第1章 PASSING THE TIME

第12話 喪失の果てに

公暦1245年 7月12日


ここはムィラ大陸西方に位置するラーストフという国の商業都市キズル。


大陸に於ける列強諸国の1つであったウェスクキルタの滅亡から既に3年経ち、この国に住む人々はまるで遠い地の出来事かのように話題にもしなくなった。


キズルの人々の間ではそのようなことよりも別の話題が飛び交っていた。




「最近ここに来た余所者の雇われ2人組、随分と活躍しているみたいじゃないか」


「アイザル周辺を荒らしまわってた盗賊団も壊滅させやがったらしいぜ」


「噂じゃあのの生き残りだとさ」


「馬鹿言え、ストレルカ兵団は3年前のエルヒティエ攻防戦の時に1人残らず戦死した筈だろ?」


酒場でテーブルを囲んで話していたのは話題にしていた者達と同じ雇われ、つまるところ傭兵であった。


2に関しては特に彼らのような傭兵達の間で有名だった。


どんな場所でも、どんな時でも、どんな状況でも、仕事に見合った報酬さえ支払えば必ず現れる。


そして如何なる敵も打ち破る矛となり、如何なる攻撃も通さぬ盾となるのだ。


金髪の平たい顔の兵士に隻腕の兵士とその2人を戦場へと運ぶ鋼鉄の車。


名を知る者はいないが、その恐るべき戦績を知らぬ者はラーストフの傭兵には1人としていなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇




商業都市キズルの屋台立ち並ぶ商店街。


多くの人が行き交う様はまるで祭りでも催しているかのようだ。


その路地裏、人気の無い狭い通りに沿って小さな建物がある。


看板も無い為何の建物かは分からないがある1部の人間には分かるようになっている。


そこは、門が開いてから不法に移り住んできた死の商人武器商人達の1人が密かに経営している銃砲店だった。


「だからもう少し安くなんねえのか!?」


「悪いね、どれだけまけてやっても5千が限界だ。諦めな」


銃砲店のカウンターで2人の男が言い合っている。


1人はこの銃砲店を経営しているオーナーのカール・ニクソン。


もう1人の男はというと……


「こいつは俺が取り寄せた中でもかなり状態が良い。5千でも安い方さ…殿のそのオンボロな56-1式と比べれば天と地の差!」


谷川瑠斗。


嘗てストレルカ兵団の一員でありエルヒティエ攻防戦の生き残り。


彼は現在、フリーの傭兵として世界各地を転々としていた。


それはストレルカ兵団の戦いの歴史をこのまま終わらせたくないという彼の願望じみた思いから始めた仕事だった。


「ああクソ!分かった出すよ出しゃあいいんだろ畜生!!」


「へっ、毎度あり!」


「…薄汚ねえグリーンカラーめ……」


「お褒めに預かり光栄だな」


商談が成立した途端気味の悪い笑みを浮かべるカールに舌打ちしながら懐から札束をだす。


受け取ったカールはそれを数えて値段ちょうどであることを確認する。


瑠斗が懐から出したのはドル札だ。


文明レベルの差が激しいこの世界では通貨制度すら存在しない国も存在し、門が開かれてからは自国の通貨にドルを使う国が増えている。


任務達成の報酬に家畜だの大量の海産物だのを渡されたことのある瑠斗からすればとてもありがたいことだった。


「ほれ、ピカピカの新品だぜ。持っていきな!」


金を受け取ったカールが店の奥から持ってきたのは1丁の自動小銃。


カウンターに置かれたそれをまじまじと見つめる瑠斗に説明をし始める。


「そいつはSAR。イスラエルのIMI社製ガリルのカービンモデルだ。因みにSARはショート・アサルト・ライフル短小銃の略」


カールの説明を聞きながら瑠斗はガリルSARを手に取りあちこちに手を触れその感触を確かめる。


部品のガタつきも無くチャージングハンドルもスムーズに動く。


ぱっと見た感じでもよく手入れされていることが分かった。


「弾薬は5.56mmNATO弾。一緒に弾薬も……いや、何ならついでにアタッチメント類も買っていくか? 西側製だから品質は保証するぜ」


「いらねえよ!もうスカンピンだ!行くぞ!


「うん」


店内を見て回っていた隻腕の男、イスクを呼び戻し瑠斗は店を去っていった。


しかしなんだかんだ言って良い物が手に入ったと内心喜んでもいた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇





瑠斗が新しい武器を手に入れてから1週間後、2人にある依頼が来た。


依頼主はラーストフ政府。


内容は、東方のアゾイア山脈周辺に住んでいるナハエ族という山岳民族が武装化した為それの鎮圧を手伝って欲しいとのことだ。


この依頼状は2人だけでなく国中の傭兵に送られているようだった。


ナハエ族というのはアゾイア山脈を中心とした険しい山岳地帯に住んでいる民族であり、数は約12万人。


昔まだ独立していた頃はアゾイア山脈の手前にあるキヴ山脈という更に標高が高く険しい場所に住んでいたらしい。


そのような極限環境で生きてきた彼らは屈強且つ狡猾で大昔から多くの他民族と戦いを繰り広げ、そして勝ってきた。


だがその無敗伝説も技術力と戦術、戦略の進化の前には無力だった。


ラーストフに支配されたナハエ族は民族浄化の的となり、嘗て600万人いた彼らは今となっては10万人と僅かしか残っていない。


しかもキヴ山脈が銀や金、宝石などの地下資源に恵まれていたが為にラーストフによって合法に住処や財産を奪われ辺境のアゾイア山脈のナハエ族居留地という名の保留地に強制移住させられていた。


瑠斗はこのことを知っていて彼らを哀れんだりラーストフ側を非難するようなことはしなかった。


力なきものが淘汰されていくのは当然のことでありそれがこの世界の原則だということも理解していた。







「さて、今回の一件についておさらいするよ」


「ああ」


BTR-80の運転をしながら瑠斗はイスクの声に耳を傾ける。


「まず先週の8月2日未明、武装したナハエ族部隊が居留地内のラーストフ軍治安維持部隊を攻撃」


2人の乗るBTR-80が険しい山道を越えながら向かう先はラーストフ陸軍第26山岳歩兵連隊第2大隊と幾つかの傭兵団が待機するキャンプ。


今回の鎮圧作戦に参加する第26山岳歩兵連隊はラーストフ陸軍屈指の精鋭部隊であり、軍内では畏怖の念を込めて現地語でロスターリェ疾風という二つ名が付けられている。


「治安維持部隊を撃退したナハエ族部隊はアゾイア山脈一帯を占拠。現在は旧領土の返還を求めながら動きを見せる気配はなし」


屈強なナハエ族部隊は山岳地帯の地形を応用した戦術で瞬く間にアゾイア山脈まで侵攻したがそれからはさらに攻め込むような素振りは見せず、自らをと名乗りアゾイア山脈一帯の旧領土の返還を要求している。


「…さしずめNNLFってとこか」


あらかたの説明を聞き終えた瑠斗はハンドルを回しながらつぶやいた。


運転席の窓からは既に大隊のキャンプが見えていた。






キャンプに辿り着いた2人を歓迎したのは第2大隊の指揮官、イゾーエ・フラク中佐だった。


堀が浅くまだ若さを感じる顔と肉体を持つ彼もまた、精鋭部隊の1人である。


「待っていたぞリュート。今回は噂通りの活躍を期待している」


「相手は只の盗賊団とは訳が違う。約12万の軍勢だ、あまり期待はせんでくれ」


「ハハハ、謙虚な男だな」


イゾーエは2人を連れて大隊本部へと向かった。


傭兵界隈で名が広まってしまった為周りの傭兵だけでなく正規兵からも多くの好奇の目線を向けられるのはあまり良い心地ではなかった。

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