第10話 赤き残渣

「ルクイェール要塞は陥落したか」


「はっ、戦車中隊も特に損害も無く勝利しました」


ルクイェール攻防戦の翌日、ノヴォスコの参謀本部庁舎の執務室で以前バルイカと話していた深緑の軍服を身に纏った軍人が部下の報告に耳を傾けていた。


予想通りの結果に満足げに頷いた彼は部下を退出させると新たな来客の気配を感じ取った。


規則的な足音が外の廊下から徐々に近づいて来る。


足音が扉の前で止まり、木製の扉がゆっくりと開かれる。


入ってきたのは、白衣姿の女だった。


病的に悪い顔色に加えて、その酷い隈の目は死体のように光が灯ってなかった。


「やぁ、その様子だと結果は圧勝だったのかな」


「……せめてノックをしてから入ったらどうだ…」


白衣姿の女は彼の咎める声に相槌を打つこともせず部屋の脇にある椅子に腰掛けた。


GRUグルーの人間がこんなところに平然と来ていいのか…同志


彼女の名はレギ−ナ・アルスカヤ。


ソ連軍参謀本部情報総局GRU直属の身分を持っており、科学者でありながらソ連軍大尉の階級を与えられている。


そしてレギーナはこの世界に於いてある組織を率いていた。


彼、アンドレイ・バトフ大将は彼女達も含めた全体的な指揮の為にこの世界に来ていたのだ。


「それで、ただ遊びに来たって訳でもないだろう」


「あぁ、実は面白い事が分かってね」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




ルクイェール要塞が陥落してから2週間後。


ノヴォスコ軍の勢いは留まることを知らず第2、第3の防衛線も次々と破られ、短期間で一気に首都近辺の都市にまで侵入を許してしまった。


ここまでの快進撃を見せた要因はノヴォスコ軍における歩兵の機械化にあった。


秘密裏にSRFソヴィエト残党軍から資金援助と軍事教練を受けていた彼らは、最早以前とは別物になっていた。


現在進行形で未だに殆どの部隊で馬車を用いているウェスクキルタ軍が高速の自動車による機械化を施したノヴォスコ軍に機動力で勝る筈もなく、防衛隊は敗走を繰り返すことしかできなかった。


苦戦を強いられる中で、クァエル達ストレルカはウェスクキルタ陸軍第12歩兵師団の師団長から高額の報酬を条件にストレルカ単体でのノヴォスコ軍への縦深攻撃を命じられた。






「この街道は後方の集積所と前線を繋ぐ補給線の一部となっている。ここで敵の補給部隊を待ち伏せする」


森の中でクァエルの広げた地図を瑠斗とイスクは食い入るように見つめ、目に焼き付ける。


ストレルカの攻撃目標として挙がったのはノヴォスコ軍の補給部隊だった。


集積所そのものを攻撃すればいいのではないかとイスクと瑠斗は提案したが


「これ以上敵の懐に入り込み過ぎればたった1個小隊規模の雑兵の集まりなど袋の鼠だ」


と言われて一蹴された。


縦深攻撃を自軍から一切戦力を送らず、傭兵団に丸投げせざるを得ないウェスクキルタ軍の深刻な人的資源の不足をクァエルは心中で嘆いた。





《補給部隊だ! あと5分くらいでそっちに来るぞ》


偵察班からの報告を聞き、クァエルは待機している本隊に攻撃用意の指示を出す。


街道は左右を小山に囲まれておりストレルカはその両側の山の中から草木に紛れて待ち伏せをしていた。


偵察隊の報告通り、5分程経った後に前方から車列の姿が見え始めた。


先頭と最後尾をテクニカルに守られた車列はトラックに補給物資を満載してこちらに気付く気配も見せずに街道を通過していく。


クァエルのハンドサインに合わせて車列に向けられる銃口。


RPG-7を構えた兵士達が前後のテクニカルに照準を合わせる。


一方相手のテクニカルについては主武装が防循の付いたPK機関銃。


荷台の余ったスペースに自動小銃で武装したノヴォスコ軍兵士が乗せられていた。


瑠斗も56-1式を構え引き金に指をかける。


初陣で本当の戦場を思い知らされた彼は冷静さを保てていると同時に心の中に嘗てあった幾つかの感情が欠如している事を悟った。


セレクターをセミオートに切り替えサイトを覗けばもう攻撃開始の命令が下った。


《撃て》


彼は引き金を引きながら覚悟を決めると共に誓った。





─必ず生き延びて、また日本に帰ってやる。




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