第9話 脱兎
周りの音がよく聞こえない。
頭がクラクラして酷く痛む。
視界が霞んで見えない。
頭が何故だか働かない。
─俺は、どこで、何を……?
「…やがれ……ェ!!!」
誰かが俺の胸倉を掴んで揺さぶっている。
何を言っているのかは分からない。
「な……なんだ、親父……もう、飯か……?」
「ボケてんじゃねぇさっさと目ェ覚ませ!!」
目の前の誰かが放った平手打ちが、瑠斗の意識を即座に覚醒させた。
胸倉を掴んでいたのは頭から血を垂れ流し、全身傷だらけのイスクだった。
視界も明瞭になり、音も聴こえるようになってきた。
周りから聞こえてくるのは爆発音、銃声、それに叫び声と呻き声だ。
─そうだ、さっき俺達は敵の戦車と戦って……。
「……うっ…!」
状況を分析しようとすると頭が再び痛み出し、それに合わせて吐き気も催してきた。
口を抑えて蹲る瑠斗をイスクが介抱する。
「頭を強く打って脳を揺らされたんだ。これを飲んで!」
イスクがポケットから取り出したのは黄色いパッケージの携帯用医療キット。
中から錠剤を1粒取り出し瑠斗に差し出す。
「これは……?」
「制吐剤だよ、吐き気が収まる」
体がまだ上手く動かない瑠斗の口に錠剤を捩じ込み、水筒の水で流し込んだ。
制吐剤を飲ませた後、イスクは瑠斗に肩を貸して歩き始めた。
まだルクイェール要塞の中にいる事は分かるが、その光景は悲惨なものだった。
要塞内部は敵戦車中隊の砲撃で滅茶苦茶に破壊され、あちこちに瓦礫と混じってかつて兵士だったのであろう肉片が飛び散っていた。
イスクの怪我も恐らく砲撃によるものなのだろう。
「さっき何があったのか……上手く思い出せない」
「瑠斗、敵の砲撃で吹っ飛ばされて頭ぶつけたんだよ。 銃座に守られてたお陰で破片は浴びずに済んだけど」
積み重なった瓦礫と死体を踏み越えながら通路を歩く。
「敵……そうだ! そういえばクァエルがあの敵戦車について何か言っていた!」
瑠斗はハッとした表情でイスクの方を向いた。
イスクは既にクァエルから聞かされていたのか、説明し始めた。
「あれはノヴォスコ軍じゃない、ソヴィエツキー・レムナント。外界じゃ確か
SRF、ソヴィエツキー・レムナント、ソヴィエト残党軍。
この単語はこの世界に瑠斗が初めて来た頃に知った単語だ。
第3次世界大戦終戦後に再集結したソ連軍の残党。
全盛期の頃の半数近くの戦力を保有しロシア東部で息を潜めていた武装勢力。
では何故、彼らがノヴォスコ軍の攻勢に参加しているのかという疑問が頭に浮かぶ。
しかしそれよりも気になることがあったのでそれを先に聞くことにした。
「クァエルは!?奴は今何をしてる!」
「心配しなくても死んでないよ。今は僕らの撤退の指揮を執っている所だよ」
裏口から要塞の外に出ると、そこではストレルカの隊員達がトラックに大量の物資を積んで撤退の準備を進めていた。
その指揮を執っていたクァエルはイスクと瑠斗の存在に気付き、振り向く。
体のどこにも傷1つ無い様子からしてうまくやれているようだ。
「戻ってきたか。ちょうど今出発する所だ」
AK-103を肩から下げながら隊員達に指図するクァエルを尻目に2人はトラックに乗り込む。
生き残った僅かなウェスクキルタ軍兵士を囮にしてトラックは無事にルクイェールの地を抜け出すことができた。
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