第46話 奈良と言えば洞川温泉

「いつもすまないねぇ、璃澄さんや。」



「いえいえ、それは言わないお約束でしょう?真生さんや。」


 車椅子を押して進む璃澄は車上の俺に呟いて来る。


 周囲より遅れる事、俺達の班である4人は目的地へと進んで行った。


 尤も、新幹線が京都に到着すると、奈良線に乗ってまずは奈良駅へと向かった。


 そして駅で自由行動へとなり、班別に散って行った。


 殆どの生徒が甲子園常連の天理に向かったり、歴史の授業の役に立つからと東大寺等に行ったりするのだが……



 

「俺達は何故か洞川温泉に到着……と。」


「それよりさっきのやり取りはなんだ?」


 先頭を歩く磐梯が訊ねてくる。


「夫婦漫才の続きでしょ?新幹線のやり取りから二人の世界だったじゃない。」


 魔法が呆れたように返信する。それほど付き合いの長くない魔法にも、俺と璃澄のやりとりは生活の一部になりつつあった。



「そういやなんで洞川にしたんだっけ?」


「それは決まってるでしょ。真生の湯治のためだよ。」


「それと温泉ガールのパネル撮影とグッズ購入な。」


 磐梯が訊ねると璃澄が返してきたので俺は続いた。



「ヲタク集団だから仕方ないよね。一つ買うと全てを集めたくなるやつっていうのかな。」


 トドメに魔法がヲタク事情の痛い所を突いていた。



「俺がこんなだからな。そう何度もあちこち行けないし。せっかくのチャンスなら逃すのは勿体ないでしょ。」


「絶対に行かないと行けないところはないしな。」


 俺が申し訳なさそうに言うと、磐梯がフォローを入れる。別に俺のせいで、行き先が本来の林間学校の趣旨と違っているだなんて思ってはいなかったのだけど。



「先生もルートと湯治の話を説明したらOKしてくれたしね、流石先生も生粋のヲタクだよ。」


「自分が行けないからって、パネルの撮影とグッズ代まで渡してくるくらいだしな。」


 璃澄と俺は担任教師独身女性(28)の痛い生態を暴露する。


「ところで、今晩の宿は十津川温泉みたいだけど……間に合うの?」



「無理だろ。八木駅から4時間ってなってるぞ。」


 魔法の疑問に、磐梯が携帯での検索結果を答えていた。


「それは奈良交通のバスでだからだろ?学校が手配した貸切バスだからもうちょっと早いだろ。」


 集合は何故か16時に五条駅となっている。駅と宿泊地に担任独身女性(28)の思惑と意図が絡みまくっている事が読み取れる。


 移動に時間がかかるのが分かっているのか、夕食の時間は20時となっている。


 これは絶対俺達に融通を利かせている事が窺えた。


 


「ほら、1時間半くらいしか時間ないんだからチャキチャキ行くよ。」


 璃澄が催促を促して、車椅子を押す力が増してきていた。


「一軒は俺には無理だから……磐梯とノリちゃんお願いね。」


 見知らぬ土地での長距離移動は困難なため、離れた一軒は磐梯と魔法に任せる事に決めていた。


 人数分+先生の分の購入をそれぞれのチームで賄う事で可決されていたのである。

 

「体よくデートだな。」



「磐梯お前、亜莉愛ちゃんにないことない事言っちゃうぞ。」



「ある事は兎も角、ない事まで言うのはどうかと思うぞ。」



「棄てられたら私が引き取るから良いよ。」


「ノリちゃんも言うねぇ。」


 などと馬鹿な事をやっていないで、それぞれの任務についた。


 洞川でのポイントは3箇所。パネルの置いてある茶屋で合流する予定だ。




「空気が良いなやっぱり。」



「確かに地元に比べると全然違うね。まぁここにはあいつらがいないってのもポイント高いけど。」


 相変わらず璃澄の妹達に対する評価が低かった。


 俺達が向かった商店では事情を説明し、先生の分も含めてステッカーを手に入れる事が出来た。


 相当無理を言っていたのは俺でもわかるが、電話で相談した先生がお店と交渉していた。


 尤も俺の車椅子の状態を見て、若干同情していたのではないかとも推測できる。


 先生の分は兎も角、同じ班の仲間の分についてはであるが。


 磐梯達との合流まで時間があるので、一番近い宿まで行って日帰り温泉を楽しんだ。


 車椅子がなくても、ゆっくりではあるが歩く事は出来る。


 これまでのリハビリや、塩原での湯治はきちんと形になってきている。


 それでも車椅子の方が楽なのは事実だが、璃澄に頼りっきりというのも情けないと思っている。


 それにいつか二人で並んで歩きたい、そのためにもしっかりリハビリをして右半身の感覚を取り戻さなければならない。



 30分掛けて日帰り温泉を満喫すると、湯上りで何故か妙に色っぽく見えている璃澄に押されて合流場所である茶屋へと向かう。


 

「さっきちょこと見惚れてたでしょ。」


「否定はしない。」


 色っぽく見えても学校の制服なのだ。きっと雰囲気に酔っただけなんだと言い聞かせた。


「照れて本当の事が言えないって事にしておくね。」


 璃澄は前を向いて俺の車椅子を押していった。恐らく璃澄自身も恥ずかしさを感じたのだろう。



 合流場所に行くと、磐梯達は既に到着しており戦利品グッズの受け渡しをする。


「何でお前達は風呂に入ってるんだ。」



 磐梯が訊ねてくるものだから、璃澄が正論で返す。


「真生の湯治って最初に言ったじゃん。それに新幹線で色々汚されちゃったから綺麗になりたかった。」


「まるで俺が何かしたかのような言い方!」


 などとやり取りをしている間に魔法はパネルの撮影を済ませていた。


「俺達もやる事やろうか。」


「ヤラナイカ?」


「ちげーよ。下ネタ系残念幼馴染。」 




 パネルの撮影を済ませ、グッズの購入をすると俺達は冷たいドリンクを飲みながら談笑……


 していたら見慣れた人物が店内に入って来た。


 その人物は「わ」ナンバーの車から出てきたのだ。


「何で先生がレンタカーで迎えに来るんだ?」


「だってあなた達、合流時間の事あまり考えてないでしょ。」


 確かに時間だけであれば五条駅まで行く事は可能だ。

 

 今現在バス停にバスが来ているならば……の話である。


 仕方ないので会計を済ませると、俺達は担任の先生が乗って来たレンタカーに乗り込んだ。


 その間にちゃっかり自分でも撮影とグッズを購入している担任姿を、俺は見逃さなかった。



「ほら、しっかりシートベルトして。道路交通法を違反しない程度に急ぐからっ!」


 どうにか集合時間には間に合った俺達。しかし先生はレンタカーの返却等で姿を消していた。


 副担任(副担任は2クラスに1人割り当てられている。)が担任の代わりに点呼を取ったりしている。


 全員がバスに乗り込む頃には担任も戻ってきていた。


 そして、若干の疲れがあったからか、俺達は見事に夢の住人となり果てた。


 気付けばバスは宿に到着し、順番にクラスメイト達が降り始めている。



 車椅子である俺はどうしても最後尾となってしまう。


 宿に着いた俺達の元に担任教師が訊ねてきた。


「明日は公共浴場に行くんでしょ?」


 十津川には温泉ガールゆかりの地は1箇所しか存在しない。


 そのため、俺達の目的地の一つは確実に特定されていた。


 翌日は午前中十津川近隣を廻り、午後にはバスで白浜へと向かう。


 京都・奈良の林間学校はどこへ?という感じだが、明日は白浜で1泊し明後日は午後からバスで京都に向かう事になっている。




 俺達は担任の言葉に頷いた。すると担任が下卑た笑みを浮かべながら続けた。


「全裸で外階段を下りていくから色々頑張ってね。開放感に目覚めて露出狂にならないようにね。」



「それが教師の言う事?」


「大丈夫、私塩原で介助の経験済だから!」


 璃澄は俺を介助する気が満々だったが、残念ながら混浴ではない。


「いや、混浴じゃねぇし。」 


 そうなると同じ男子である磐梯の手が必要となってくる。


「全裸の男子がぷらんぷらんしながら肩を組んで階段を下りていく……ぷはーっ!明日の酒の肴はあんた達で決まりねっ。」



 担任は腐っていた。腐女子……いや、腐女めっ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る