第11話 エルヒティエ撤退戦
時が経つというのは良い意味でも悪い意味でもとても早いものだ。
あの時から俺は何を見て、何を考えて、戦って来たのか俺自身でもよく分からない。
…だが、以前の自分の何かが俺の心の中から失われて来ているような気がする。
元の世界、日本では多少の不良同士の喧嘩などは何度も見てきたがここで行われているのは正真正銘本当の命の奪い合い、戦争なんだ。
それを見てから俺はきっと変わってしまったのだ。
時々、自分が怖くなる。
何故、俺はこんなにも簡単に引き金を引けるのだろう。
何故、俺は人の命を奪うことに何の躊躇いも無くなってしまったのだろう。
ここに来たばかりの頃は銃殺された死体を見ただけで吐き気を催したのにいつしか俺は敵の砲撃でバラバラになった仲間の死体を見ても、自分の服が血と肉片で汚れることしか気にしなくなってきた。
この違和感をクァエルやイスクに話す事はできなかった。
2人は当たり前のように戦争をやってのける。
こんな当たり前なことに違和感を抱いている自分が異常なのではないかと、その様子が俺にそう思わせた。
誰か教えてくれ、誰が正しくて誰が間違っているんだ?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
公暦1242年 4月21日。
全てが最悪だ。
ウェスクキルタ軍は幾度もの敗走を繰り返し遂に戦場はウェスクキルタの首都、エルヒティエにまで至った。
ソ連によって正規軍並みの装備を身に着け正規軍並みの訓練を受けたノヴォスコ軍兵士達は破竹の勢いでエルヒティエになだれ込んでくる。
後方でゲリラ戦による攪乱を試みていたストレルカ隊は作戦が失敗するどころか単独で被害を与えすぎたためリーダーのクァエルがノヴォスコ軍から多額の懸賞金をかけられてしまい首都防衛線では真っ先に狙われる羽目になった。
嘗て60人以上いたストレルカ隊はノヴォスコ軍の執拗な追撃によって壊滅寸前にまで追い詰められ残されたのは僅か12人だった。
そして今も尚戦いは続いている。
「イスク!イスク!!絶対に目を閉じるな!!必ず生きてこのクソッタレな戦場から出るんだ!!」
大雨の降りしきる中、瑠斗は街の中を駆ける。
背中に担いでいるのは体のあちこちに金属片が突き刺さり、その上から包帯を巻いた痛々しい姿のイスクだった。
そして彼の肘から先が無くなった右腕の断面からは今も絶えず血が流れている。
ロクな応急処置も施せなかったイスクは最早虫の息だった。
それでも瑠斗は彼を絶対に死なせまいとただひたすらにこのノヴォスコ軍によるエルヒティエ包囲網を抜け出す為に足を進めていた。
あの頼もしかったクァエルの姿も見えない。
今の瑠斗は実質孤独だった。
「頼む……死なんでくれよ…」
声を発することも出来ず、虚ろな目を覗かせるだけのイスクに必死に声をかけながら走り続ける。
だが、そんな逃走劇もすぐに終わりを告げた。
「接敵!12時の方向、赤い家の裏に隠れているぞ!」
侵攻中だったノヴォスコ軍歩兵部隊に見つかり、すぐさま銃弾が雨あられの如く瑠斗とイスクに襲い掛かった。
煉瓦が銃弾の着弾ではじけ飛び、粉塵が舞う。
瑠斗はイスクを静かに民家の壁に寝かせ、
「待ってろ……すぐ、戻る」
と言って56-1式のセレクターをフルオートに切り替えてチャージングハンドルを引きノヴォスコ軍兵士が待ち構えている所へと再び戻った。
息を整えると銃本体だけを民家の陰から露出させ、外にいる敵に向けて乱射した。
突然の反撃に驚いたのか敵の方から声が上がった。
どうやらゲリラ撃ちを見るのはこれが初めてのようだ。
敵からも反撃があり、吹き飛んだ煉瓦の破片が瑠斗の顔面に降りかかる。
それでも構わず瑠斗は撃ち続ける。
最後に残された戦友の命を少しでも長く持たせる為に。
「クソッタレ!!来いよロクデナシども!!俺はここだ!!」
「1名負傷!衛生兵!!」
敵の声を聴きあれだけ撃ってようやく1人負傷させただけなのかと、瑠斗は苦笑いしながら弾帯から次の弾倉を取り出し再装填を行う。
もう残された弾倉はこれだけだった。
これすら撃ち切った後はもう覚悟を決めるしかない、と胸に固定されたF1手榴弾に目をやった。
民家の陰から身を乗り出し、目の前にいた歩兵に銃撃を浴びせる。
胸部を撃ち抜かれた敵は力なく倒れ、少しの間痙攣した後動かなくなった。
しかし瑠斗の方も左肩に被弾し血を流していた。
「があぁぁぁ……!!」
左肩を抑えながら呻く。
右手に目をやると56-1式は既に弾切れだった。
歯を食いしばりながら胸元のF1を手に取り、ピンに指を掛ける。
目前の死を感じながらも、柄にもなく神に祈った。
「あぁクソ…神よ、もしいるんなら俺達を救ってくれ…救ってください…」
もうすぐそこまで敵が迫ってきている。
足音が徐々に近づいてくる。
祈りも無駄だと分かった瑠斗はピンに掛けた指に力を入れる。
「すまん…何もできなくて……弱くて……」
しかし、ピンを抜こうとした時、向こう側の様子がおかしいのと何か音が聞こえて来るのが分かった。
エンジンの音だ。
「おい貴様何をしている!?止せ!!止まれ!!」
エンジン音は急速に接近し、敵が何か叫ぶと鈍い衝突音と共に敵が全員撥ね飛ばされた。
何事かと恐る恐る顔を覗かせるとそこには、1台の装甲車が止まっていた。
ノヴォスコ軍がソ連から供与された装甲兵員輸送車、BTR-80。
運転席のハッチが開き、そこからは瑠斗のよく知る男が出てきた。
「クァエル……!!」
「随分と、苦戦していたようだな」
クァエルはイスクを指差し、装甲車に乗せるよう命じた。
肩の痛みに耐えながらイスクを抱き上げ、装甲車の兵員室にちょうど中に備えてあったポンチョを下に敷いて寝かせた。
兵員室のハッチを閉め、クァエルの元へ向かうと彼は自前のAK-103を手に持って臨戦態勢を整えていた。
「兵員室には詰められるだけ詰め込んでおいた。長距離の移動でも大丈夫だろう」
「何言ってんだ、早く乗れ!ここから逃げるぞ!」
そう促しても彼は元来た道を見つめるばかりで動こうとしない。
「……俺はノヴォスコ軍中から狙われている。すまんが共には行けん」
クァエルが通ってきた道の方には既に追手の歩兵部隊が来ていた。
「馬鹿言うな!!お前が居てこそのストレルカだ!!お前が居なかったら意味ねえだろうが!!」
「その名は、お前に譲る。お前が…お前達がストレルカを名乗れ」
「ふざけんな――」
怒鳴ろうとすると敵が放って来た銃弾が装甲車の装甲を掠めた。
それを皮切りにクァエルが発砲を始めた。
彼の正確な射撃には正規軍レベルの練度を持つ兵士でさえも反撃を許されることなく斃れていく。
だが敵の数は多く、クァエルと瑠斗だけでは押し切られるのは時間の問題だった。
「行け!!瑠斗!!お前達が生き延び、我々の!!ストレルカの!!戦いの歴史の証人となるんだ!!」
クァエルの剣幕に瑠斗は気圧された。
このまま突っ立っていたって何も変わりはしない。
だから、今は、彼の意思を尊重してやるべきなのだ。
少しの逡巡の後、決意を固め装甲車の運転席に乗り込んだ。
「安心しろ瑠斗…お前の未来は、俺が保証する!」
その時のクァエルは、少しだけ笑っていたように見えた。
銃声が聞こえなくなったのは、エルヒティエを抜けて何時間も走って国境線の近くまで来たときだった。
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