉ!!!」


「畜生!!畜生!!」


「馬鹿者!!逃げるな!!た、戦わんか!!」


瑠斗とイスクは呆然としてその惨状を見ていた。


泣きながら逃げ惑う者。


地に伏せ家族や愛人の名を叫びながら喚く者。


自棄になりロクに狙いも定めずに自動小銃を乱射する者。


部下の逃亡を阻止しようとするが無視される上官。


「な、何なんだこれは…!?」


「これが…疾風と恐れられた精鋭部隊だっていうの…?」


ラーストフ軍側の兵士は殆どが使い物になっていなかった。


それどころが共に来た傭兵達の方がまともに応戦できていた。


こうしている間にも斜面の伏兵からの制圧射撃によって次々と兵士が斃れていく。


「クソ!奴らが使い物にならねえんじゃ仕方がねえ!おい、お前ら!!」


BTR-80の傍らで蹲っている分隊員に呼び掛ける。


彼らも同じように恐怖に顔を歪ませ震えていた。


「この分隊の初仕事だ!お前らの中から4人、前方のIEDの解除に向かってもらう。残りの4人と俺達がその支援をする!」


その命令に8名の分隊員は全力で首を振る。


「む、無理ですよあんなの!!外に出たら蜂の巣ですよ!!」


「ありゃただの盲撃ちだ!そうそう当たりはしねえ!」


ナハエ族の伏兵は常人ならまず滑落しているようなほぼ崖に近い斜面に張り付き草木に紛れて射撃を行っている。


最初の攻撃で先頭のBTRを狙わなかったのは前方のIEDと後方のトラックの残骸で身動きができないようにするためだろう。


現在砲手のイスクが視界不良の中14.5mm機銃と7.62mmでいつまたRPGが撃ち込まれるか分からない中必死に応戦している。


しかし視界が悪いのは向こうも同じはずなので命中率は確実に低い。


それに瑠斗達の援護射撃があれば敵の視線はそちらに引き寄せられる為処理班へ弾が飛んでくることはほぼ無いと考えてもいい。


それを説明しても彼らは足を竦ませ一向に前へと進もうとはしなかった。


遂に痺れを切らした瑠斗が分隊員の内の1人の胸倉を掴んで怒鳴った。


「なら選べ!!ここで惨めったらしくクソみてえにくたばるか!!」


怯えた彼の震える瞳を見つめ瑠斗は続ける。


「ここで度胸見せて生き延びるかだ!!いつまでもビビってるんだったらここで敵に殺される前に俺が殺してやる!!!」


そう怒鳴りながらガリルSARの銃口を突き付けてようやく分隊は動き出した。


4人がIEDの解除に向かったのを確認し、瑠斗と残りの分隊員の5人はBTRの陰から身を出し伏兵のいる斜面に向かって発砲する。


予想通り敵の射線がこちらに集中し処理班へはあまり飛んできていない。


「急げ!!いつまたロケットランチャーが撃ち込まれるか分からんぞ!!」


何百発という銃弾がBTRの装甲に弾かれけたたましい金属音が鼓膜を突き刺す。


BTRの14.5mmと7.62mm機銃から排出された空薬莢が転がり落ちてくる。


一方で処理班はIEDの起爆装置を解除し無力化に成功した。


それを確認した無線で全ての残存部隊に呼び掛ける。


「今生き残ってる奴!!死にたくなけりゃ俺達に続けえぇぇ!!!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇







同時刻、ナハエ民族解放戦線エイカル基地。


「……はい、現在は足止めしていますがここになだれ込んで来るのも時間の問題かと」


部下の兵士の報告を聞いていた女の兵士は納得するかのように頷くと部下に視線を戻した。


「そうか、では全部隊に通達だ。!!」


この桜色の髪を揺らしながら立ち上がる女兵士。


彼女こそが、このエイカルの守護者だった。











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