第3話 兵士

揺れる荷台の振動で彼は静かに目を覚ました。


冷たい風が優しく頬を撫で、それが陽の光の暖かさと合わさってとても心地よかった。


今までの理不尽の数々に比べたら遥かに清々しく朝を迎える事が出来た瑠斗は上体を起こしトラックの荷台の壁にもたれ掛かる。


移動を始めて3日経つ。

ガソリンを無駄にしたくないと低速で進み続ける瑠斗を捕らえた傭兵達の車列は彼らの本拠地であろうどこかへと今もゆったりと街道を進んでいた。


どうやら瑠斗は彼らの仕事帰りにたまたま倒れているのを見つけられて回収されたそうだ。


3日前まで身に付けていたジャケットだのジーンズだのは高く売れるという理由で剥ぎ取られ、代わりにボロ布にも近い深緑色のポンチョを全裸の上に被らされた。


「………、……………」


「…………」


彼らと共に3日も行動している割には、未だ彼らとコミュニケーションを取ることはできない。


日常会話の挨拶程度しか現状把握出来てる単語は無い。


とはいえ、コミュニケーションが出来たところで何も変わるまい。


何故ならもうすぐ瑠斗は奴隷として売られるのだ。


あの時、唯一日本語を話せる傭兵から聞かされた。


ここから遠い場所に、大都市がありそこにはこの世界でも有数の大きな奴隷市場があるらしい。


そしてその都市は、瑠斗達のようなからすれば小国と見紛う程の規模の大都市だそうだ。


学の無く、想像力にも乏しい瑠斗にはそのスケールが想像しきれなかった。


傭兵は続けてこうも言った。


「お前は身なりが綺麗だし力もある程度あるからその都市で売る。きっと大勢の富豪がお前の体を欲しがるだろう」


その言葉を聞いて途轍もない悪寒を感じた。


──売られた後、奴隷として生きて……俺はどうなるんだ?


想像力の乏しい瑠斗でも考え始めてしまうと売られた後に何が待っているのか嫌でもその先の光景が頭の中に浮かんでしまう。


ボロ布を身に付けて、鞭を打たれながら労働基準法もへったくれも無い強制労働に従事するのか。


或いは男女に限らず誰かに慰み物として扱われるのか。


られるんなら女の方がいいな。まあ主人の方の見た目や性癖は保証できんが」


傭兵はそう言って高らかに笑った。


瑠斗は悪寒と同時に怒りと、疑問がふつふつと湧き上がった。


──何故、俺なんだ。


──何故俺だけがこんな目に合わなけりゃならない。


──何故、何故、何故。


瑠斗は天を向き、自分をこの世界へ放ったであろう正体不明の何かを睨み付けた。


理不尽を押し付け人を弄ぶ者がいるのなら、決して許すことはない、と彼は誓った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇





移動開始から5日経った。


それが起きたのはあまりにも突然過ぎた。


山岳地帯を抜けて森の中の街道を通っていた時、突然車列前方の方から凄まじい爆発音が聞こえた。


何事かと荷台から身を乗り出すと、そこにあったのは爆風で宙を舞う先程まで車だった真っ黒焦げの鉄くずだった。


「……!?」


「…………! ………………!!」


「……!!」


困惑し、唖然とする瑠斗を他所に傭兵達は車から降りて全方位を警戒しだす。


密造銃のAK-47の銃口を暗い森の中に向ける。


「……!!」


リーダーの号令と共に彼らは森の中に一斉に発砲し始めた。


何百発と放たれた7.62☓39mm弾が木の幹を抉り、木屑が紙吹雪のように舞い上がる。


「うわっ!? うわぁっ!!」


荷台に隠れていた瑠斗はけたたましい銃声に耳を塞いで蹲っていた。


耳栓もしていない瑠斗の鼓膜を幾多もの銃声が痛む程に振動させる。


しかし銃声は思ったより直ぐに止んだ。


弾が切れて再装填に入ったのだ。


野戦服の上に身に付けたカーキ色のチェストリグから次の弾倉を取り出し、空の弾倉を外してそれを装填する。


再装填をしている間、瑠斗はふと視線を森の中の方へとやると何かが僅かだか太陽の光を反射して光っていたのが見えた。


猛烈に嫌な予感を感じ、更に姿勢を低くして荷台に身を隠した。




結果的に、この選択は正解だった。



「……? …………───」


またもや聞こえてくるけたたましい銃声。


しかしそれはAK-47のものではない。


それどころか複数の違った特徴の銃声があちこちから聞こえる。


「……!!」


「……!? ……!!」


外から銃声に混じって叫び声やら呻き声やらが聞こえるが兎に角恐ろしくて瑠斗には外の景色など見ることが出来なかった。


時々流れ弾がトラックに当たりその音に震え上がりながら戦闘音が止むのを待ち続けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇






銃声が今度こそ止んだ。



だが、代わりにこちらに近付いてくる複数の足音が聞こえてきた。


耳を澄ますと何がガチャガチャと機械を弄るような音も聞こえる。


足音はやがて車列を包囲し、遂に瑠斗が乗っているトラックの荷台にまで乗り込んで来た。


「うわぁっ!! やめで!!ごろざないで!!」


「…! …………!?」


乗り込んで来た兵士は瑠斗の存在に気付くと何かを喋りながら銃口を向けた。


「………………!!」


目の前にいる兵士が何を喋っているのかは分からないが身振り手振りから仲間を呼んだというのは分かる。


「おねがいじまず!! 撃たないでぐださい!! お願いじま──ぐへぇっ!!」


パニックに陥りひたすら涙と鼻水を垂らしながら命乞いの文句を捲し立てる瑠斗を兵士は苛立った表情で蹴り飛ばして強制的に黙らせた。


「………!」


痛みに顔を抑えていると先程この兵士が呼んだのであろう別の兵士が来た。


真っ白な長髪を後ろに束ねており、立派な髭が特徴的な老年の男だった。


野戦服の上にフード付きのマントとチェストリグを身に付けており、何より目に付いたのは両手に持っていた銃だった。


ベースはあの傭兵達が持っていたAK-47と同じに見えるが、彼のは極限にまでカスタムが施されていた。


西側製のクレーンストックにELCAN社製のSpecterDR可変式スコープ、マズルにはZENIT社製DTK-1フラッシュハイダー。


後はクアッドレイルシステムのハンドガードにレーザーサイトやフラッシュライト、フォアグリップも付けられている。


銃の知識に関しては齧った程度しかない瑠斗でも、それがかなり凄いということだけは見た目で分かった。


「…………?」


「……」


その男は先程の兵士と何かを話すとこちらに歩み寄ってきた。


思わず身構える瑠斗だったが彼が銃口を向けることは無かった。


「お前、この世界の住人じゃないな。顔つきからしてアジア系か」


「あ、アンタも日本語喋れんのか──」


額に押し付けられる冷たい感触。


何が起きているのかは分かっていても認めたくはなかった。


「……ちょ、ちょっと待てよ!! 俺はアンタの敵じゃない!!」


「選べ、服従か──」


──ここで死ぬか。


銃口と共にその言葉を突き付けられた瑠斗は言葉を発する事が出来なかった。


死にたくはない、しかし奴隷になるのも御免だ。


絶望の縁に立たされ、身動き1つ取れなくなった瑠斗を見て男は銃口を下げて言った。


「本来ならこの二択だが、お前は幸運だ。 1を与えてやる」


瑠斗はその言葉と共にトラックから引きずり下ろされた。


周りには先程まで互いに笑いながら話し合ってた傭兵達の死体とそれから装備品を漁っている者達の姿があった。


吐き気を堪えながら男に引かれるまま兵士達に囲まれているある死体の前に来た。


装備からしてこの男の部下のようだ。


首から血を流した状態で死んでいる。


動脈に被弾して出血多量で死んだのだろう。


「今回、不運にも流れ弾で部下が1人死んだ。 その為1人分の装備が丸々余ってしまった」


──1人分の装備が丸々。


その言葉で瑠斗はこの後どうなるかを察してしまった。







「選べ! 奴隷になるか、死体になるか──」



──になるか。




それは選択肢のようで、瑠斗にはまるで選択の余地は与えられていなかった。

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