第8話 赤い巨壁

敵機甲部隊を撃退した後の1日は驚く程に何も無かった。


ウェスクキルタの兵士もストレルカの兵士も皆勝利を祝って要塞の中で祝杯をあげていた。


「リュート!初陣での勝利おめでとう!!」


イスクがそう叫びながら酒瓶を高く掲げた。


他の兵士達もウェスクキルタ軍兵士と共に乾杯をしている。


酔いに酔って床に倒れ伏した兵士達を横目に瑠斗は苦笑いしながら水筒に口をつけた。


「敵の機甲部隊、弱すぎて拍子抜けしちまったぜ」


「TOWを一発カマしてやれば即爆散よぉ」


「2発連続で外してたくせによく言うぜ」


大の大人達が大人数で集まって酔い潰れながら談笑するその光景はさながら宴会のようであった。


そんな空気の中で、瑠斗は僅かに居づらそうにしつつも楽しむ事はできていた。


「あれは戦車じゃないらしいよ。テクニカルとかいう軽装甲車両らしい。クァエルがそう言ってた」


「マジかよ!じゃあマジモンの戦車ってどんな奴なんだぁ!?」


イスク達が楽しそうに話している所を眺めていると隣にクァエルが座ってきた。


「そういやクァエル、あの時何の用事で遅れて来たんだ?」


ノヴォスコの機甲部隊と戦っている時にいなかった理由をクァエルに問い質した。


「現場の指揮権を譲渡してもらおうと頼んだだけだ」


「なんでお前が。そりゃお前程歩兵の扱いが上手いやつもそうそういねえが」


「……奴は、ウェスクキルタ軍の中でもかなり悪名高い将校でな、比較的重要度の低い方の土地とはいえ現場の指揮を任せたくは無かった」


クァエル曰く、あの指揮官は無能な指揮能力にも関わらず上層部の一部の高官を大金で買収して成り上がって来たらしい。


その高官達は今は既に退役しているが今日に至るまでこれといって大きな戦争も無く、彼が戦場に出て何か失敗をする事もなかったので取り敢えず放置、という現状が続いていた。


「だけどよ、そんな奴だったっつってもよく本人と交渉して指揮権を貰えたな」


あの指揮官の姿は今は見えない。


どこか別の部屋にいるのだろうかと瑠斗は考えた。


「ああ、今後奴はこの戦場に関わることはない。


彼の腰のホルスターからは、何故だか硝煙の匂いが僅かにした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇





ウェスクキルタ軍の現場指揮官の戦死の一報が入ったのは、翌日の早朝のことだった。


死因は戦闘時の流れ弾によるものと兵士達には伝えられた。


まるで最初から取り決められていたように指揮権はクァエルに譲渡され、ウェスクキルタ軍とストレルカ両方が彼の指揮下に入った。


この2つの部隊は敵の第2波に備え、弾薬の補給などを行っていたがその際に、クァエルはストレルカの隊員だけにある命令を下した。


それは退をしろという命令だった。


理由は誰にも分からなかった。


しかし彼らは取り敢えずクァエルの言葉に従い荷物を纏め、輸送トラックの点検を行い、何時でも要塞から撤退できるようにした。







そして、彼らは敵の第2波との戦闘でクァエルの命令の意味を知ることとなる。



「急げ!!戦闘態勢だ!!」


「第3と第5トーチカがやられた!!」


深夜、彼らを叩き起したのは耳を劈くけたたましい爆発音だった。


幸い、ちょうど見張りを交代して仮眠に入っていた瑠斗はトーチカと運命を共にすることは避けられた。


56-1式を片手に通路を走っていると敵の攻撃で崩壊したトーチカが目に留まった。


瓦礫と共に埋まっていたのは元が人間だったのかすらも怪しく思えてくるレベルで損傷したウェスクキルタ軍の兵士。


吐き気を覚えつつも自分の持ち場に着いた瑠斗はそこで恐ろしいものを見る。


「あ…あれがクァエルの言ってた……」


「本物の……」


一緒にいたイスクがそう呟く。


第1波のテクニカルよりもそれは遥かに大きく、武骨で、誰も抗える人間はいない。


そう思わせる覇気があれらにはあった。


クァエルも同じく敵の機甲部隊を見て険しい表情をしていた。


「1個中隊規模のT-72Bか。やはり……」


10両のT-72Bはスーパーチャージドディーゼルエンジンを唸らせながら要塞へと接近してきていた。


迎撃する前から完璧に隠蔽したと思われていた要塞はいとも容易く見つかり、トーチカに先制攻撃を食らった。


奴らノヴォスコの背後にいるのはお前らか……!!」

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